修行の成果⑥
――中略。
◆◆◆
絵にも描けない、言語を絶するほどの盛り上がりを見せた武術試合の本戦もいよいよ大詰め。厳しい予選を勝ち抜いた選手達による争いは熾烈を極め、試合場には最後の二人を残すのみとなりました。
「殿下、その若さでこれほどの高みに至るとは末恐ろしい。しかし、負けを知らぬ剣とは脆いもの。此度の敗北を糧に更に強くおなりなさい」
「くっ!?」
シモンを追い詰めるのは、国内最強との呼び声も高い近衛騎士団に属する騎士。前年の優勝者であり、それ以前にも三度の優勝と幾度もの上位入賞を経験している優勝候補です。
本戦に残った選手達の中には、今のシモンを上回るパワーやスピードを備えた実力者も何人か混ざっていました。とはいえ、何らかの能力で劣っていても総合力においてはその限りではない。
実際、怪力の持ち主にはスピーディーなフットワークで翻弄するように、俊敏さが自慢の選手には強引な力勝負に持ち込むなど、相手の持ち味を打ち消すような戦法によって、シモンはここまでなんとか勝ち残ってこられました。
「……強いな。これほどの使い手が近衛にいたとは驚きだ。父上もさぞや頼もしかろう」
「お褒めに与り恐縮至極。殿下こそ、思った以上に粘りなさる」
ですが、最後に残った騎士はパワーにおいてもスピードにおいても、剣のテクニックに関しても、その全てで現在のシモンを上回る強敵。一つ一つの能力差はそう大きなものではありませんが、これでは相手の持ち味を殺してこちらの強みを押し付けるような攻めは使えません。
今はなんとか防戦に徹していますが、ロクな勝算もないまま無理な攻めに転じたところで、かえって状況が悪化するのは目に見えています。かといって、このままではジリ貧に陥るばかり。シモンの応援をしている見物の少女達も、先程からの劣勢続きに悲鳴を上げてばかりです。
「やむを得ぬ。ここは賭けに出るか」
シモンに勝ち目があるとすれば、相手が予想だにしていない方向からの一手。
成功の保証など一切ない、一か八かの賭けにはなりますが、このまま何もせず状況が好転するとも思えません。そう判断してからの動きは実に早いものでした。
「練習でも成功したことはなかったが……はぁぁ!」
シモンは素早く飛び退いて広く間合いを取ると、とある魔法を発動させるために残り少ない魔力を急速に練り上げていっています。
「む、魔力の流れが変わった? まだ引き出しが残っていたとは本当に末恐ろしい。しかし、どうやら未完成の技と見ました。それだけ時間をかけては、避けるなり防ぐなり備えろと相手に伝えているも同然」
並の相手なら魔力の高まりから魔法による攻撃を警戒、動揺を誘えたかもしれません。しかし、残念ながら相手の騎士は並の使い手ではないわけで。いくら残り魔力の大半を注ぎ込んだ攻撃魔法と言えど、当たらなければどうということはないと冷静に判断。
火でも氷でも風でも石礫でも、落ち着いて飛んできたものを避ける、もし避け切れずとも肉体の強度を魔力で底上げして耐える。そういった覚悟を瞬時のうちに決めていました。
「喰らえ!」
ですが、しかし。
残念ながら、シモンが放った魔法はそういう種類のものではありません。
ついでに言えば、練習ですら成功したことのない技が、この土壇場で都合よく成功することなどなく練習通りに失敗しました。なんとも運の良いことに。
「ぐぉっ! やっぱり駄目か!」
「ぐっ……な、これは!?」
その時、試合場で奇妙なことが起きました。
これまで高度な剣術の応酬を続けていた二人が、何もないところで見事に転んで倒れたのです。正確には、転んだように見えたのです。
「お、重いっ……これは重力を!?」
「ふはは、どうだ! 俺はどうも魔法の狙いを付けるのが苦手でな。悪いが一緒に潰れてもらおう」
シモンが発動させたのは、肉体にかかる重力を何倍にもする種類の魔法。
正面からの攻撃には備えていても、まさか上から不可視の力が襲い来るなどとは想定の外。本来であれば狙った敵だけをペシャンコにするような強力な攻撃魔法なのですが、本人も言っている通りシモンはそうしたコントロールが苦手。自分諸共に相手を巻き添えにする自爆技としてしか使えないのです。
「しまった、剣が!」
勝負を決したのは心構えの差。
高重力に押し潰されているのは同じでも、自ら仕掛けたが故に事前に耐える気構えがあったシモンと違い、相手の騎士にとっては正面ならぬ真上からの予期せぬ攻撃。そのせいで不運にも木剣を取り落としてしまっていました。
気付けば高重力の魔法は既に解除されています。
正確には解除ではなく維持できなくなったというところ。
魔力の消費が大きい魔法ゆえ、元より長時間保つことができないのです。
「どうにか運がこちらを向いてくれたようだ。次があれば今度は実力で勝たせてもらうぞ」
相手が剣を拾って反撃に転じるより前に、シモンの一撃が相手を直撃。
最後は一か八かの賭けに出て、運よく拾ったものではありますが、それでも一応勝ちは勝ち。手に汗握って応援していた国王や見学の者達も、ぱちぱちと拍手をしながらシモンの名を叫んでいます。
こうしてシモン王子は史上最年少での特例参加に加え、大会史上最年少での優勝を勝ち取ったのでありました。
こうして初参加の時はギリギリ辛勝。
翌年の同大会では危なげなく快勝。
更にその次の年は更なる圧勝と、どんどんと腕を上げるシモンによる連勝記録がしばらく続き、それが途切れるまでには初出場の年から数えて六年ほども要したりもしたのですが……まあ、それは別の場所で語られた話。今ここで勝利に水を差すこともないでしょう。
◆◆◆
そして半月ほど後。
見事に優勝したシモンが帰省を終えて迷宮都市に戻った時のことです。
「シモンくん、シモンくん。ちょっといいですか?」
「はて、どうしたアリス?」
「ええ、なんでもライムがシモンくんを相手に修行の成果を見せたいとかで」
「なっ、俺、何かやらかしたか!?」





