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迷宮レストラン  作者: 悠戯
開店編
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魅惑のコメ料理

 近頃、この町の冒険者たちの間で妙な噂が流れているようだ。

 この街の冒険者ギルドの長を勤めるこの私、マーカスの所には仕事柄様々な噂が流れてくる。


 “町の近くにある迷宮の奥に、この世の物とは思えない程美味い料理を出すレストランがある”


 まあ、初めてその噂を聞いた時は正直気にも留めていなかった。

 どうせどこかのお調子者がバカなことを言っただけだろう。


 と、そんな風に思っていたんだが、あの”竜殺し”ガルドがその噂を肯定したというのなら話は変わってくる。奴とは長い付き合いだ。アイツが耄碌したんじゃなけりゃ、そこに“何か”があるに違いない。そうしてその噂に興味をもった私はガルドに会って話を聞くことにしたのである。



「おう、その話なら本当だぜ」



 仕事を片付けた私はガルドの行きつけの酒場に向かい奴を探す。

 幸いすぐにその姿が見つかったので例の噂のことを聞いてみたら、特に勿体ぶるでもなくそのような答えが返ってきたのだ。


 だが、それよりも気になるのが、



「なあガルド、お前そんなに甘いモン好きだったか?」



 目の前のテーブル一杯に載った蜂蜜を固めた菓子や甘い果物なんかを、ガルドがモリモリ、ムシャムシャ、ガツガツと物凄いスピードで食べている。私の知るガルドは確かに大食漢ではあるのだが、いつもは焼いた肉とか魚をツマミに酒を飲んでいるような奴だったはず。


 私も甘いものは嫌いではないのだが、コレは見ているだけで胸焼けがしそうだ。



「……それも例の店のおかげでな」



 なんと私と同じように例の噂が気になったガルドは、真偽を確かめるべく実際に迷宮の奥にまで赴き、そこで素晴らしく綺麗で可愛らしく甘く美味い菓子を食べてきたと言うのだ。


 そのあまりの美味さに感激し、迷宮から帰ってからもこうして甘い物を食べ漁っているのだとか。



「……だが、この辺で手に入る菓子もそこそこ美味いが、あの“ぷりんあらもおど”とは比べ物にならねぇ。ああ、また喰いてえなぁ……」



 例の店で出されたという菓子の名前だろうか?

 この町は近隣地域の中での流通の要衝となっており、市場には自然と様々な物品が集まる。


 珍しい食材や高価な砂糖や香辛料、またそれらの高級食材を扱う料理店も多々あり人気を集めている。そうした美味い物を出す店に長年通い慣れて舌が肥えているはずのガルドをして、比べ物にならないとまで言わせるその店に少々興味が湧いてきた。


 しかし、興味があるからといってすぐ迷宮に向かうワケにはいかない。

 私も甘い物は好きだが、迷宮に潜るとなると数日単位で仕事に穴を空けることになる。確かに気にはなるものの、菓子一つの為にギルド長としての役目を放り出すワケにはいかないのだ。


 こういう時にはギルド職員という安定しつつも自由の無い立場が恨めしい。

 かつて、若い頃の私も自由な冒険者稼業の人間だった(ちなみにガルドは冒険者時代の仲間である)。だが、結婚して子供ができたのを機に冒険者を辞め、ツテを頼ってギルドに就職したのだ。


 その選択が間違いだったとまでは言わないが、時折自由な冒険者が羨ましく思える時もある。


 また、そうした立場上、私が迷宮に潜る為には相応の理由が必要になる。

 実際、過去には遭難した冒険者の救助や新生した迷宮の危険度調査などで、ギルドが雇った冒険者を率いて迷宮に入ったことも何度かあった。


 例の迷宮も数ヶ月前に新生したばかりのようだし、その手の調査を理由としてでっち上げ、どうにか迷宮に潜れるようスケジュールを調整できないだろうか?


