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迷宮レストラン  作者: 悠戯
いつか何処かの物語
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修行の成果①


 ある年の年の暮れ。

 もう少し具体的には、シモン王子が十二歳の時の年末。


 彼が留学先の迷宮都市から時折帰郷するのはいつものことですが、今回は少しばかり事情が違っていました。普段なら久々の我が家でリラックスしているはずが、シモンは傍目にも明らかな緊張の面持ちを浮かべていました。



「下手な試合をしては俺ばかりか師匠リサの恥。いやまあ、リサはそういうの全然気にしなさそうではあるが、せめて無様は晒さぬようにせねば」



 シモン少年の緊張の原因は、もう間もなく始まる武術試合。

 本来はG国の国防を担う軍人達の間で行われる内輪のイベントなのですが、今回は特別にまだ成人も就職もしていないシモンが参加することになったのです。


 彼がかの勇者リサに密かに師事していることは、当然ながら父親であるこの国の王様も知っています。かれこれ数年も教わって、果たしてどれほどモノになったのか。そうした興味関心と愛息子の活躍を見てみたいという親心とが合わさって今回の特例参加が決定したわけです。



「あら、シモンはこれから剣のお稽古かしら? これからお茶会に誘おうと思っていたのだけど。お友達もみんな貴方に会いたがっているのよね」


「申し訳ありません、姉上。今は例の試合のために寸暇を惜しんで研鑽を積んでおきたいもので。ご友人方には試合後に改めて機会を頂ければとお伝えください」



 なので、久しぶりの帰郷と言えど気の休まる暇はありません。

 家族や友人知人からの諸々の誘いも、どうしても断れない一部を除いて丁重に辞退。ちょっとの空き時間を見つけては、一心不乱に王宮の庭で訓練用の木剣を振っておりました。



 余談ですが、現在十二歳のシモン少年は大変な美少年へと成長していました。

 背丈はすでにヒト種の成人男性の平均を越えていながらも、顔立ちには少年らしいあどけなさを残し、なおかつ日々の鍛錬でほどよく筋肉が付いておりひ弱そうな印象は皆無。

 それでいて見た目のみならず高度な教養を備え、老若男女や身分の高低を問わず誰にでも優しく礼節を持って対応する。それはまあ人気が出るのも当然でしょう。特に首都近郊に住まう未婚女性達からの人気は大変なものです。


 貴族令嬢の中には王族参加のお茶会やパーティーに潜り込んでシモンと顔を合わせる機会を作り、あわよくば将来的な交際や婚約といった方向に持って行こうと目論む少女達が一人二人ならずいるのですが……まあ、残念ながら今回の帰郷では先述のような事情で空振り続き。少なくとも軍の武術試合が終わるまでは、彼との接点を設けるのは難しいでしょう。



「ふぅ……稽古に熱を入れ過ぎて本番に疲れを残しては本末転倒。今日はこのくらいにしておくか。それにしても、果たして今の俺がどの程度やれるものか?」



 シモンがこれほどの不安を抱いているのは試合経験の不足ゆえ。世間一般の剣士と比較して、現在の自分がどのあたりの立ち位置にいるのかさっぱり分からないのです。

 なにしろ、彼の普段の稽古相手といえば主に師匠である勇者リサ。

 それからたまに一緒に修行をした時などに先代魔王であるアリスや、その弟子であるライムとも。あとは幼い頃からの世話係であるクロード翁くらいのものでしょうか。


 その中のクロードにだけは最近ようやく安定して勝てるようになってきましたが、相手はすっかり髪の白くなった老人です。年齢による衰えを加味すると、いくら若い時分には国内で無双の剣豪と恐れられた人物とはいえ、たとえ勝っても自慢になるようなものではない……と、シモン本人は謙虚に考えていました。


 若く才気に溢れた現役の騎士や兵士を相手に、まだ子供の自分がどこまで食い下がれるのか。そう思えば不安を抱くのも無理のないこと。今はただただ出来る最善を尽くすほかないでしょう。



 そして、その「最善」とは必ずしも身体を動かすことだけを意味しません。



 訓練を終えたシモンは、汗を拭いて清潔な服に着替えてから城内のある場所に向かいました。ほどなくして辿り着いたのは、城内で提供される料理を作り上げる大厨房。ですが、人目に付きやすい表口ではなく……。



「牛乳と、それから黄な粉……ええと、煎り大豆を挽いて粉にしたモノだな。ある? うむ、ならばそれらを混ぜたのを頼む。それから茹で卵もいくつか貰えるだろうか。ああ、いや、行儀は悪いがこのままここで齧っていくから皿や匙は不要だ。ははは、父上には内緒で頼むぞ?」



 厨房の裏口からこっそり顔を出して顔馴染みの見習い達に頼み、たんぱく質豊富な特製プロテインドリンクと、ついでに同じく筋肉の成長に効果的なゆで卵をいくつか確保。お行儀が悪いのは承知の上で、受け取ったその場でそのままゴクゴク&殻を剥いてモリモリとお腹に入れてしまいました。


 親兄弟にでも見られたら叱られてしまいそうな無作法ですが、ちょっと運動後の栄養補給をするためだけに、いちいちテーブルマナーだの何だのと気にしていてはまどろっこしくて仕方ありません。

 礼儀作法の重要性はシモンも知っていますが、だからといってゴールデンタイム(運動直後からなるべく早くに栄養を摂取することで、諸々の成分の吸収効率や筋肉の成長効率を上げられるという考え方。時間に関しては三十分以内や一時間以内など諸説あり)は待っていてくれないのです。


 いくら厳しく鍛えても適切な栄養や休息を取らねば片手落ち。少なくともこのあたりに関しては、勇者流のトレーニング術を習得したシモンに抜かりはありません。



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