会議の為の準備と【???】
勇者や魔王が毎日呑気に遊んでいる間にも、人間界と魔界の今後の関係を決める会議の予定日は段々と近付いてきています。
ですが、何しろ別世界間での会議など史上初。前例やマニュアルなどあるはずもなく、当然その準備は一筋縄ではいきません。関係者一同、大変な苦労を強いられておりました。
……主に、人間界の側で。
【準備する人々】
準備が難航する理由は色々ありますが、たとえば魔界側は魔王というただ一人の統治者が治めているのに対し、人間界には大国から小国まで数多くの国家が存在しており、ただ一人の絶対的な統治者というものが存在しない点が挙げられます。
今回の会議は人間界全ての将来に関わるものであるのに、ここで下手にどこかの国の野心的な王様あたりが出しゃばって、勝手に人間代表を名乗ろうものなら当然他の国は黙っていません。下手をすれば人間同士での戦争になりかねないでしょう。
かといって、公平を期すために世界中すべての国家の統治者を呼び集めるというのも現実味に欠けます。この世界には魔法が存在するので、通信や交通の速度は地球でいう中世期の水準よりは幾分速いのですが、それでも精々が近世レベル。蒸気機関の発明により鉄道や大型船舶が普及した近代とは、比較にもならない程度でしかありません。
それに仮に交通の問題が解決できたとしても、国家のトップが長期間に渡って留守にするわけにもいきません。国家間の大規模な会議は、下手をすれば数ヶ月に及ぶことすらあるのです。
……等々と問題を挙げていけばキリがありません。
が、それらの問題に適度に折り合いをつけたり、妥協したり、目を瞑ったり見て見ぬフリをした結果、どこの国の誰が会議に参加するのかという基本中の基本の部分だけは何とか決めることができました。
しかし、決めることは当然まだまだ山のようにあります。
参加者や関係者のスケジュール調整、予算の捻出、他国との意見の交換、その他諸々。各国の官僚諸氏はこの会議の前段階、会議のための会議や交渉で毎日のように神経を擦り減らし、しばらく胃薬を手放せない日々が続くことになるのでした。
【???】
ここは勇者を召喚した国の王都にある大神殿。
その神殿内にいくつかある聖堂の一つで、勇者を召喚した当人である国王が「誰か」と話をしていました。なんとも不思議なことに、この国の最高権力者であるはずの彼が、己より遥か格上の相手に対するかのように跪いて目を伏せています。
相手の許しがない限り、声を発することは愚か、姿を見ることすら決して許されざる不敬であると言わんばかり。それほどまでに従順な態度を取っていました。
「……以上が、会議の概要になります。私も数日後には国を発ち、現地に向かう予定です」
彼は目の前の「誰か」に対し、粛々と報告を続けます。
現時点で判明していること、国内外との協議の末に決まったことを一通り。それが一段落したところで、それまで黙って報告を聞いていた相手がようやく言葉を口にしました。
「貴女様、御自らが会議の場に出向かれると!? いえ、異存などあろうはずがございませぬ。取り急ぎ準備を進めます。すべては御身の御心のままに……我が神よ」
そう言うと国王はその場から速やかに退出。
聖堂には最初から誰もいなかったかのような静寂が満ちました。
王が「神」と呼ぶ人物が後に魔王や勇者と邂逅した時に、果たして何が起こるのか。それはまだ誰にも分かりません。
【魔界側の準備】
人間達が真面目に会議の為に奔走したり、なにやらシリアス風味な会話をしている間に、魔王達も頑張って会議の準備を進めていました。なにしろ彼らは多くのゲストを出迎えるホスト側。準備すべきことは、それこそ山のようにあるのです。
「やっぱり魔王っぽく入場の時にスモークを焚いたり、荘厳な感じの入場BGMを流したりしたほうが『らしい』と思うんだけど、どうかな?」
と、会議をプロレスか何かと間違えてるフシのある魔王とか。
「魔王様は体格的にやや細めなので、衣装を工夫してボリュームを出してみましょう。見た目でナメられたらいけませんからね。トゲ付きの肩パッドとかどうでしょう?」
と、魔王だった頃の血が騒ぐのか、元ヤンみたいな発想の助言をする元魔王とか。
「肩パッドですか! 知ってます、モヒカンの人が火炎放射器とか持って世紀末でヒャッハーするんですよね。お父さんの持ってる漫画でそういうの読みました!」
と、最早どこを目指しているのか分からない勇者とか。
一応補足しておくと、この三バカとは別口で真っ当な準備も進んでいます。
書類や資料などの作成、必要な資材の発注、会議の参加者のための宿泊場所の整備など、そういった実務的なことは魔王城に勤めている常識的で優秀な職員達がちゃんとやっているので、トップがこんな具合でも結構何とかなってしまうのでした。
単に面倒臭そうな仕事を部下に丸投げしているだけにも見えますが、そもそも普段から魔王が趣味にかまけて遊んでばかりいるのを見ても分かる通り、魔王軍はトップ不在でも回るような組織体制になっているので特に問題はないのです。
書類仕事が苦手でケアレスミスが多めの魔王が足を引っ張らない分、むしろ遊んでいてくれたほうが仕事の進みがスムーズなくらいでしょう。
それに普段より多少仕事が増えたといっても、魔王軍はキッチリ残業代も出るし代休や有給も自由に使えるホワイト組織。職員の不平不満もありません。
仕事が押して休日が潰れたら、その分は他の日に休む。
実に健全で当然で真っ当で常識的な考え方です。
まあ、そんなこんなで魔界側の準備は特にこれといったトラブルもなく、順調に進んでいくのでありました。





