ラーメンに乗ってるチャーシューって『焼豚』ではなくない?
「もしや、ラーメンに乗っているチャーシューって『焼豚』ではないのでは?」
毎度お馴染み魔王の店。
今日のコスモスは学校の課題をやりに来たリサにそんな話題を振っていました。
「はい? ああ、そういうことですか。ですよね」
そしてリサは特に否定したり質問の意図に疑問を呈することもなく、そのまま素直に肯定を返しました。一を聞いて十を知る。これまで意外になかったパターンです。話が早いのは良いことですが、これで会話が終わってはヒマ潰しになりません。しいて言うならボケ潰しにはなっていますが。
「ヘイヘイ、リサさまや。それで会話が終わっては私が面白くないので、ここはどうか意図が分かっていないという体でボールを打ち返してはもらえないでしょうか。会話のベースボールを心がけていただけないものかと」
「普通はキャッチボールだと思うんですけど、バットを持ってきちゃいましたか。こっちも一息入れたいところだったから別にいいですけど……ええと、それじゃあテイク2。ラーメンのチャーシューが『焼豚』じゃないってどういうことですか?」
というわけで、すでに話の向かう方向を分かった上で、あえて疑問を口にしてのテイク2。流石は並外れたお人好しであるという理由で勇者なんぞに選ばれてしまっただけあります。
「ふふふ、それはですな……」
「ラーメンのチャーシューって中華料理の『焼豚』みたいなしっかり焼いたのもありますけど、トロトロに煮込まれた煮豚タイプもそこそこ多いですもんね。でも呼び方は両方ともチャーシューなわけですし、考えてみれば不思議だなって……みたいなことですよよね?」
「……みたいなことで合ってはいるのですが、その辺りを言葉にするのは会話の流れ的にこちらの担当ではないかと。会話のキャッチボールならぬベースボールと見せかけて、ドッジボールで顔面にいいのを喰らったようなネタ潰し。つまりは顔面セーフなのでこのまま行きましょう。ふふふ、お見事です」
「いえいえ、それほどでも?」
一向に話が進まないまま例える球技ばかりが二転三転してしまいましたが、コスモスが言いたかったことは大体リサが説明してくれました。
ラーメンの定番の具であるチャーシュー。
そのチャーシューが元々は中華料理の『焼豚(叉焼)』に由来することに疑いの余地はありません。ですが料理の名前はそのままでも、実際のブツは元の料理と別物になっている場合が多々ある。世間一般で当たり前に受け入れられてはいるものの、よくよく思い返してみると確かに奇妙な状況かもしれません。
「一応、先に申し上げておきますと、私自身は別にその間違いが許せないとか、ラーメンの上に乗せるのはオリジナルに近い『焼豚』に限るべきだ……などと了見の狭いことを言うつもりはありませんので」
「トロトロの柔らかいのも美味しいですもんね。あとは、そのお店のスープとの相性とか全体のバランスを考えると、必ずしもしっかり焼いたほうのチャーシューが合うとも限りませんし。逆もまた然りでしょうけど」
ラーメンの具としてのチャーシューは大まかに二種類。
大元の中華料理に近い焼豚タイプと、柔らかく煮込んだ煮豚タイプ。
日本の多くのラーメン屋ではこのいずれか、あるいはそれらの中間点のどこかくらいの塩梅で調理したモノをチャーシューと称して提供している場合がほとんどではないでしょうか。
「煮豚タイプも本格的に煮込む前の段階で軽く焼いてたりしますし、それを指して『焼き』の要件を満たしていると言い張れないこともなさそうですが、やはり現代では『チャーシュー』という言葉の意味合いそのものが変化している。あるいは新しい意味合いが生じていると考えるのが妥当なのではないかと愚考する次第でして」
「お店によっては鶏チャーシューなんていうのも出してますもんね。焼いてもなければ豚でもないのにチャーシューって、改めて考えてみるとちょっと面白いですね」
総合的に考えると、現代日本における『チャーシュー』の意味合いは元来の料理名を指すのみならず、『ラーメンの上に乗っているお肉』くらいに広がっているのではないでしょうか。
人によってはそうした変容を言葉の乱れと捉えて必ずしも肯定的に受け取らないかもしれませんが、まあ、そこまでこだわる人は全体からすれば恐らくは相当の少数派。今後ともそうした状況が覆ることはなさそうです。
「ふむ、そこから更に考えを進めてみましょうか。例えば……『畑のお肉』こと大豆から作った豆腐がチャーシューとして通用するかどうか、とか」
「お豆腐の乗ったラーメン……あんまり見ないですけど、クセのない食材ですしラーメンスープとも合うかもしれませんねぇ。ただ、それを称してチャーシューと言えるかというと違和感が勝るような……」
「ならば切り口を変えてみますが、豆腐料理の中には豆腐ステーキなどもありますよね? ステーキと言えば普通はお肉なわけですが、純植物性の大豆製品でもステーキと認められる前例はあるわけでして。ステーキはOKなのにチャーシューはNGとする理由に説明を付けるのはなかなかの難問ですよ」
「むむむ、そう言われると意外と反論に詰まりますね。ステーキ路線から考えるとお豆腐以外にも大根ステーキとか、最近だとエノキ茸や白菜のステーキなんかもあるみたいですし。もし豆腐チャーシューがアリなら、そういうのをラーメンに乗せたらチャーシューカテゴリになるのかな?」
「ほほう、ステーキ界隈にも似たような波が押し寄せていましたか。ならばステーキの定義も今や『何かの食材を焼いたモノ』くらいになっているのかもしれませんな」
「それはちょっと大雑把すぎません? わたしが見たレシピだとそれなりの大きさがありましたし、プラスある程度の大きさという条件が求められるような」
「しかし、そうなると今度はサイコロステーキという例外枠が出てきますからね。極論を持ち出して反論の根拠とするのは必ずしも褒められた姿勢ではありませんが」
考えれば考えるほどワケが分からなくなってきます。
とはいえ、これはあくまでこの場限りの雑談でしかありませんし、彼女達が出した答え如何で今後の料理名の定義が左右されたりは全くしないのですが。
「こういうのは言った者勝ちみたいな面もありますし、もしかしたら今後は煮たり焼いたりした野菜やキノコをチャーシューと称するお店も出てくるかもしれませんな。いえ、我々が知らないだけで、もしかしたら既にどこかにあるのかも?」
「かもしれませんね。うちは洋食だからジャンル違いですけど、ラーメン業界の進歩というか多様化というか、あの勢いはホント大したものですから。そういう貪欲に新しい風を取り入れていく姿勢は別ジャンル志望の身ながら見習っていきたいものです……というあたりでオチを付けるのはどうでしょう? そろそろ休憩も長引いてきましたし」
「ええ、まあ、なんとなくフワッと良いことを言っている風な雰囲気があってよろしいのではないでしょうか。こちらとしてもリサさまの成績を犠牲にしてまで強硬的にヒマ潰しを強行する凶行に出る気までは流石にありませんし」
「それはお気遣いどうも。おかげで良い気分転換になりました」
果たして、オチが付いたのか付いていないのか。話していた本人達にも不明瞭なまま、なんとなく良いことを言った風な雰囲気で本日の雑談は〆られました。
こっちはあと一話くらい更新して、それからアカデミアのほうに戻ります。
そろそろ最終章が始まる迷宮アカデミアをよろしく。