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迷宮レストラン  作者: 悠戯
二つの世界編
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会議の開始、そして……


「……なんということだ、これほどまでに彼我の差があるとは……」


「これでは対等な関係など望むべくも無い……。いや、即座に滅ぼされぬだけまだマシと言うべきか……」


 約二ヶ月もの準備期間を経て我々魔界と人間界の今後の関係を決めるための会議がつい先程始まりました。ですが開始早々、議事堂内には重苦しい空気が立ち込めています。


 この私、アリスは魔王さまの後ろに控えて会議の補佐を務めていました。

 会議が始まってすぐに、参考資料として魔界の食料や地下資源等の産物の種類やその産出量、それらの加工技術、文化、おもな種族の特徴などを簡単にまとめた冊子を配ったのですが、それを一見した人間側の参加者は軒並み前述のような反応をしてうなだれてしまったのです。


 ですが、その反応も仕方ないのかもしれません。

 というのも、どうやら現在の魔界と人間界の主要な国家の間には各種生産力、技術力、文化面などにおいて数百年ではきかない程の大きな差があるようなのです。


 魔王さまが来る前の魔界は、それこそ見渡す限りの荒野が広がる荒涼とした世界で、文化らしい文化などロクにありませんでした。しかし魔王さまがここ百年ほどの間に広めた各種の知識によって、たちまちの内に魔界の有様は随分と変わってしまいました。


 私も含めた魔族達は運良くその変化の恩恵を受けることができましたが、人間たちからすれば私たちはいつ敵になってもおかしくない存在に見えているはず。

 そんな仮想敵が自分たちより遥かに進んだ文明を持っていると知ってしまったら、絶望を感じるのもやむなしでしょう。



「まあまあ、落ち着いてください。僕達には皆さんを支配したり滅ぼしたりする気なんてありませんから」



 そんな重苦しい空気の中、魔王さまがそんなことを言いました。

 現状の魔界は魔王さまのおかげで平和に暮らせる社会として成立しています。わざわざリスクを冒して人間界に侵略をする必要などありません。


 魔王さまのお言葉を聞いて、人間側の参加者たちもいくらか落ち着きを取り戻したようです。別に魔王さまが彼らを気遣う必要などないのに、それでもあえて安心させるような言葉をかけるとは魔王さまは本当にお優しいですね。



「おお、魔王よ……いや魔王殿。その言葉、信じてよろしいのですな?」



 人間たちの一人(どこかの国の大臣だったと思います)がそんな言葉を口にしました。魔王さまの言葉を疑うとは許しがたい愚行です……が、どうやら悪気は無いようですし、魔王さまご自身がまるで気にしてない様子なので今回は見逃すことにしました。

 つい反射的に睨みつけてしまった際に殺気が漏れていたのか、その人間の顔色が蒼白になってガタガタ震えていましたが特に問題はないでしょう。



「はい、侵略なんてしませんよ。だってそんなの面白くなさそうじゃないですか?」


 

 魔王さまの先程の発言は、彼らのことを気遣ったのではなく、単にそれがつまらなさそうだからだったようです。『できるかできないか』ではなく『面白そうか否か』で行動する魔王さまらしいですね。


 ですが、そんな魔王さまの発言は人間達の自尊心を少なからず傷つけてしまったようです。自分達が魔王さまの気紛れ一つで簡単に滅ぼされかねないと理解してしまったのでしょう。


 その気持ちは私もよく分かります。

 今となってはただの杞憂だったと笑えますが、魔王さまと出会ってすぐの頃は私もそんな心配をしては悩んでいたものです。なので、きっとこの人間たちもこれから魔王さまのお人柄をよく知れば、そんな心配が無用だと分かるでしょう。



「面白くなさそうだから、か……我々も舐められたものだ。だが貴殿にとっては偽りの無い本心、真の強者は己を偽る必要すらないということか」


「はい? まあ、ケンカするより仲良くした方がいいですよね」



 人間側の一人、たしか勇者さんを召喚したという国の王がそんなことを自嘲気味に言いましたが、魔王さまは別に彼らを舐めているわけではないのです。

 私も魔王さまとの会話に慣れるまではムダに言葉を深読みしては空回りしたりもしましたが、魔王さまには基本的に悪意というものがなく、裏表もないので単に思ったことをそのまま口にしているだけなのです。



「フッ……仲良くか。個人同士ならまだしも、まさか国家間、いや世界間の交渉でそんなことを平然と言うとはな……これが一つの世界を統べる王の器か」



 案の定、先程の人間は何やら思うところでもあるのか、魔王さまの言葉を勝手に深読みしているようです。魔王さまを高く評価するのは私としても大歓迎ですので、その勘違いをあえて正したりはしませんが。





 ◆◆◆





 さて、その後の会議は意外にもすんなりと進みました。

 大まかなところでは、当面の間は規模を制限した上で交易をしたり、双方に大使を派遣したりすることが決定。交易の品目や通貨の交換レートをどのように決めるか、どこの都市に大使館を置くかなど、このあたりは面白味に欠けるやりとりが多かったので詳細は割愛します。


 魔界の諸々の知識を得たことですっかり萎縮してしまった人間側の代表達でしたが、それでも流石は政治や経済のプロフェッショナルだけはあるのでしょう。落ち着きを取り戻して以降、交渉の最中は中々堂に入った弁舌を披露していました。


 魔界はなまじ魔王さまの独裁体制が定着してしまっているせいか、そのような交渉事を得意とする者が少ないのですよね。意外にも……と言っては失礼かもですが、我々が彼らから学ぶべき部分も少なからずありそうです。

 人間側の国同士で魔界との交易権の配分で言い争い、要するに利権の奪い合いをしたりもしていましたが、そういう愚かしさも含めて色々と学ばせてもらいました。


 そういった話し合いが一段落した時点でもう日が落ちる時間になっていましたので、この日の会議はこれで終了。まだ気を抜くことは出来ませんが、今日の様子を見る限りではこの後も穏便に進みそうで何よりです。






 それはさておき、もう一つの心配事が気にかかります。

 というのも、実は今朝方に勇者さんから体調が優れないから部屋で休んでいるという連絡を受けていたのです。もう夜になろうかという時間ですし、すでに眠っているかもしれませんが、起きていれば軽くお見舞いくらいしておこうと思い彼女の部屋へと向かいました。


 勇者さんの部屋の前まで来た私はドアをノックしようとして、カギがかかっていないことに気付きました。不在なのかとも思いましたが部屋の中からは彼女の気配を感じます。



「……勇者さん、アリスです。具合はどうですか?」



 眠っていたら起こすのも悪いですし、私は小さな声で呼びかけながら部屋の中へと入りました。そこで、私が見たのは……。



「……わたし、どうしたらいいんでしょうね」



 今にも消えてしまいそうなほどに儚い、静かに涙を流し続ける彼女の姿でした。



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