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迷宮レストラン  作者: 悠戯
いつか何処かの物語
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修行の成果④


 油断や気遣いがあったことは否めません。

 だとしても、普段から仕事の一環として厳しい鍛錬を積んでいる者達です。それも総勢何万にもなる国軍の中から、こうした腕を競う大会に出てくるような上澄みばかり。怪我をさせないよう手加減をした上でなお、剣術を少々かじった子供に後れを取るはずがない。


 そんな風に考えていた時期が彼らにもありました。



「もらった!」


「は、速っ!?」


「おいおい、嘘だろ……」



 深く集中すれば見えないほどの剣速ではありません。

 魔力を用いて動体視力や思考速度を強化すれば、ギリギリ目で追うことはできる程度の……それほどの速度の剣撃が、視界や関節の可動域の外側から十重二十重のフェイントを交えつつ飛んでくるのです。


 一度や二度なら避けたり防いだりすることもできるかもしれません。

 真剣ではなく木剣であるならば、あえて喰らった上で耐える手もあるでしょう。

 身体強化の魔法に長けた者であれば、単に筋力を増強して怪力や俊足を得るのみならず、皮膚や筋肉に鉄塊の如き頑強さを宿すことも不可能ではないのです。そんな相手を下手に叩けば木剣のほうが折れてしまうかもしれません。



「む、硬いな。ならば」



 しかし、怪力や頑強さがあるのはシモンも同じ。

 彼は剣から片手を離すと素手による掌底打ちを眼前の相手の顎先に見舞い、脳震盪を引き起こすことで見事に打倒せしめました。



「こういうのはライムのほうが上手いのだがな」



 掌底打ちのみならず、背後から組み付いての裸絞めで頸動脈を圧迫して意識を落とす。あるいは身体強化により発揮した剛力で、自身の倍は体重がありそうな大男を場外まで投げ飛ばし、足の裏で腹を押し込むケンカキックで蹴り飛ばす。時には不意に足の甲を踏んで動きを制し、時には髪の毛を強く引っ張って姿勢を崩す。

 正統派の剣術だけでなくケンカ殺法じみた格闘術まで用いて、他の選手をばったばったと戦闘不能に追い込んでいきました。


 いずれもシモンの師であるリサが様々な文献から、具体的には日本の書店で購入した格闘漫画やヤンキー漫画、ファンタジー色の強いバトル系少年漫画などを参考に、それらに描かれている技の数々を実際できるよう練習したもの。

 彼女にも人に物事を教える師匠としての責任感はあるようで、なんとも妙な方向性ではありますが彼女なりに色々と努力や工夫をしているのです。努力の方向性はさておいて。



「うおぉぉ、どこのどいつが王子にこんなモン仕込みやがった!?」


「やだもうっ、殿下怖い!」



 王侯貴族のお坊ちゃんがお稽古でやるようなお座敷剣術などではない、敵を確実に仕留めるためには手段を選ばない戦場の剣。ルールのある試合かつ木剣だから良いものの、これがもし真剣を用いた戦場であれば見渡す限り死屍累々。

 どんな恐るべき剣鬼が、こんな殺し技の数々を王子様に仕込んでしまったのやら。今まさに眼前の脅威に晒されている騎士達は、どこの誰とも知らぬ彼の師匠に恨めしい念を送るばかりです。





 ◆◆◆





 一方その頃。

 G国の首都から遥か北の迷宮都市にて。



「はくしょんっ」


「あら、リサ? 風邪でも引きました?」


「ううん、風邪って感じじゃないけど。誰か噂でもしてるのかな?」



 まさか自分が「王族の子供に情け容赦のない殺人術を教え込んだ冷血非情なる剣鬼」だとして見知らぬ騎士達に恨まれているなどとは夢にも思わぬ元勇者にして現大学生のリサは、小さくクシャミをしていました。





 ◆◆◆





「きゃーっ、シモン様ーっ」


「素敵、結婚してー!」


 評判の美少年を目当てに来ていた見学の少女達も大興奮。

 速すぎてロクに動きが見えていないはずですが、それでもシモンの間合いに入った相手が急に糸が切れたように地面に転がったり、大きく吹っ飛んで場外負けになっているのを見れば、おおよその戦況を掴むのは素人目にも難しくないのでしょう。



「こうなりゃ手加減とか言ってられんぞ」


「ああ、せめて格好が付くようにせんと」



 呑気な見学者と違って、今まさに打ちのめされようとしている選手達は、いよいよ気が気ではありません。シモン王子が恐るべき天才なのは今や誰の目にも明らかですが、こうして直接目にするでもなければ生半に信じられるものではないでしょう。

 このまま十二歳の子供になすすべなく敗北しては、名を上げて昇給を狙うどころではありません。下手をすれば大会後に各々の所属部隊に戻ってから、「子供に負けたザコ」扱いされても不思議はない。


 ちょっと被害妄想っぽくはありますが、あまりに予想外の事態への混乱と、今まさに眼前で暴れ回っている王子殿下の姿が、彼らの思考力を歪めさせているのでしょう。



「王子、悪く思わんで下さい!」


「我々にも面子ってモンがあるんですっ」



 試合場に残っているのはシモン含めて八人。

 そのうちの七人が結託し、なんとシモン一人を囲むや否や一斉に打ちかかってきたのです。多勢に無勢。これは流石に「詰み」かと思い、見学の少女達も思わず悲鳴を上げていましたが……。



「なんの!」



 しかし、なんとシモンは強化した脚力で高さ十メートル近くも大跳躍。

 軽々と包囲の輪を飛び越えると、急に相手を見失い混乱したまま密集する騎士達に対し、両手を大きく広げたまま力いっぱい体当たり。



「うおっ、押すな!?」


「お前こそ……うわぁ!?」



 予想外の方向からゴリラめいた剛力で押し込まれては、踏ん張ってバランスを保つこともできません。騎士達は次々と足をもつれさせて転倒。ある者はそのまま場外まで押し出され、もしくは立ち上がった端から掌底打ちで意識を奪われ……そして。



「しまった! 残り五人の時点で勝ち残りのはずが、うっかり俺以外の全員を倒してしまったぞ。これは誰か四人の目が覚めるのを待つべきか、それとも再試合にでもなるのだろうか?」



 何やらズレた心配をしていましたが、ともあれシモンは見事予選を通過することができたのです。



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― 新着の感想 ―
成る程、此なら多少はレギュレーション違反してもよいですね。 戦車持ち出す武道でも〉金剛級の主砲と同程度の列車砲モドキの自走砲を〉戦車と言い張る役人居ましたからね。
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