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迷宮レストラン  作者: 悠戯
勇者と魔王と元魔王編
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番外編・風呂上りの一杯

※温泉回です。ちょっとだけお色気描写があるので苦手な方はご注意下さい。



 魔王が作った迷宮……最早、迷宮と言っていいのかもよく分からない、下は地下深くから上は空高くまで伸びる謎の巨大建造物には、いくつもの浴場があります。

 

 まだ初期の迷宮感あふれるノーマル迷宮だった頃、土がむき出しの単なる洞窟だった時に、迷宮の改築をしようと思った魔王がツルハシとスコップで洞窟の壁を掘っていると、突如壁から大量の熱湯が溢れてきました。

 付近を流れていた湯脈に偶然ぶつかったようなのです。

 もし熱湯の直撃を受けたのが普通の人間ならば、全身大火傷の上で溺れ死ぬのは免れなかったでしょうが、そこは魔王なので服が濡れるだけで済みました。


 とはいえ、そのまま放置して最下層にある店がお湯浸しになっても困ります。

 彼は取り合えずの応急措置として付近の壁や天井に蹴りを入れて崩落させ、一旦穴を塞ぐとこう言いました。



「そうだ、せっかくだから温泉を作ろう!」



 作りました。

 できました。




 ◆◆◆




「ふぁ~、いいお湯ですねぇ……」


「ですねぇ……」


 魔王が偶然掘り当てた湯脈を利用して作った温泉で、現在、勇者はアリスと並んで温泉を堪能していました。

 場所は元あった迷宮の上に増築された謎の建造物の最上階。

 屋上に作られた大きな露天風呂です。

 勇者が現在宿泊している個室にも一人用の部屋風呂はありましたが、どうせなら手足を存分に伸ばせる広いお風呂に入りたいという勇者の希望を聞いて、アリスが案内がてら一緒に入浴しに来たのです。


 旅の間は毎日入浴するというワケにもいかず、濡らした布で身体を拭くだけで我慢しないといけない日が何日も続くこともありました。毎日入浴するのが当たり前だったお年頃の日本人女子である勇者にとって、その状況は非常に耐えがたいものがあったものです。

 途中からはそんな生活にも段々と慣れてはきましたが、こうしてちゃんとしたお風呂に入れるのならばそれに越したことはありません。

 

 浴場には他の人間やエルフの女性客もおり、各々が大きな風呂を堪能していました。この迷宮は最寄の街から数十キロという特殊な立地から、客として来るのは一般人ではなく旅慣れている冒険者や行商人などがほとんど。

 頻繁に入浴できないことに慣れている者が多いのですが、それでもこの迷宮の温泉はかなりの人気を集めていました。近頃ではレストランの食事よりも温泉が目当てで来ているリピーターもいるほどです。



「いやぁ、生き返りますねぇ……」


「ですねぇ……」



 久しぶりの温泉があまりに心地良いせいか、まだ若いのに妙に年寄り臭い感想をもらす勇者です。



「そういえば、この温泉って何か効能みたいなのはあるんですか?」



 温泉といえば、コレコレこういった成分が入っていて入ると肌が綺麗になるとか、身体の不調が改善するなどの効能を売りにしている所も多々あります。 今入っている温泉にも何かしらの効能があるのか気になった勇者は、横にいるアリスに聞いてみました。



「それだったら、そこに説明書きがありますよ」


「ええと、どれどれ……」



『成分:ミスリル泉』


 一応は硫黄泉やナトリウム泉の親戚みたいなものでしょうか?

 このお湯にはザ・ファンタジー物質として有名なあの金属が溶け込んでいるそうです。説明書きに曰く……、


『効能:肩こり、腰痛、肌荒れ、冷え性、打撲、切り傷、腹痛、頭痛、生理痛、筋肉痛、毒、狂化、混乱、麻痺、石化、呪い』


 どうやら、ミスリルの成分は肩こりにも有効だそうで。

 あと効能の後半の方には如何にもファンタジー的な身体の不調が並んでいますが、身体が麻痺してる人を温泉に入れたら治る前に溺れてしまうのでは……等々。


 そんな事をぼんやりと考えていた勇者は、ふと横からの視線を感じて顔を上げました。すぐ隣でお湯に浸かっていたアリスが勇者のほうを、正確には勇者の胸のあたりをじっと見て何かを考え込んでいる様子なのです。



「あの、そんなに見られるとちょっと恥ずかしいんですけど……」



 いくら同性でも、裸体をまじまじと見られるのは気恥ずかしいものです。



「ああ、これは失礼。ちょっと気になることがありまして」



 アリスはそう言うと、自分の身体のあちこちを何かを確認するかのようにペタペタと触り、それから再び隣でお湯に浸かる勇者の身体を横目でチラリと確認。続いて少し離れた所にいた他の女性客たちの姿を確認し、そして誰にも聞こえないような小声でボソッと呟きました。



