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迷宮レストラン  作者: 悠戯
二つの世界編
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閑話・常連さん【芸術家のエルフさん】


「おや、見慣れぬ顔だね?」


 いつものように迷宮の入り口から最下層まで転移し、今日は何を食べようかと頭を悩ませながらレストランのドアを開けたのだが、そこで出てきたのはいつもの金髪の魔族の少女ではなく銀髪銀眼の見慣れぬ女性。

 給仕服を着ているのだからこの店の従業員には違いないのだろうけど、初めて見る顔だ。最近はこの店も少しは有名になったようだし、新たに人を雇ったのだろうか?


 おっと、申し遅れたが私の名はタイムという。

 種族は人間ではなくエルフで、職業は放浪の画家。以前にひょんなことからこの店に来て、それ以来、旅の途中にしばしば立ち寄っては食事を楽しんでいるというわけだ。一応は常連と言ってもいいだろうね。



「いらっしゃいませ、お席までご案内します」


「うん、ありがとう」


 いつものように席に案内され、メニューを開く。

 この店の料理はなんでも美味いが、特に甘い物は格別だ。

 私が初めてこの店に訪れた時に食べた小豆がメインの菓子。牛の乳が材料だという白くてフワフワした物(クリームというらしい)を使った濃厚な味の菓子。他にも冬の雪のように冷たい物や透明でプルプルした一見スライムにも似た物など、その種類は多岐に渡る。



「さて、今日は何を食べようかな?」



 だが、甘い物がどんなに美味いといっても、それだけ大量に注文するなど素人のすることだ。いくら美味くとも、甘い物ばかりでは二、三種類も食べたら舌が甘さに慣れて飽きが来てしまう。  


 なので私は塩気が強い物を甘味と共に注文し、甘い物としょっぱい物を交互に食べる。こうして言葉にすれば単純だけど、それにより口内に残った甘い後味を消して舌飽きを防ぐという寸法さ。その上、甘味と塩味がお互いの味を引き立て合うことで、普通に食べるよりも美味しく感じられるのだ。


 塩気が強い料理といっても色々あるけど、ここで大切なのはボリュームと食べやすさのバランス。たとえば塩を振った分厚いステーキはたしかに美味い、それは大いに認めよう。

 だけど、そんなボリュームのある料理をいきなり食べてしまっては、それだけで満腹になってしまい、他の料理がほとんど食べられなくなってしまう。私は美味しい物好きではあるけども、それほど大食いというわけではないのだ。


 そういう観点から見ると、注文すべき料理は芋を棒状や薄切りにして揚げた物。あるいはトリ肉を揚げた物などが適していると考えられる。迷った末に今回は芋の薄切り揚げ(ポテトチップス)を頼むことにした。

 一枚一枚は薄いので数を食べても腹が膨れにくいし、パリパリした食感も楽しい。甘い物と交互に食べると際限なく食べられそうにも思える。


「すまない、注文を頼むよ。ポテトチップスを一人前、塩を強めにしてくれるかな。それと白玉ぜんざいとアップルパイと季節の果物のタルトとバニラのアイスクリーム。飲み物はココアを頼む」


「はい、かしこまりました。ご注文は以上でよろしいですか?」


「ああ、とりあえず(・・・・・)は以上だ」



 一度にたくさん頼みすぎては、熱い料理は冷めてしまうし、冷たい料理は生温くなってしまう。少しずつ小まめに注文するのも料理を美味しく食べるコツの一つである。



「リーダー、ご注文入りました。調理をお願いします」


「了解しました。それでは私は調理を開始しますので、スミレは先にお飲み物をお出しして下さい」


「了解しました」



 おや?

 以前に何回か姿を見たが、ここの料理人は黒髪の青年だったはずだ。

 なのに今厨房からちらりと姿が見えたのは銀髪の女性。給仕の少女だけでなく料理人まで変わっているとはどうしたことだろう?


 まさか借金のカタに店を奪われた……わけはないだろうけれど、料理人が変わったというなら味が落ちていないかどうかが心配だ。



「お客さま、お待たせしました。お先にお飲み物をお持ちしました」


「ああ、ありがとう。それと一つ聞きたいんだけど、いつもこの店にいる金髪の女の子と黒髪の青年の姿が今日は見えないようだけど、どうかしたのかな?」



 気になったことはすぐに聞くに限る。

 幸い、スミレという名の給仕はすぐに答えを教えてくれた。



「はい、質問にお答えします。マスターとアリスさまは、明日から地上の議事堂で行われる会議の準備をしております」


「会議……? よく分からないけれど、別にやることがあるからレストランの仕事をするヒマがないってことでいいのかな?」


「はい、その理解でよろしいかと。その為、副業であるこちらのお店は空けております」



 そういえばこの店に来る途中、迷宮の近くで妙に大きな建物とか、明らかにお偉いさんっぽい雰囲気の連中を何人か見かけたような気がする。特に興味がなかったからよく見ていなかったけどね。それよりも……。



「あの料理人の彼、この店は副業でやってたのか。ちなみに、これは単なる興味本位で聞くんだけど彼の本業って何なのかな?」



 深い意味はなかったのだが、何となく気になってそんな質問をしてみた。



「はい、マスターの本業は魔王です」



 おおっと、随分と意外性のある返答が返ってきたよ?



「魔王って、あの魔王?」


「あの魔王の『あの』の意味合いにもよりますが、魔界の王様という意味でしたらその通りです。主な業務は魔界の統治や運営全般でしょうか」



 我ながら意味の分からない会話だったけど、どうも冗談ではなく本気(マジ)っぽい。さて、それを知った私がどうするかというと、



「ま、いいか」



 魔王が副業で料理人をしてはいけないという法もなし。

 何より彼の作る料理は非常に美味だ。私にとって重要なのはその一点だけで、魔王だろうが悪魔だろうが他の要素は正直どうでもいい。



「お客さま、お待たせいたしました。スミレ、残りの料理が厨房にあるので運んで下さい」


「了解しました、リーダー」



 スミレ嬢を相手にそんな会話をしていたら、いつの間にか料理ができていたらしい。注文した品が厨房からどんどん運ばれてきた。

 早速一口食べてみたが、幸い味が落ちているということもなく、いつもの店主(まおう)の味と遜色ない美味。甘いお菓子と塩辛いポテトチップスを交互に食べると、いつまでも飽きが来ずに無限に食べられそうな気分になる。


 それに何気なく思いついて試してみたのだが、温かいアップルパイと冷たいアイスクリームを一緒に食べると、それぞれを単品で食べるよりも美味しくなるということを発見した。今度からは必ずセットで注文しよう。

 複数のお菓子を組み合わせる食べ方は、他にも相性の良い組み合わせがありそうだ。これからも色々と試してみようと思う。




 ◆◆◆




「ごちそうさま、美味しかったよ」


「またのご来店をお待ちしております」


 それから胃袋の限界に挑戦するかのように食べ続け、店を出る頃にはすでに日が落ちていたので、今日は出発せずに迷宮の他の階にある宿に泊まることにした。私も旅暮らしが長いので野宿には慣れているものの、柔らかいベッドの誘惑には抗いがたい。


 それに何といってもここの宿には大きな温泉があるのが素晴らしい。

 部屋で一休みしたら早速入りに行くとしよう。


 そのすぐ後、入浴中に他の女性客を眺めていたらインスピレーションが湧いたので、裸婦画のモデルになってもらおうとしたのだが、変質者か何かと間違えられて大騒ぎになってしまった。ちょっと裸でポーズを取ってくれないかと頼んだだけなのに、危うく出入り禁止になるところだった。芸術とは実に難しい……。



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