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迷宮レストラン  作者: 悠戯
いつか何処かの物語
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修行の成果⑤


「ほっほっほ、見事見事!」


 シモン王子の快勝には、彼を特例で参加させた国王もご満悦。

 滅多にないほどの上機嫌で、拍手を打ち鳴らしておりました。



「クロードがあの子に負けたと聞いた時は、いよいよお主も寄る年波に勝てぬようになったかと思っておったが、まさかここまでとは! 『あの御方』の教えの賜物に違いない。無論、シモン本人の才と努力もあろうがな」


「ええ、陛下。若のために色々な工夫を考えて頂いているようですな。この老体にあとどれだけ稽古のお相手が務まることやら」



 国王の横に控えているのは、シモンの師匠の一人であるクロード氏。

 口ぶりこそ自信なさげですが、その技量は老境に入ってなお冴える一方。それでも最近の稽古ではシモン相手に黒星を重ねることが増えてきましたが、両者の成長速度を比較すればそれも仕方がないというものでしょう。


 もっと若く気力体力が充実した騎士達を何人もまとめて蹴散らしたシモン相手に、一対一で勝敗を競えるという一点だけでもクロードの技量の程が窺えます。

 体力的に連戦は厳しいかもしれませんが、この大会に出てもまだそれなりの上位は狙えるかもしれません。実際、若い頃には彼こそが無敵のチャンピオンとして何年にも渡って君臨していた時代もあったのです。



「結局、お主には一度も土を付けられんかったからな。あれはまだ余が即位する前であったか。いつかリベンジをと思っておったのだが、うっかり国王なんぞになったせいでこの手の試合にも出られんようになってしまったわ」


「万が一を考えれば仕方ありますまい。おかげで勝ち逃げをさせていただきました。まあ、それがなくとも結果は変わらなかったかと存じますが」


「ははっ、抜かしおる。どれ、余が息子に王位を譲った後にまだ身体が利くようであれば、久々に再戦といくか? お主がこのまま何もせず逃げ切りたいのであれば無理にとは言わんがな」


「ふふふ、機会があれば喜んでお相手をさせていただきますとも。もっとも、残念ながら結果は変わらないと思いますが」



 王と臣下という立場にしては、妙に距離感の近いやり取り。

 普段は温厚かつ理知的な紳士然としたクロード氏らしくもない、彼を知る人々が見たら驚きそうな会話ですが、国王がそれで気分を害したような様子はなし。むしろ、普段は立場ゆえに軽々にはできない皮肉の応酬を楽しんでいるようです。会話内容から察するに、この二人はまだ若い頃からの友人同士なのでしょう。



「試合もそうだが、お主らが通っているという迷宮都市の例の料理屋にも行ってみたいし、久々にドワーフ国の温泉に入って酒と肉を味わうのもよい。せっかくだ、その時は若い頃に連んでた他の連中も誘って行くか? どうせ家督を後進に譲ったジジイ揃いでヒマを持て余しておるだろうしな」


「おや、さっきのは本気でしたので? ですが、ええ、その時には喜んでお供させていただきますとも。あと三年もすれば若も成人なさいますし、そうなれば世話役もお役御免でしょう」



 数年後、この時の雑談がきっかけで本当に引退後の国王や高位貴族の元当主らが半ばお忍びで諸国を漫遊して散々にハメを外し、時に悪人相手の大立ち回りを演じて世直しをしたりもするのですが……まあ、それに関しては機会があればいずれ別の場所で語ることもあるでしょう。





 ◆◆◆





 さて、自分の父親と世話役がそんな風に盛り上がっていることなど露知らず、見事に予選を勝ち抜いたシモン少年は本戦に向けての腹ごしらえをしていました。訓練場の隅に腰を下ろし、恐らくは本戦で当たるであろうライバル達を観察しながらのランチタイムというわけです。


 予選ではどうにか勝ち抜けたものの、彼が参加した組には前年以前の優勝者は入っておりませんでした。本戦ではそうした第一級の実力者とも否応なく当たるわけですし、予選より遥かに厳しい戦いが予想されます。そのためにも燃料補給は疎かにできません。



「うむ、美味い。魔王の奴が作るのに勝るとも劣らんな」



 そんな彼が食べているのはカツサンド。

 「カツ」と「勝つ」をかけたゲン担ぎというわけです。

 魔界との交流が始まってから広まった新しいレシピや調味料の影響か、シモンが駄目元で王城の料理人に頼んでみたら、当たり前のように希望に応えてくれました。たっぷりと衣に染み込んだとんかつソースの甘酸っぱい味も食欲をそそります。

 もっと幼い頃には辛い物が苦手でしたが、今ではカツにべったり塗られた黄色い練りカラシも美味しく食べられるようになりました。


 豚肉に含まれるビタミンB1やビタミンB12は疲労回復に効果的とされていますし、予選で消耗した体力を回復させるには悪くない選択でしょう。



「おや、こちらは味付けが違うようだな。味噌カツというやつか」



 バスケットに盛られたカツサンドの半分は、ソースではなく甘い味噌味。

 現在はここG国でも魔界の醸造職人から学んだ知識と技術を用いて味噌蔵を作り、年々その生産量を増やしています。砂糖や味醂を加えてありますが、シモンも自国産の味噌の味には覚えがありました。



「うまい、うまい……お、あの者は縮地法を会得しているようだ。要注意だな。間合いの取り方に気を付けねば。うまい、うまい」



 食事を楽しみつつも、その視線は眼前の試合から離れません。

 ライバル達が予選で全ての手の内を晒すとは限りませんが、それでも一人一人の間合いや得意技、動きの癖などを把握しておけば、いざ実際に戦う際に大きな武器となります。


 武器を振るって駆け回るばかりが戦いに非ず。

 こうした情報収集もまた戦いの内。

 食事中においてもシモンに油断はありません。



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