「……うらやましい」


「はい?」



 アリスは自身のその全体的に小柄な体型をほんのちょっぴり、いや正直なところ結構気にしていたのです。昔魔王をしていた時代やそれ以前は別に体型の事など大して気にしてはいませんでしたが、ここ何十年か、つまり想い人ができてからはそういう方面への興味も自然と湧いてきました。

 その結果、自分の身体が平均的な成熟した女性のそれと比較して、全体的に小さめなことへのコンプレックスを抱えるようになってしまったのです。

 

 とはいえ、アリスは決して希望を捨てたワケではありません。今も何気ない雑談を装って、勇者からさりげなく情報を引き出そうとしていました。



「つかぬことを伺いますが、胸大きいですね? 何か大きくする秘訣とかないものでしょうか?」



 全然さりげなくありませんでした。

 ド直球です。超必死でした。言葉遣いそのものは丁寧ですが、その裏から並々ならぬ気迫と執念と嫉妬と羨望、その他諸々を感じさせます。

 ちなみに勇者はアリスがそのコンプレックスを刺激される程度には大きめです。着痩せするタイプなのか、服の上から見た時よりも更に一回り大きく見えます。



「大きくする秘訣ですか? うーん……」



 勇者は自分の体型には割りと無頓着なほうで、何か特別なことをして成長したわけではないので、そういう事を聞かれても気の利いた答えを返すことはできません。

 なので、うろ覚えでしたが随分前に何かのテレビか雑誌で見た知識を教えることにしました。



「えーと、たしか牛乳を飲むといいとか」


「なるほど、牛乳ですか。他には?」


「他には……えっと、腕立て伏せとか」


「腕立て伏せですか、なるほど。他には何かありますか?」


「他には、他に……あ」


「何ですか?」


「その……好きな男の人に揉まれると、あの……大きくなるらしいですよ?」


「なっ……!」



 二人の間に気まずい沈黙が流れます。二人の顔が赤くなっているのはきっと風呂にのぼせたせいだけではないでしょう。特にアリスの方は自分と魔王の「そういう場面」をうっかり想像してしまったのか、顔をリンゴみたいに真っ赤にしています。



「……少し長く入りすぎましたね、そろそろ出ましょうか」


「……ですね」



 この話題をこれ以上続けるのは危険だと察した勇者が、早々に風呂から上がるよう提案し、二人とも湯船から上がって脱衣所へと引き上げました。

 二人ともタオルで身体の水気を拭いて、ドライヤーのような魔法道具で髪を乾かしていきます。それから服を着ようとしたところで、勇者が身体にバスタオルを巻いた姿のままで何かを思い出したかのように脱衣所の隅へと。


 脱衣所の隅には氷水が張られた小さな木桶が置いてあり、その中にはビン入りの牛乳が二本入っていました。勇者が温泉に入る前にレストランに立ち寄って魔王から貰ってきた物です。

 二人はそれなりに長風呂をしていましたが、氷水のおかげで牛乳のビンはキンキンに冷えた状態を保っていました。


 勇者は二本のビンの内の一つをアリスに渡すと言いました。



「さっきの話はともかく、やっぱりお風呂上りには牛乳ですよね」



 勇者はコーヒー牛乳でもフルーツ牛乳でもなく、風呂上りには味付けをしていない普通の牛乳派でした。そして勇者は続けてアリスに言います。


  

「いいですか? お風呂上りの牛乳を飲む時はですね……」



 勇者とアリスはバスタオルを巻いた姿のまま並んで、片手に牛乳ビンを持ち、もう片方の手は腰に当てて、グイッと一息に飲み干しました。

 上品な飲み方ではありませんが、よく冷えた液体が火照った身体を内側から冷ましていく感覚が非常に心地良く感じられます。牛乳などに含まれる脂肪分は温かいと甘さとして感じられますが、冷えていると甘さは然程でもなくサッパリと感じられます。


 その冷えた牛乳の清涼感は、ノドや胃から身体の奥底にまで染み込むかのよう。二人はたちまちの内にビンを空にすると揃って「ぷはぁっ」と声を上げました。


 勇者は「いや~、この一杯の為に生きてますね~」とビール好きのオッサンのような感想を述べ、アリスは「これで少しは大きく……後でもう何本か飲んでおきましょうか」と将来への野望をそのささやかな胸に秘め、決意を新たにするのでした。



風呂上りには牛乳or麦茶。番外でアイス。

どこぞのアゴの尖ったギャンブラーが「キンキンに冷えてやがるっ……!」て言うくらいに冷えてるとベスト。

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