番外編・吸血鬼は月夜に踊る
更新遅くなってゴメンナサイ。
今回の話は時系列的には開店編の中盤あたりになります。
「ほら、見えてきたわエリック。きっとあそこよ!」
「ねえ、やっぱりやめようよアンジェリカ。それにバレたら怒られちゃうよ」
満月の光が煌々と照らす夜空を二人の少年少女が飛んでいました。
勝気でお転婆な印象の少女アンジェリカと、いかにも気弱そうな少年エリック。背中にコウモリのような翼を生やして夜空を進む二人は、人間ではなく吸血鬼。人間達からは魔族とも呼ばれる存在でした。
「あの洞窟の前の魔法陣……どこかに繋がっているみたいね。きっと例の魔族が描いたんだわ」
「うん、すごい魔力を感じる、こんなの長老様だって使えるかどうか……ねえ、やっぱりボク達だけじゃこんな魔法陣を作れる魔族をやっつけるだなんて無茶なんじゃ……」
「別にやっつけるんじゃなくて文句を言うだけよ」
「そういう問題かなぁ……」
ちなみにこの二人の若い吸血鬼は、魔王の治める魔界の魔族ではなく、この世界にひっそりと隠れ住む人間界の魔族。なんでそんな連中がいるのかというと、それには深い事情があったのです。
今から五百年ほど前。
前の前の魔王が魔族の軍勢を率いて人間界に攻め込んできて、激戦の末に当時の勇者に討ち取られました。人間側にとってはハッピーエンド。
しかし、魔族にとってはここからが大変でした。それまで各国各地を果敢に攻めていたのが、大慌てで逃げ帰らねばならなくなってしまったのです。
魔族達の多くは魔王が開いた門から這う這うの体で魔界へと逃げ帰ったのですが、魔力の供給が断たれた門が自然消滅するまでに辿り着くことが出来ず、人間界に取り残されてしまった魔族もそれなりにいたのです。
その後の末路は悲惨の一語。
人間界に取り残された魔族の大半は、敗残兵として次々に人間達に討たれ、あるいは不運にも生きたまま捕らえられていきました。多くの人間を虐殺した侵略者の扱いがどのようなものになるか、あえて詳しく語るまでもないでしょう。
ですが、取り残された魔族の全てがそのような結末を迎えたわけではありません。
ごく一部の幸運な者は、人里離れた山奥や無人島にひっそりと隠れ住むことで。あるいは魔族でも特に人間に近い容姿を持つ種族の者は、人間社会の中に溶け込んで生き延びることに成功していたのです。
この吸血鬼の少年少女の数百年前の先祖も、そんな風に旅人を装って人間の村に入り込み、そのまま住み着くことに成功した一人でした。
吸血鬼は魔族の中でも特に強力な種族として知られていますが、困ったことにその弱点もまた有名です。絶大な戦闘力や再生、変身、飛行などの能力を持つ一方で、日光や銀製の武器に弱く、なにより定期的に血液を飲まないと弱っていくという大きな弱点があります。
二人の先祖の吸血鬼もその例外ではありませんでした。
辿り着いた村に住み着いてから半年ほど経った時、あえて自分から素性を明かして村人達に血を分けて欲しいと助けを求めました。すでに長いこと血を飲んでいなかった吸血鬼は、その時点で重病人のようにベッドから起きることもできないほど弱っていて、迷った末に自分の命運を村人達に委ねたのです。
村人達は迷った末に、その吸血鬼を真に村の一員として受け入れることを決めました。当時は魔族に対する敵対意識がまだまだ高い時代でしたが、その村が山奥にあったおかげで直接的な魔族の被害を受けていなかったこと。そして吸血鬼が村に来てからの数ヶ月の間に、怪力を生かしての力仕事や農作業、魔物退治などを熱心にやってある程度の信頼を得ていたのが理由として大きかったのでしょう。
そうして吸血鬼は本当の意味で、村の仲間として受け入れられることになったのです。やがてその吸血鬼が村の若者と結婚して子を生し、その子がまた別の人間の村人と結婚し、その子がまた結婚して……という具合に、世代を重ねるうちにいつしかその村から純粋な人間が誰一人いなくなって、人間と吸血鬼の混血だらけの村となったのは当時の誰も予想だにしませんでしたが。
吸血鬼と人間の混血には、良くも悪くも純粋な吸血鬼ほどの特徴はありません。血が交わって薄くなるにつれて初代ほどの戦闘力を持つ者はいなくなり、寿命もだんだんと少なくなっていきました。
