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迷宮レストラン  作者: 悠戯
勇者と魔王と元魔王編
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閑話・常連さん【とある冒険者ご一行様】


 とある地方のとある場所に迷宮がある。

 その迷宮の奥には奇妙な料理店があり、この世のモノとは思えないほどに美味い料理が出てくるらしい。


 そんな噂が冒険者達の間で流れ始めたのが少し前のこと。

 当初はただの与太話として扱われ、本気で受け取る者は殆どいませんでした。

 しかし、実際にそこに行き料理を食べたと言う者が一人、また一人と増えるにつれて、いつしかおかしな噂は誰もが知る真実へ。近頃では他の国や地方から、わざわざその店目当てに遠征に来る物好きまでいるほどです。


 その店の料理の味の虜になった者は数知れず。

 中には常連と呼べるほどに通いつめている者も少なくありません。




 ◆◆◆




 鬱蒼とした森の中に剣戟の音と獣声が響いていました。

 数人の武装した冒険者が、恐るべき魔狼の群れと戦っているのです。


 魔狼は通常の狼の倍以上の体躯と鉄板をも引き裂く爪牙、高い知能を併せ持つ厄介な魔物ですが、冒険者達の隙の無い立ち回りによって群れの数は当初の六割にまで削られていました。



「ダン、ボス狼が右から回りこんで来るっ! カバーに入るから十秒保たせてくれ!」


「応よっ、二十秒でも三十秒でも任せとけ!」



 パーティのリーダー格で軽戦士のアランが遊撃と全体への指示を行い、巨大な盾を構えた重戦士のダンが魔狼の攻撃を要所要所で的確に潰しています。守勢に徹しているため有効打を与えられない状況が続いていましたが、それは最初から計算のうち。



「詠唱完了よ! 二人とも合図したら伏せなさい! 三、二、一……今っ!」



 樹上に身を潜めて攻撃の準備をしていた魔法使いのエリザが攻撃魔術を発動させると、彼女の手元に生まれた光球から轟音と共に光線(レーザー)が奔り、生き残りの魔狼達の頭部を一匹残らず射抜きました。

 いかに魔狼が強靭な生命力を持っていようとも、脳が欠損すれば当然生きてはいられません。こうしてアラン達一行は、強力な魔狼の群れに勝利を収めました。



「みんな、お疲れ様です~。今ので狼は全部みたいですよ~」



 エリザと共に樹上に身を潜め、強化魔法で前衛二人の筋力や反射神経を強化しながら、器用にも生命力探知の術で周囲の索敵を並行して行っていたメイが仲間達に声をかけました。

 どうやら伏兵の心配は無用の様子。目の前の敵が全滅しても油断なく残心を続けていたアラン達は、その声を聞いてようやく人心地つくのでありました。



 彼らは普段迷宮の攻略をメインに活動している冒険者なのですが、今回は冒険者ギルドからの依頼を受けて、人里近くに降りてきた魔狼退治を引き受けていました。

 最近の彼らはその若さゆえか成長めざましく、こうして誰一人大きな怪我を負うこともなく見事に依頼を達成できたというわけです。これも彼ら自身のたゆまぬ努力と才覚、あとはまあ美味しい食事のおかげでしょうか。



「さて、無事に依頼は達成したわけだけど、このまま街に戻る?」



 戦闘の後、地面に腰を下ろして休憩しながら、アランが仲間達に問いかけます。

 怪我をしなかったとはいえ装備のメンテナンスや食料の補充、なにより報酬の受け取りのために街に戻るというのは、特におかしな提案ではないように思えましたが……。



「はっはっは、バカ言うなって、アラン。その前に『迷宮』だ。どうせ此処からなら街よりそっちの方が近いだろ?」


「そうね、もう二週間も行けてなかったし」


「わたしも異議なしです~」



 だが、アランの提案はあっさり却下。

 提案者であるアラン青年自身も、半ばその返答を予期していたようです。

 一応言っておくと、彼らは戦闘が大好きな戦闘狂(ウォーモンガー)でもなければ、迷宮の宝に目が眩んだ金の亡者というわけでもない……いいえ、ある意味では迷宮の『お宝』にこの上なく魅せられているとも言えるかもしれませんが。