 そんな事をしばらくガルドと話して、この日はお開きになったのである。



 そして一週間後。

 ここまで必死にスケジュールを調整し、数日分前倒しで仕事を片付け、秘書の小言に耐え忍び、調査という名目でなんとか迷宮へと出発することができたのだ。


 護衛という名目で私が興味を持つキッカケとなったガルドと、彼がよく面倒を見ている若手の四人パーティの冒険者を雇って同行している。道すがらリーダーの青年に話を聞くと、なんと彼らが例の店の第一発見者なのだとか。道中、その店の料理がいかに美味かったのかを彼らが口々に話すものだから、私もすっかり腹が減ってしまった。


 休憩の際に保存の効く干し肉や黒パンを食べたが、そんなものではまるで満たされない。

 他の皆もそれは同じようで自然と歩くペースが早くなる。


 幸い迷宮の攻略は順調に進んだ。

 正直、順調すぎるくらいだ。

 そういえば迷宮だというのに妙に魔物が少ないし、罠もあるにはあるが大半は何故か壊れている。

 疑問に思い聞いてみたら、ガルドが前回潜った際に邪魔な魔物を一網打尽にした結果だという。罠はチマチマ解除するのが面倒だったので仕掛けごと殴り壊したらしい。


 相変わらずバカみたいに強い奴だ。若い頃から周りの連中の中でも頭一つ二つ抜けていたが、年を取って衰えるどころか、ますます強くなっている気がする。


 

 ともあれ、頼りになりすぎる友人のおかげもあって、私達一行は町を出発してからわずか一日ほどで最深部に到達することができた。迷宮の最深部、そこには場に似合わない小奇麗な建物が建っている。


 本当にあったのか……!


 今更疑っていたわけではないが、実際にそれを見ると驚きを隠せなかった。

 しかし驚く私をよそに仲間達は足早に店内へと入っていく。

 きっと待ちきれないほど楽しみにしていたのだろう。

 取り残されそうになった私も慌てて彼らの後を追う。


 店内には給仕服を着た少女がいて、我々を席に案内してくれた。


 この少女はこの場所に住んでいるのだろうか?


 こんな場所では食材の仕入れどころか日常生活もままならないだろうに……謎である。

 教えてくれるかは分からないが後で聞いてみるとするか。


 だが、今はそれよりもメシだ!


 少女に渡されたやたらと精緻な料理の絵が描かれたメニューを開き、何を注文するかに頭と腹を悩ませる。どれもこれも実に美味そうだ。できることなら全部注文したいが、生憎と私の胃袋には限界がある。


 見れば仲間達もあれこれ悩んでいるようだ、その気持ちはとてもよく分かる。

 だが、すでに空腹も限界に近い。

 迷いながらメニューのページをめくっていき、そして、あるページに一際私の目を引く料理を見つけたのである。


 平たい鉄鍋に小さい粒々の穀物(若い頃に外国で見たコメという穀物だと思う)が敷き詰められ、その上に様々な野菜や肉、魚介類などを乗せてオーブンで焼いた料理。メニュー表の説明書きによれば“ぱえりあ”という名の料理らしい。


 このボリューム感といい豪勢な見た目といい、見るからに美味そうだ。

 私は己の直感を信じ、この「ぱえりあ」を頼むことに決めた。

 他の面々もそれぞれ頼む料理を決め、先程の少女を呼んで注文を告げる。


 注文を聞いた少女が店の奥に向かい、しばらくすると包丁がまな板を叩くリズミカルな音や鍋で何かを炒めるような音が聞こえてきた。


 気になって耳を澄ますと先程の少女と他の誰かの声が聞こえる。

 内容までは聞き取れなかったが男性の声のようだ。その人物がこの店の料理人だろうか?


 仲間達とこの店の謎について話してみるも、誰も何も分からないということを再確認しただけで終わる。謎は深まるばかりだが、それも店の奥から料理の匂いが漂ってくるまでの事だった。


 話題は自然と料理の事へと移り、誰ともなくゴクリとのどを鳴らす。

 このままだと全員の腹の虫が合唱を始めかねないというまでに腹が減った時に、ようやく料理が運ばれてきたのである。


 給仕の少女が我々の前に次々と料理を並べていく。


 他の仲間の頼んだ料理もどれも美味そうだが、私が頼んだ「ぱえりあ」は一際光り輝いて見える。

 給仕の少女が「ごゆっくりどうぞ」と言って店の奥へと戻っていったような気がしたが、料理に釘付けでそんな言葉は聞き流していた。


 そして、私は「ぱえりあ」を食べ始めたのだ。


 豊富な具材ゆえにどこから手をつけていいか少し迷うが、迷えば迷った時間だけ冷めて味が落ちるのは明らか。料理をベストの状態で味わうのが今の私に課せられた使命なのだ。


 具材の中でも特に目立っているエビにフォークを突き立て、口へと運んだ。

 プリプリした食感と身を噛み締めるごとに溢れるジューシーな旨味がたまらない。


 次は殻付きの黒く細長い貝に手をつける。

 肉厚の身を口に入れると貝類特有の潮の香りを含んだ極上のスープが舌の上に広がる。


 他にも旨味の詰まった鶏肉や独特の歯ごたえが楽しいイカなどがふんだんに使われており、舌を飽きさせない。色とりどりの野菜も単なる彩りではなく口の中をサッパリとリフレッシュさせてくれる。