が、その代わりとばかりに吸血鬼の弱点である日光からのダメージや吸血衝動も薄くなっていったのは幸いでした。夏場の日中などは未だに厳しいものの、それ以外の時期なら昼間の活動にもさして問題はありません。魔力の気配に敏感なエルフでもなければ、パッと見で彼らが人間ではないと見抜くのはまず不可能でしょう。
現在、その村では農業や牧畜を営みながら時折付近の村と交流しつつ、吸血鬼の子孫達が平和に暮らしているのでありました。めでたし、めでたし。
……と、それで終わっていれば良かったのですけれど。
のんびり平和に暮らしていた吸血鬼達ですが、今から数ヶ月ほど前に今まで感じたことがないほど強烈な魔力の奔流を察知しました。
それ自体は今の魔王が自分の趣味のために迷宮を造り出した時に発した魔力だったのですが、そのちょっと前から世界の境界が開いたことで魔界の魔力が幾らか漏れ出ていたのでしょう。魔力に対して鼻が利く種族の者ならば、この世界に満ちるソレとは明らかな別物だと分かったはずです。
吸血鬼達は魔界との境界が開いたことに気付いて、危うくパニックに陥りそうになりました。なにしろ、この村は前の魔王の時代に魔界に帰還できなかった魔族の村。魔界では脱走兵として扱われていても不思議はないのです。
古今東西、捕らえられた脱走兵の扱いは大体相場が決まっています。
初代の吸血鬼から伝え聞く恐るべき『赤の魔王』や、その軍団の残虐極まる逸話の数々から判断するに、とても温情など期待できないでしょう。当時の当事者であるか否かなど関係なし。裏切り者の一味として問答無用で皆殺しにされても不思議はありません。
まあ実情はさておき、少なくともこの時点の村人達にそうした疑いを否定できる材料はなかったわけで。現在の魔界がどうなっているかなど、ずっと人間界で暮らしていた彼らには知る由もないのだから仕方ありません。
とりあえず、いざとなったら村人総出ですぐ逃げられるよう荷物をまとめつつ、しばらくの間、彼らは不安な日々を過ごすことになったのです。
ですが、幸い心配は杞憂に終わりました。
一週間、一ヶ月、半年が過ぎても魔界の手の者が攻めてくる様子はありません。オマケに魔法に長ける者が使い魔を飛ばして迷宮付近を監視させた限りでは、魔界との境界を開いた人物は人間界に来てからほとんどその場を動いていないようだとも判明。
この頃には吸血鬼たちの危機感も薄れてきていて、どうやら件の魔族には自分達に対する害意は無いようだ、と。そのように判断して、元の平和な生活に戻りつつありました。
村の中でただ一人、謎の魔族に翻弄されたことに対してぷんすか怒っていたアンジェリカを除いて、ですが……。
「ふむふむ、この魔法陣はこの迷宮の一番奥まで通じてるみたいね。すぐ隣の看板に説明書きがあるし間違いないわ。時間もあんまりないし手間が省けて好都合ね!」
「え、これ使うの? すごく罠っぽいけど? あ、待ってよ」
今よりもずっと小さい頃からお転婆なアンジェリカ嬢に振り回され続けた経歴を持つエリック少年は、もっと慎重に行動するようにと常日頃から色々な場面で言い続けているのですが、残念ながらその言葉が聞き入れられたことはただの一度もありません。
かといって、彼女を一人で行動させると事態がより悪化するのも明らか。
なので、今日もこうして彼女にくっついてきたのでした。アンジェリカは文句を言うだけなどと言っていますが、今日の目的の魔族がもしも危険な奴ならば、アンジェリカを担ぎ上げてでも一目散に逃げないといけません。
ちなみに時間が無いというのは、彼らが吸血鬼としての能力を使える制限時間のこと。人間と吸血鬼の混血である彼らは、日の出ていない夜の間しかその力を使えないのです。
今は背中から翼を生やして空を飛んでいますが、もしも途中で朝になったら翼も消えて怪力も発揮できなくなるので、どこかで夜まで隠れていないと村に帰ることもできません。進むにしろ帰るにしろ、ここで時間を浪費する余裕はないでしょう。
二人が転移の魔法陣を潜り抜けてきた先には一軒の建物が。
こんな場所には似つかわしくない、洒落たデザインの料理店がありました。
「怪しいわ……」
「怪しいね……」
こんなに怪しい建物を見たのは間違いなく生まれて初めて。
並大抵の怪しさではありません。
