修行の成果③
「……なんか、多くない?」
武術試合の会場たる近衛騎士団の訓練場に、正確には訓練場の様子を眺めることのできる付近の建物の上階や屋上には、早くも多くの見物人が押し寄せていました。
いえ、見学希望の部外者が来ること自体は問題ないのです。
あくまで軍内部の内輪のお祭りみたいなものではありますが、格闘試合の観戦などを趣味とする者が見に来るのは毎度のこと。特に珍しいことではありません。
しかし、今年の見学者の数は明らかに例年の数倍。
それも見るからに場違い感のある貴族のご令嬢から友達同士の仲良しグループか何かと思しき平民の少女達まで、年若い女性の姿がかなり多く見受けられます。
もちろん世の中には武術観戦を趣味とする女性もいますし、試合の邪魔や妨害をしない限りはどこの誰が見に来ようが問題はないのですが、前年までとの客層の違いを考えると参加選手達が戸惑うのは無理のないことでしょう。
「いったい何だって……あ、なるほど」
とはいえ、彼女達の会話に耳を傾けてみれば不思議なことは何もありません。
「シモンさま、頑張ってくださーい!」
「殿下、どうかご武運をっ」
彼女達は、近頃美少年として評判のシモン目当てで来たのでしょう。
今更ながら理由に気付いた参加選手達が当の王子様を改めて見てみると、なるほど、たしかにこれはモテそうだ、と。大いに納得させられたものです。あと数年もして美少年から美青年へと順当に成長を遂げれば、今よりもっと人気が伸びるに違いありません。
「困ったな。俺、上手く手加減できないかも」
「俺も……」
「いいなぁ、殿下! 美形に生まれて羨ましいっ」
謎が解けると同時に一部モテない男達がついつい殺気のこもった目を敬愛すべき王子殿下に向けてしまったりもしましたが、当の本人はどこ吹く風。試合前で緊張しているためか、せっかくの応援の声もほとんど耳に入っていないようです。
「第一の組に名前を呼ばれた者は前に出るように!」
例年と少しばかり事情の違いはありますが、ここまで来れば正々堂々戦うだけ。審判を務める近衛騎士に名を呼ばれたシモンおよび他選手達が訓練場の中央に出てきて、そして……。
「はじめぃ!」
いよいよ試合が始まりました。
◆◆◆
この武術試合の形式は、参加希望者の数や顔ぶれによって毎回微妙にルールや進行の形式が異なりますが、今年はシンプルかつオーソドックスな方法。二十人から三十人くらいの組をいくつか作り、その組の上位五名が残るまでバトルロイヤル形式でひたすらブン殴り合う。
そうして予選を終えた後の本戦では、先の試合の勝利者同士で同じように自分以外全員が敵の状況で争い、そして最後まで立っていた一名が優勝。そんな平和的かつ合理的なルールが採用されていました。
「ほう、一時的に共闘を選択するのも手というわけか」
最終的には敵同士になるとはいえ、途中まで協力し合うのは立派な戦術。今大会には国内の様々な軍団から出場者が集まっているわけですから、元々同じ所属の者同士で組むようにすれば連携にも不安はないでしょう。
「だがまあ、まずは一人でやるだけやってみるか」
シモンが頼めば一時的な共闘に応じてくれる選手もいるかもしれませんが、それでは修行の成果を試すという目的には適いません。勝ち残りを目指す上では非合理的かもしれませんが、シモンはまず独力だけでどこまで戦えるか試してみることにしました。
「シモン様、一手お付き合い願います」
「殿下、お相手仕る!」
幸い、今は右を見ても左を見ても敵ばかり。わざわざ探しに行くまでもなく、数人の騎士がシモン目がけて突進してきました。
「うむ、いざ尋常に……はて?」
この試合の参加者はいずれも腕に覚えのある強者ばかり。多少の遠慮や手加減はあるにせよ、彼らの踏み込みや剣を振る速度には実際なかなかのものがあったのですが……シモンは妙な違和感を覚えました。
もしや、自分が王子だからと気遣って加減しているのだろうか?
そういう意識もまったくないわけではないでしょう。
それが彼らの太刀筋を本来の実力より幾らか鈍らせていたことは否定できません。ですが、そうした点を差し引いたとしても、彼らの剣はシモンからすると余りにも……。
「遅い、隙あり!」
まさに瞬きの間。
大勢の見物人にも、あまりに動きが速過ぎて何が起きたか分からなかったに違いありません。分かったのはシモン本人と、それから疾風の如き反撃をその身に受けて倒れた騎士達ばかり。
「リ……師匠やアリスは流石に比べる相手が悪かろうが、ライムやクロードと比べてもこれほどに違うものか?」
騎士達も決して弱くはないにせよ、普段の稽古で相手をしている面々の打ち込みとは比べ物にもなりません。若干十二歳、特例参加のシモン王子の驚くべき快進撃が始まりました。