 だが、この時の私はまだ、この料理の真価をまるで分かっていなかった。

 この料理の主役は上に乗った豪華な具材などではない。

 上に乗った具材を半分以上平らげた後で、何気なくコメを口にした私はその事を悟ったのだ。


 「ぱえりあ」の真の主役はコメ。

 様々な魚介や肉、野菜からでた旨味のエキスが詰まったダシがコメに染みこみ、穀物が元々持つほのかな甘味と合わさって、えもいわれぬ極上の味へと進化を遂げていたのだ。


 

 特に鍋の底にところどころあるわずかなコゲが香ばしく食欲を刺激する。


 このコゲは調理の失敗などではなく、あえて焦がしているのだろう。

 嫌らしい苦味などまるでなく、ひたすら香ばしく、甘く美味い。


 我を忘れて夢中で食べ進み、気が付いた時には目の前に空になった鍋だけが残っていた。


 ああ、美味かった……。


 料理を食べ終わって、グラスに注がれた水を飲み干すとようやく落ち着いてきた。

 仲間達も皆満ち足りた表情をしている。人目も忘れて獣のように貪り喰ってしまったが、そうさせるだけの価値がある実に素晴らしい料理だった。


 しかし、改めて考えてみてもやはり不思議だ。


 これほどの腕を持った料理人ならば、どれほどの一流店でも、それどころか王城の厨房でも高待遇で迎えられるに違いない。他人に雇われるのではなく街中に自分で店を出したとしても大繁盛間違い無しだ。


 だからこそ、なぜ迷宮の奥みたいな変な場所で営業しているのかまったく分からない。

 分からないので手っ取り早く聞いてみることにした。



「お嬢さん、ちょっといいかな?」


「はい、なんでしょうか」


「ここの料理は実に素晴らしいね、料理人の方に直接賛辞を伝えたいのだが、呼んでもらえるかな?」


「はい、少々お待ちください」


 少女が店の奥に行き、エプロン姿の黒髪の青年を連れて戻ってきた。

 優しそうな微笑みを浮かべた長身の若者だ。



「君がこの店の料理人かい? まだ若いのに素晴らしい腕だね。実に美味かったよ」


「あはは、ありがとうございます」


「しかし、ちょっと疑問があってね」


「はい?」



 すかさず先程の疑問をぶつけてみる。

 


「なんで、こんな妙な場所で営業しているんだい。日々の生活や何かも不便じゃないのかい?」


「妙な場所……ですか? 別に不便は感じていませんけど」



 と、そんな風に特におかしな事をしている自覚がないような返答が返ってきた。


 ますます謎が深まるばかりだ。



「失礼ながら、もっと交通の便の良い場所に店を出せば今よりずっと繁盛すると思うんだが……」



 具体的には迷宮の中以外ならどこでも。



「ここまで来るのは中々骨が折れるし、来れる人も限られるだろうしね」


「………!?」



 何故だろう、私の言葉を聞いた青年が「その発想はなかった」みたいな驚きの表情で硬直してしまった。もしやとは思うが、まさかこの場所の立地条件の悪さに気付いていなかったのだろうか?

 この青年、料理のセンスは間違いなく天才的だが、もしかすると商売のセンスは壊滅的なのかもしれない。


 青年が固まってしまったまま動かないので、給仕の少女に声をかけて勘定を済ませ店を出た。


 ショックを受けたような様子の青年の事が少々気になるが、立地条件の悪さに気付いた彼がここではなく私の住む街に店を構えてくれればいいのに。そうすれば毎日、いや毎食通う自信がある!


 ともあれ、用も済んだし帰るとしよう。

 目的の食事には心の底から満足したが、迷宮の調査という名目で来ている以上、帰ったら報告書の作成だのなんだのといった面倒くさい仕事をしなければならないのが今から憂鬱である。




・数日後、彼が提出した報告書によって冒険者ギルドが公式に“例の店”の存在を認めた結果、その店の客数がやや増えることになる。


・さらに数日後、迷宮の入り口すぐ近くに最深部まで直行(双方向移動可)の転移陣(ワープゲート)がなぜか突然出現。店の場所は変わってないが、結果的に立地条件が多少改善した。



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