あまりの怪しさに二人揃って同じようなリアクションを取りました。
「……あと、なんだか美味しそうな匂いがするわね」
「……うん、お腹空いたね」
二人は大人達に内緒で日が落ちるとすぐに村を出てきたので、今日はロクな物を食べていません。目の前の店から漂ってくる匂いはそんな二人の胃袋を強烈に刺激します。
「中から魔力を感じるわ。この建物にいるのは間違いないみたいね」
「うん。とにかく穏便にね、アンジェリカ」
「分かってるわよ、穏便に……先手を取って殴り込むわ!」
「全然分かってない……!?」
文句を言うだけという当初の目的を早くも忘れているアンジェリカに、エリックの胃は心労でキリキリと悲鳴を上げています。
アンジェリカは空腹感を頭から追い出すために軽く自分の頬を叩いて気合を入れると、勢いよくドアを開け……そこで生まれて初めて自分の浅慮を後悔することになったのです。
アンジェリカはドアを壊しかねないほどの勢いで開くと、まるで暴れ牛のような勢いで建物の中に飛び込んでいきました。そして先手必勝とばかりに、テーブルの後片付けをしていた金髪の少女にいきなり食ってかかったのです。後ろから付いて来るエリックが止める間もない一瞬の出来事でした。
その少女は一見人間と変わらないように見えますが、魔力に敏感な吸血鬼の眼は少女が人間ではないということを既に見抜いています。
「アンタが魔界から来たっていう魔族ね! こっちはアンタのせいで色々大変だったのよ!」
金髪の少女は突然の闖入者を前にして、驚いていいやら怒っていいやら分からずにしばし呆然としていました。
ですが、この時アンジェリカにとっては不運なことに、片付けの途中で不安定な状態でテーブルに重ねられていた食器が、アンジェリカがドスドスという足音が聞こえるほどの勢いで乱入してきたせいでまとめて落下。何枚ものお皿やグラスが大きな音を立てて割れてしまったのです。
金髪の少女、アリスはまずその食器が割れる音に驚き、それからその元凶の少女、アンジェリカの方を見て数秒ほど沈黙。それから何かに納得したようにポツリと呟きました。
「ああ、なんだ。敵ですか」
もう随分長いこと平穏に暮らしていたせいで、不覚にも異常事態に対しての反応が遅れてしまいましたが、一度そう認識したアリスの対処は非常に迅速。
普段は人間の客を相手に接客する必要から、人間の身体に害がないように限界ギリギリまで抑えこんでいる魔力を瞬時に解放。謎の闖入者へと殺気を込めた視線を向けました。
アリスの本気の殺気は、常人ならば近くにいるだけでショック死してもおかしくないほどに強烈です。この時、店内に他の客がいなかったのは非常に幸運だったと言えるでしょう。
「ひっ……!?」
そしてアンジェリカはというと、アリスが殺気のこもった視線を向けた、ただそれだけで既に心が折れていました。
血が薄まっているとはいえ吸血鬼だけあり、流石にそれだけで心臓が止まって死ぬようなことはなかったものの、自然と腰が抜けて床にへたり込み、目尻には涙が浮かび、歯の根が合わずにガチガチと震えています。
先程までの威勢のいい啖呵などどこかへ消えてしまい、後悔と死の恐怖だけが止め処なく押し寄せてきます。逃げ出そうにも身体が思い通りに動いてくれないのでは、それも不可能。
仮に逃げ出せても目の前の少女がその気になれば、アンジェリカが建物のドアまでの数メートルを進むまでの間に何百回だって容易く殺せるでしょう。吸血鬼の不死性なんて、この少女を前にしては何の意味もないことは明らかです。むしろ苦しみが長引くだけのことに過ぎません。
アンジェリカが生まれて初めての絶望と死の恐怖に震えていたのは、時間にすればほんの十秒にも満たない短い間。しかし、彼女にとっては生まれてから今までの十数年間以上に長い十秒でした。
が、その時。
「……ア、アンジェリカは逃げて! ボクが時間を稼ぐからその間に!」
へたり込んで動けないアンジェリカの前にエリックが飛び出して、その身を呈して庇うような格好で金髪の少女の前に立ったのです。それでようやくアンジェリカも正気に戻りました。
最初、アンジェリカは普段臆病なエリックがアンジェリカが身動きできなくなるような状況で動けているのを見て、もしや目の前の相手の脅威をちゃんと理解できていないのではと思いました。
