修行の成果②
試合当日。
いよいよこの日を迎えたシモン王子は、本日の試合会場となる近衛騎士団の訓練場を訪れました。なにしろ彼にとっては王城こそが自宅なわけですから、自分の家の中を移動しただけ。少なくとも遅刻の心配だけはなかったのは幸いでした。
自室で柔軟体操や準備運動をして寝起きの身体を十分に温めてから来たのですが、まだ試合開始までにはそれなりの時間がある様子。
「はて、参加受付は……」
「これはこれはシモン殿下、おはようございます。陛下よりお話は伺っております。参加登録でよろしいでしょうか?」
国王命令による特例参加の旨は、きちんと通達されていたようです。本来であれば成人前の少年が参加するには過激すぎる催しですが、そういう事情なら試合の仕切りをする近衛騎士達も従うほかありません。
「うむ、頼む。武器は木剣や木槍を使うという話だったな。普段の稽古で振っているのを持ってきたが、これで問題ないだろうか?」
「失礼、少々検めさせていただきます……はい、普通の木剣ですね。問題ありません」
「普通の? 普通でない木剣があるのか?」
「ええ、それというのも実はですね……」
まだ受付登録がそれほど忙しくないヒマな時間だからというのもあるのでしょうが、シモンに尋ねられた騎士は「普通ではない木剣」について親切に教えてくれました。
この武術試合がいつから始まったのかは定かでありませんが、少なくとも今から百年以上前にはG国の軍隊内で年末の恒例行事として定着していたようです。
名目上は純粋に日頃の鍛錬の成果を健全に披露し合う場として開催されてはいましたが、大会で好成績を残した者は元々の所属部隊においても自然と注目を集めることになりますし、そうなれば給金や人事面の査定においても有利に働くように。そうなってくると手段を選ばず何が何でも勝とうという者が出てくるのも、決して不思議なことではないでしょう。
もちろん多くの人目がある場での催しですから、あからさまな反則行為は論外ですが、どうにかルールの範囲内でより有利を得ようと色々な工夫をするわけです。
まるで丸太のように長く重く太い棒を木剣だと言い張って振り回したり、木槍に弱毒性の痺れ薬を塗っておいたり、一見すると普通の木剣なのに実は細工がしてあって中に鉛の芯が入っていたり等々。
勝利のための創意工夫と言えば聞こえは良いものの、肝心の剣技の研鑽を疎かにしてそういう小細工にばかり熱心になっては本末転倒。そういう真っ当な意見が時の国王陛下から、シモンの曽祖父から出てきて、それ以来こうして受付時に武器が「普通」であるか否かを見極める決まりになったとか。
「なるほど、色々考えるものだ」
「ええ、まったくです。おっと、殿下。どうやら他の参加者達が集まってきたようですので……」
「ああ、そなたは本来の職務に戻るがよい、興味深い話を聞かせてくれた礼を言うぞ」
お喋りに興じていたおかげで、ほどよく時間潰しができたようです。
シモンは受付の騎士に礼を言うと、邪魔にならぬようその場を離れました。
◆◆◆
さて、そこから時間は少し進んで試合開始も間近となった頃。
「ああ、その、なんだ。お前達も分かっているとは思うが……」
「ええ、大丈夫ですって。もし途中でカチ合ったらなるべく怪我させずに優しく負かしてやれ……ですよね?」
「うむ、分かってるならいい」
受付を済ませた出場選手達が、会場のそこかしこで似たような話をコソコソとしていました。話題はもちろん特例参加となった某王子殿下についてです。
昇進や昇給がかかっているだけに、これがもし「わざと負けてやれ」的な不正の指示であれば反発を感じる者も少なくなかったでしょうが、「なるべく怪我をさせるな」程度なら十分に許容範囲内。
なにしろ出場するのは国に仕える公務員ばかり。王様お気に入りの愛息子を、その国王陛下の眼前で必要以上に叩きのめそうとは思いません。シモンは二十人もいる兄弟姉妹の末っ子で、現国王が老境に入ってから生まれた一番下の息子を溺愛しているのは城中ではとても有名な話なのです。
木剣でガンガン叩き合う荒っぽい大会なだけに打ち身やアザ程度はさせてしまうかもしれませんが、そのくらいなら国王の覚えが悪くなる心配も……あまりないのではないでしょうか。
「まあ確率的にいっても、殿下とヤリ合う可能性ってのはそこまで多いわけじゃないし、一応気にかけておく程度でいいでしょ。そっちに気を取られて他の連中に負けたら元も子もないし」
「ああ、違いない」
この催しでの活躍次第で昇給や昇進にも影響が出るのです。
お子様のお守りばかりに気がいって不覚を取るわけにはいかない。
彼らの言い分も、この時点で彼らが知り得る情報から判断する限りにおいては、あながち愚かとも言い切れないものではあったのでしょう。
「おっ、お客さんも入ってきたみたいっすね」
「こういう武術試合とか観るの好きな奴って意外と多いんだな。出場しない武官に文官連中に、家族とか友達を連れて来てるっぽいのもいるな」
「それから、あっちの席はお貴族様か。参加する俺らが言うのもなんだけど、家族連れで来て面白いもんなんかねぇ……ん?」
基本的には軍の内輪のイベントではありますが、見学者についてはその限りではありません。国内各地に散らばる各軍団から生え抜きの精鋭が集まっただけあって、この武術試合のレベルの高さは相当なもの。
格闘技や剣術試合の観戦を趣味とする者が、城勤めの友人や親類の伝手を頼って城内の訓練場まで足を運ぶのは例年においても珍しいことではありません。
整備されたスタジアムというわけではないので、基本は立ち見。貴族であっても簡素な椅子に座るだけというお粗末な観戦環境ですが、元より外部の見学希望者の数など高が知れています。
どうせ好きこのんで来るような連中は試合さえ盛り上がれば文句は言いませんし、これまでは特に観戦席の不備や不足が問題となるようなこともなかったのですが……。
「……なんか、多くない?」
もうすぐ最終章の『迷宮アカデミア』もよろしくお願いします。