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迷宮レストラン  作者: 悠戯
勇者と魔王と元魔王編
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番外編・カステラの作法


 ある日のこと、迷宮の中のレストランで数人の冒険者たちが和気藹々と食事をしていました。先に来ていたベテラン冒険者のガルド氏が、後からやってきた後輩冒険者のアラン達に声をかけて一緒に食事をしようという流れになったのです。

 

 お互いよく知った仲ということもあり、他愛のない雑談でも大いに盛り上がりました。食事というのは一人で食べるよりも、大勢で食べた方がより美味しく感じるもの。各自がそれぞれ自分の注文した料理をたらふく食べて、時折仲間の頼んだ料理と交換したりもしつつ、楽しい食事の時間は過ぎていきました。


 そしてそれぞれがメインの肉料理や魚料理を食べ終えて、いざ食後のデザートに取り掛かろうという時――――その事件が起こりました。



 その場のメンバーの中でも随一の甘味好きであるガルドは、その日のデザートにカステラを注文していました。以前初めて訪れて以来、ちょくちょくこの店に通うようになって毎回甘い物を大量に食べていたガルドは、すでにこの店の甘味を全種類制覇していましたが、そんな彼の最近のお気に入りがこのカステラ。


 ケーキ類のスポンジ生地とはまた違った、フワフワしつつもしっとりとした独特の食感と、底にまぶされたザラメのカリカリとした軽妙なアクセント。

 その上品な甘味に彼はすっかりハマってしまい、今日も注文した物が運ばれてくるなり年甲斐も無くがっついていました。運ばれてきた平皿には分厚く切られたカステラが三切れもあったのに、たちまちペロリと平らげてしまったほどです。



 しかし、そんな風にいち早くデザートを食べ終えた彼は、そこで衝撃的な光景を目にすることになりました。アランたち一行の中でも一番小柄で、そして一番の甘味好きでもあるメイという少女がガルドと同じカステラを注文していたのです。

 それだけならば別に何も驚くことはありません。

 むしろ他のパフェやケーキなどの派手な見た目のデザートに比べて一見地味な印象さえあるカステラを頼んだことを「コイツは甘味ってモンを分かっているな」と内心で評価してさえいました。


 しかし、メイの頼んだカステラが深皿に入れて運ばれて来たのを見て、ガルドは些細な違和感を覚えました。たしかガルドのカステラは平皿に載っていたはずです。


 その些細な違和感は、メイがカステラと一緒に頼んだ牛乳の入ったグラスの中身を深皿の中に投入したのを見て驚愕へと変わりました。



「ちょっ、おい、何してんだお前!?」



 彼は思わず店の中だということも忘れ、立ち上がって大声を上げてしまいました。メイを除くアランたち三人は、突然何が起こったのかと驚きで目を白黒させています。


 しかし、今は外野に構っているヒマはありません。

 あんな風に牛乳をかけたりしたら、せっかくのカステラのフワフワの食感が台無しになってしまう。甘い物をこよなく愛しているガルドにとって、それは冒涜のように思えたのです。

 例えるなら聖堂に泥水をぶちまけ、聖典にツバを吐きかけるようなもの。大袈裟かもしれませんが、ガルドにとっては大体そんな感じのことに感じていました。


 ですが、マイペースなメイは周囲のそんな空気など知らぬ存ぜぬ。どこ吹く風とばかりに、牛乳のよく染みたカステラをスプーンで突き崩しながら美味しそうに食べています。


 その幸せそうに食べる様子を見ていると、ガルドの興奮した頭もいくらか冷えてきました。そして、もしかしたらこの食べ方は美味いのかもしれない、という疑問が彼の脳裏に芽生えてきました。

 ガルドは疑問が生じるや否や、半ば無意識の内に向かいの席に座っていたメイのカステラと牛乳が入った深皿を奪い取ると、残っていた中身をまるで飲み干すかのように一口で食べてしまいました。


 あまりの早業に周りが止める間もありません。


 ガルドは口の中の牛乳がよく染みたカステラの味をゆっくりと確認すると、ただ一言「……美味い」と呟きました。

 一概にどちらが上とは断言できませんが、牛乳の良く染みたカステラは、そのまま食べるフワフワのカステラと甲乙つけがたい美味。少なくとも先程のカステラに対する冒涜などという考えは、全くの冤罪であったとはっきり分かりました。


 しかし、突然デザートを強奪されたメイとしては堪ったものではありません。

 最初は何が起こったのか分からず呆然としていましたが、数瞬後にようやく事態を理解すると「ガルドさん、なにするんですか~!」と普段声を荒げる事の少ない彼女にしては珍しく怒りの声を上げていました。


 メイは席を立つとテーブルを回り込んでガルドに突撃し、ポカポカと彼の身体を叩きます。ですが小柄なメイの子供のような拳では、ガルドの鍛え抜かれた肉体にいささかの痛痒を与えることすらできません。


 一方、カステラの味に集中するあまり、そんなメイの様子に気付いていないガルドはこんなことを考えていました。



(俺はてっきり最初に出てきた状態のカステラがベストだと思い込んで、より美味く食うための工夫や努力を怠っていた。だが若い奴らはその柔軟な発想で、軽々とこちらの常識を飛び越えていきやがった……)



 自らの老いと若い後輩の可能性をまざまざと思い知らされたガルドは、思わず「まさかお前らに教えられる日が来るとはな……」と何だか良い感じのセリフをニヒルな表情で呟きます。

 今回、最初から最後まで蚊帳の外で、一体この場で何が起こっていたのかも分かっていなかったアランは尊敬する大先輩のセリフを聞いて「なんだかよく分からないけど、そういうセリフはもっと別の場面で聞きたかったなあ」と思いました。


 なお、数分ほど経ってようやく正気に戻ったガルドは、半泣きでポカポカと自分を叩くメイにようやく気付き、流石に悪い事をしたとひたすら謝り倒すことになるのでした。


カステラに牛乳かけて食べるのが好きです。

作者は半分は普通に食べて、残りは牛乳をかけて食べます。

お行儀が悪いですけど美味しいです。

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