けれど、全身をガタガタと震わせている様子からして、彼もまた激しい恐怖を感じているのは明らか。しかし、泣きそうになり震えながらも目の前の相手から視線を切らず、必死にアンジェリカを守ろうとしています。
無論エリックが盾になったところで、目の前の相手にとっては羽虫ほどの障害にもならないのは明白。死ぬのがほんの一瞬遅くなるだけでしょうが。
それでもアンジェリカは自分の中にあった恐怖心が僅かに和らいでいるのに気付き、そして柔らかい声音で言いました。
「まったく弱虫の癖に何言ってるのよ……ありがと、エリック。これから死んじゃうけど、生まれ変わったらまたアンタと友達になれたらいいわね」
「アンジェリカ……守ってあげられなくてごめんね」
幼馴染同士、何やら通じ合っているような様子です。
一方、そんな風に二人を散々怯えさせたアリスはというと、すっかり自分達の世界に入り込んでいる二人を見て……。
「え、何ですかコレ? これじゃあ私が悪者みたいじゃないですか……」
と、微妙にイジけていました。
毒気を抜かれて、すっかり殺気も萎えてしまったようです。
相手にもはや戦意がないのを確認すると、アリスは解放していた魔力を再び抑え込み、アンジェリカとエリックはようやく人心地つくことができました。
「「ごめんなさい!」」
「なるほど、そういう事情だったんですか……」
アリスは二人からココにやってきた経緯を聞き、納得したように呟きました。
人間界に魔族の末裔が暮らしているというのは、元魔王のアリスにとっても寝耳に水。まったく思いもよらない情報でしたが、罪のない村人を怖がらせたり云々の経緯を考えるとアリス達……というか、主に考えなしの魔王に非がない気がしなくなくもありません。
とはいえ、いきなりケンカを売られたのはまだしも、お皿やグラスが割れて実害が出ている以上は、このまま何もなしで無罪放免というのもよろしくない。アリスは頭の中で互いの非を差し引いて、大体どのくらいの罰が妥当かと考えて、
「反省もしているようですし、今回は大目に見ましょう。ただし、罰として店内の清掃を手伝ってもらいます」
最終的にこのあたりに落ち着きました。
最悪殺されたっておかしくなかったのにその程度で済むのならと、アンジェリカとエリックの二人はせっせと片付けに精を出します。
先程の恐怖が頭の中に残っているのか、それこそ命懸けで掃除に臨む勢いです。親や村の大人に言われても、こんなに真面目に掃除をしたことはありません。割れた食器を片付け、テーブルを顔が映るくらいにピカピカに磨き、窓枠や床にもチリ一つ残っていないほどにキレイになりました。
アンジェリカとエリックはたっぷり二時間ほどかけて掃除を終えると、店の奥から何かを炒めるような音と芳しい匂いが漂ってくるのに気付きました。
考えてみれば、日暮れと同時に村を出て空を飛ぶこと数時間。加えて本気で死を覚悟した心労と二時間の掃除で、お腹はもうペコペコです。
そんな二人の前に、アリスとエプロンをつけた黒髪の青年が料理の載った盆を持って出てきました。
「どうやら、ちゃんとマジメに掃除したみたいですね」
アリスは二人の仕事ぶりを確認すると、大きめのテーブルに四人分の料理や飲み物の皿を並べ始めました。
「……あの、アリス様。コレは?」
見慣れぬ料理を前にしたアンジェリカがおずおずと尋ねます。
「お腹が空いたでしょう? 要らないのなら無理に食べろとは言いませんけど」
「「食べます!」」
アンジェリカとエリックは二人揃って大きな返事をしました。空腹で目が回りそうなところに美味しそうな料理の香りを嗅がされては、もう辛抱たまりません。
「くんくん……なんだか、嗅いだことのない匂いがするわね」
「うん。でも、すごく食欲をそそる良い匂いだよ」
小麦粉を練って作った皮に具を詰めて焼いた料理と、小さい穀物を炊いてから刻んだ肉や野菜と炒めた料理。焼きギョウザとチャーハンという料理は、香りといい見た目といい初めて見る二人にも絶対美味しいと確信させる存在感をテーブル上で放っていました。まだ焼きたて熱々のようで、油がジュウジュウと弾ける音が聞こえてきます。
そして四人が揃って席に着き、いただきますの声と共に食事が始まりました。
「美味しいっ!」
