納涼の会
とても暑い夏の日の午後。
迷宮都市にいくつもある公園に大勢の子供達が集まっていました。
「はい、お待ちどうさま! シロップとトッピングはそっちの台に並んでるのを好きにかけてね」
「うん、ありがとう姉ちゃん!」
「どういたしまして。じゃあ次の人どうぞー!」
公園内には氷を薄く削るシャリシャリという響きや、どんな味を食べようかと相談する声、受け取ったかき氷を食べる感想など様々な音が混然となっています。
「いやぁ、リサちゃんが手伝ってくれて助かったよ。今朝になって急にかき氷機が壊れちゃって。せっかくの夏休みなのに悪いね」
「私達が魔界にいた時から五十年くらい使ってましたからね、アレ。むしろ、よく今まで持ってくれましたよ」
「あはは、お安い御用ですよ……っと、アリス追加の氷お願い!」
かき氷を提供しているのは魔王、アリス、リサの三人組。
暑い夏に子供達に涼んでもらおうと、かき氷やジュースを無料で提供する納涼イベントを以前から企画していたのです。普段は本人含めて忘れがちですが、魔王はこの都市の最高責任者。この手のイベント事を企画したり持ち込まれた企画を承認・運営するのも仕事のうちなのです。興味がない分野に関しては、優秀な部下にほぼ丸投げしているため偉そうなことは言えませんが。
それはともかく今回は興味があるほうのイベントだったため、こうして最高責任者が自ら出てきたというわけです。機材のチェック不足のせいで当日になって使用する予定だったかき氷機の故障が発覚するというトラブルもありましたが、ちょうど何も知らないリサが遊びに来たおかげで無事解決。
どんな風にでも変形できる、もちろんかき氷機としても使える聖剣さまさま。どんなに硬い氷をガリガリ削っても刃こぼれの心配は要りません。
ちなみにリサは正体バレ防止のために長い黒髪をポニーテールにした上で、目の部分に穴を開けた紙袋を頭に被っています。見るからに不審者丸出しの恰好ですが、背に腹は代えられません。彼女としても言いたいことは色々あるのですが、後で魔王に相応の埋め合わせを要求するという約束で条件を飲みました。
「ぐぁっ、頭痛ぇ~」
「急いで食べるからだって。ゆっくり味わって食べなよ」
「だって、全部タダだぜ? たくさん食べないと損じゃん!」
各々の家庭の事情などもあって、普段お小遣いをほとんど貰えない子もいるのでしょう。普通にお店で食べるとそれなりにイイお値段のする氷菓がタダとあってか、一度食べただけでは満足せず何度も列に並んでお代わりを繰り返す子も少なくありません。
「ライムよ、お前舌が緑色になっておるぞ?」
「ん?」
「メロン味か、そっちはまだ試していなかったな。一口貰えるか」
「ん」
かき氷のシロップは果物の果汁を煮詰めて食用色素で色を付けたモノが中心。この手のシロップは色が違うだけで全部同じ味というパターンもありますが、今回のイベントで提供しているのは全部ちゃんと別々の味がしています。
フルーツ系のフレーバー以外にも、濃いめに入れた抹茶やコーヒーに砂糖を加えて甘くしたお茶系、練乳やジャム、通向けに余計なモノが一切入っていない砂糖水なども。トッピング用のカットフルーツや白玉や茹で小豆なども用意してあり、子供達がセルフサービスで自由に取れるようにしてあります。
複数のシロップをミックスしてみたり、相性の良いトッピングの組み合わせを探してみたり、そしてその研究成果を教えあったり。普段は付き合いのない子供グループ同士でも、そういった交流がぽつぽつと発生しつつあるようです。
「ふぅ、ふぅ……そろそろ終わりが見えてきました?」
「そうみたいだね。もう夕方近くだし」
リサは聖剣改め聖かき氷機でいったい何百人分のかき氷を作ったでしょうか。
もしかしたら千人前の大台を越えていたかもしれません。
子供達の笑顔には癒されますが、それはそれ。魔力で強化した腕はかき氷機のハンドルを回し続けてもほとんど疲労を感じていませんが、肉体はともかく精神面の疲労はかなりのものになっています。
とはいえ、いつの間にやら夕日が落ちかけている時間帯。子供達は家路に就く頃合いでしょう。何度となくお代わりを繰り返していた強者も、一人また一人と公園を去っていきました。
反応を見る限り今回のイベントは成功と言ってよいでしょう。
直接的に金銭面の利益が発生するわけではないですが、同じ釜の飯ならぬ同じ氷菓を食べることで子供達の周りとの距離感が縮まれば万々歳。上手くすれば今日の出来事をきっかけに友人の輪が広がることもあるかもしれません。
まだ都市として成立してから日が浅く、他の国や地方からの移住者ばかりが暮らす迷宮都市では、こうして住民同士の垣根を低くする工夫が色々と必要なのです。今日の一件で終わらせずに、今後も大小様々な催しを考えていたりもします。
「大変でしたけど、こういうお仕事もたまには悪くないですね」
「うんうん、リサちゃんならそう言ってくれると思ったよ」
最後の子供が帰って、ようやくリサも暑苦しい紙袋を取ることができました。
少しだけ涼しくなった夕方の風が汗ばんだ肌に心地よく感じられます。
「それはそれとして、魔王さん。埋め合わせはちゃんとしてもらいますからね? デート、アリスも一緒に三人でどこか行って終わりじゃダメですからね。二人だけで、ですよ?」
「あはは、お手柔らかに……」
最終的にリサも納得するだけの労働報酬を魔王に確約させてめでたしめでたし。
今日のイベントは誰にとっても良い形で終えることができたようです。





