なすべきこと
「……神よ、本当に他の手段はないのですか?」
女神との会話を終え、憔悴した様子の勇者が退室した議事堂の一室。
そこに残っていた王様が女神へと問いかけました。
「我々の都合で勝手に呼び寄せた挙句、友人を手にかけろとはなんたる無体。これではあの娘があまりに不憫です」
『どうやら勘違いしているようですが、わたくしは魔王を倒せなどとは一言も言っていませんよ? ただ単に倒さねば帰れないという事実を説明しただけですし、別に強制するつもりもありません。それに、正直この事態はわたくしとしても予想外なのですよ』
「予想外……とは?」
『いかに神とはいえ、現在のわたくしは聖典に書かれているような全知全能とは程遠い存在です。未来を正確に見通すことなどとてもできません』
「それは、存じております……」
『魔王とは人類の敵対者であり、勇者とはその対になる人類の守護者……そのはずだったのですが、まさか魔王が善性の存在で、加えて勇者と友好関係を結ぶなど完全に想定外でした』
「ならば、別に魔王を倒さずともよいのではないですか?」
『はい、むしろこの世界の住人にとってはその方が良いかもしれませんよ? 魔界と敵対するのではなく友好関係を結ぶことができれば、恐らく人類は大いに発展するでしょうね。この世界の神であるわたくしとしても、それは大変喜ばしいことです。反対に、もしも勇者が魔王を討つようなことがあれば魔界との敵対は不可避。両方の世界に甚大な被害が出ることは間違いないかと』
「ならば別の手段で勇者召喚の術式を解くことは……?」
『可能性はなくはないといったところですね。ですが確実な手段とは言い難い……そもそもあの召喚の術式は、真っ当な魔法というよりも呪いに近いものなのです』
「呪い……」
『そもそも何故あの少女が召喚されたのか分かりますか?』
「あの娘でなければならない必然性というと……聖剣を扱う天稟があったからでは?」
『それは理由の半分ですね。聖剣を扱う才能はたしかに稀少なものです。恐らくは一億人に一人か二人程度。ですが、それだけならあの少女の世界だけでも数十人は適正者がいるでしょうし、絶対に彼女でなければならないというほどではありません』
「ならば、なぜ……」
『正解は、あの少女が稀に見るほどの善人だったからです。強い力、聖剣のもたらす戦力のみならず、貴方達によって与えられた権力や財力。そういった力を得ても決して驕らず欲に溺れず、素直にこの世界の人々を守りたいと思える。そんな心根と聖剣の才能の両方を併せ持っている人物など、そうそういるものではありませんから』
「恐れながら申し上げます。この世界の人類のために無関係の人間を犠牲にするなど、そのような非道が許されていいのですか……! いや、そもそもあの娘を召喚した私にそんなことを言う資格はないのでしょうが……」
『わたくしとしてもあの少女の善性は好ましいものですし、できることならば何とかしてあげたいのですが……おっと、少し喋りすぎましたね』
『もうすぐ神子の意識が目覚めますので、そろそろ憑依を解きます……わたくしは“この世界”の神としてなすべきことをします。貴方にも“この世界”の人々を統べる者の一人として正しい判断を期待しますよ』
そう言うと女神の憑依が解けたのか、神子の身体がその場に倒れ込みました。
王は安らかな寝息を立てる神子の身体を抱え上げると、室内に置かれた長椅子へと寝かせ、そして誰に聞かせるでもなくぽつりと呟きました。
「正しい判断……私のなすべきこととは……」
聞く者のいない問いかけは、ただただ虚空へと消えていくのでありました。