ギョウザを一口食べるなり、アンジェリカは思わず声を上げてしまいます。見れば隣のエリックも声は上げないものの、いつものおとなしい彼の様子からは想像できないような勢いでチャーハンを口に運んでいます。
「ちょっと辛いですけど、これをギョウザにつけても美味しいですよ」
アリスが二人に勧めた、油に唐辛子で香りと味をつけたラー油という赤い調味料を試してみると、二人の食事のスピードはますます速くなりました。
途中、ガッつきすぎてチャーハンをノドにつまらせそうになったりしながらも、我を忘れたかのように食べ進み、二人は大盛りのチャーハンと大量のギョウザをたちまち完食してしまったのでありました。
「美味しかったわね……」
「うん……」
二人は初めて食べた料理の余韻に浸っています。
「初めて食べる味だったけど、どっちの料理にも入ってた、あの香りの強い野菜? 細かく刻んである白っぽいやつ。アレがイイ味出してたわね」
「うん、村では見たことない野菜だよね。何だろう?」
どうやら、先程の料理には吸血鬼の村では馴染みのない食材が使われていたようです。少年少女が美味しそうに料理を食べるのをニコニコ見守っていた黒髪の青年、魔王が二人の疑問に答えました。
「ああ、それはニンニクだよ」
「「えっ……ニ、ニンニク!?」」
それを聞いた二人は顔色を変えました。
「ど、どうしようアンジェリカ!? 吸血鬼がニンニクを食べたら内臓が焼け爛れるから、絶対に食べちゃダメだって大人の人達が……」
「うん、ワタシもそう聞いてるけど……あれ? でも、何ともないわよ?」
「あれ? そう言われれば確かに……?」
結論から言うと、吸血鬼の中でも一番若い世代の二人は血が薄まることで力が弱まる代わりに弱点が減っており、ニンニクは既に弱点では無くなっていたのです。
彼らの村のもっと年配の吸血鬼ならば、ニンニクで内臓が焼けるようなことも本当にあり得るので、彼らの村ではニンニクの栽培自体がされていませんでした。そのため、今こうして気付かず食べるまで弱点の克服に気付くことも無かったのでしょう。
「ニンニクって美味しいのね」
「村に帰ったら、育ててみようか?」
とりあえず問題はなさそうなので、結果オーライという感じで胸を撫で下ろす二人。そして料理を作った魔王と、二人が吸血鬼だということをうっかり伝え忘れていたアリスもまた密かに胸を撫で下ろすのでした。
食事を終えた二人は、日が昇るまでに村に帰らないといけないので、再度謝罪と食事の礼を伝えてから急いで帰路に着きました。満月の光の中、大冒険の興奮のせいか普段より饒舌になった二人は、空を飛びながら色々なことを話します。
「まさか、あの男の人が魔王様だなんてね」
「うん、それにあんなに料理が上手いなんてビックリだよね」
「アリス様も良い人でよかったわね。怒るとすごく怖いけど」
「うん、今思い出しても生きた心地がしないよ」
「また、お店に来てもいいって言ってたわね」
「うん、今度はちゃんとお金を貯めて行こう」
「アリス様って、きっと魔王様のことが好きなのね」
「え、そうなの? 全然気付かなかった」
「ねえ、エリック」
「なに、アンジェリカ?」
少女は自分にしか聞こえないような小声で囁きました。
「守ってくれた時はカッコよかったわ。ありがとう、大好きよ」
「え? 何か言った」
「何でもないわ! ほら村が見えてきた、急ぎましょうエリック」
「あ、待ってよアンジェリカ」
照れて赤く染まった顔を見られないよう先を飛ぶ少女と、それを追う少年は程なくして村に辿り着きました。日が昇る直前の白み始めた空の下、吸血鬼の少年少女の一夜の冒険はこうして幕を閉じるのでありました。
・今回の話の補足
アンジェリカとエリックの年齢はだいたい12歳くらい
普段は農作業や家畜の世話なんかを手伝っています
昼間は普通の子供並の身体能力しかありません
・吸血鬼としての能力(夜限定で発揮できる)
自分の背丈くらいの大きさの岩を片手で持ち上げられる程度の怪力
コウモリっぽい形の羽根を生やして空を飛べる
・アリスの強さ
本編だと魔王のせいで目立たないですが、本来人間から見るとラスボス枠のキャラなので実はかなり強いです。ネトゲで例えると廃人が数十人~百人ほど集まってようやく勝てるレイドボスみたいなものです。