 迷宮の宝。

 すなわち、あの奇妙でヘンテコなレストランに。


 彼ら四人はあのレストランの一番最初の客であり、そして恐らくあの店のお客の中でも一、二を争う……否、二、三を争う頻度で通う常連でもあります。

 ちなみにダントツ一番の常連は、彼らの大先輩にあたる甘党のベテラン冒険者。彼らがいつ行っても大抵いるので、もう店に住んでいるんじゃないかという気すらするほどです。


 元々はごく普通の洞窟型の迷宮だったのが、いつしか入口の脇に最下層直通の転移魔法陣が設置され、いつの間にか魔物や罠が残らず撤去され、気付かぬ間に洞窟の上に塔が建っていて、むき出しの地面が一面の大理石の床に変わっていて、受付と受付嬢が配置され、売店で土産物を売っていて、宿泊や入浴の為の施設が完備されていたことには彼らも疑問を覚えないわけでもないのですが、途中で驚き疲れたのもあってか最近では多少の変化はスルー気味です。


 そんな些細なことよりも美味い食事のほうが大事だとばかりに、いつものように魔法陣で最下層に向かって店内へ。すっかり顔馴染みとなった給仕の少女に軽く挨拶をしてから席に着き、冷たい氷水で喉を湿らせながらメニューを選びます。


 毎度のことながら、こうして料理を選ぶ時間というのはなんとも楽しくも悩ましい。いっそ牛のように胃袋が四つあればもっと沢山食べられるのに……なんて思うこともありますが、残念ながら人間の胃は一人一つと相場が決まっているのです。


 お気に入りの料理を選ぶか?

 あえて頼んだことのないメニューを新規開拓してみるか?


 この店のメニューの数は多種多様。

 肉に魚に野菜に穀物。

 煮物、焼き物、蒸し物、ナマ物。

 デザートやドリンクまで合わせると常時百種類以上はあるでしょう。


 その上に店主の気紛れで突然メニューが増えたり減ったりするので、まったく油断ができないのです。特に、たまにある『季節限定』や『数量限定』系を見逃した日には取り返しが付きません。

 メニュー表のページを一枚一枚、目を皿のようにして見逃しがないように凝視。彼らの集中力たるや、命懸けの戦闘時に勝るとも劣らないでしょう。


 やがて各々が自分の食べたい料理を選び注文。

 料理が出来上がるまでの間は仲間内で談笑したり、物珍しい調度品を眺めたり、それから店内の他の客をこっそり観察したり。この店では時間潰しのネタには事欠きません。


 立地が特殊なためか客の半分以上は彼らと同業の冒険者ですが、近頃では食い意地の張った民間人がわざわざ護衛を雇って来ることもあるようです。中には見るからにワケありっぽい者もいて、そういう連中の素性を想像するのも意外に楽しいものなのです。


 例えば、隣のテーブル席に座っている黒髪の少女は一体どういう人間なのだろう、とか。 少女と同席している数名の男女は、身のこなしや装備の質からすると恐らく冒険者ではなく正規の訓練を受けた騎士。それもかなりの錬度のようです。


 騎士である彼らが少女の護衛だということから推理すると、少女は恐らくどこかの貴族の娘。食道楽のお嬢様がこの店の噂をどこかで聞きつけて、わざわざ遠出して来たのだろうか……などと想像したりするわけです。



 この想像が合っているかどうかは分からないし、答え合わせをする気もありません。しょせんは料理が来るまでの時間潰し。わざわざ確認することもない……というか、本当に貴族だったら相手をするのが面倒くさい。


 そんなことをヒソヒソと話しているうちに料理が出来上がったようです。最早、彼らは先程の会話の内容などすっかり忘れ、先を争うかのように料理を口に運ぶのでありました。



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