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迷宮レストラン  作者: 悠戯
いつか何処かの物語

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ウナギを食べたい!


「おや、なんだか良い匂いが?」


 ある夏の日の夕方頃。

 散歩を兼ねたおつかいで普段歩かない道を進んでいたアリスは、どこからともなく甘く香ばしい匂いが漂ってくるのに気が付きました。


 魔王の店が忙しくなってくる夕飯時までは、まだ少しあります。

 ちょっとだけ寄り道をしていこうかと、形の整った鼻をくんくん鳴らしながら匂いの強い方向へと角をいくつか曲がっていくと、ほどなくして匂いの発生源へと辿り着きました。



「なるほど、ウナギでしたか」



 匂いの発生源は、どうやら最近出来たばかりと思しき真新しい店構えのウナギ屋。夏場の火仕事ということで厨房はかなりの高温になっているのでしょう。風を通すため開けっ放しにしてある窓からは、事情を知らなければ小火ぼやと見紛うような量の煙が、食欲をそそる匂いと一緒にモクモク流れ出ていました。


 周りを見ればアリスと同じように匂いに釣られたのであろう通行人が、ふらふらと集まってきています。日本には古くから「ウナギ屋は煙を食わせる」なんて言い回しがありますが、彼女達はまさに煙という餌に引き寄せられて釣られた魚というわけです。


 アリスが店の外で様子を伺っている間にも、一人また一人と店の入口へとふらふら吸い込まれていきました。冷蔵の魔法道具でキンキンに冷やされたビールをお供に、蒲焼きや白焼きを楽しんでいるのがよく見えます。



「ごくっ」



 唾を飲む音がアリス自身のものだったのか、それとも周囲の誰かのものだったのか、最早本人にも定かではありません。



「あ、あの、すいません、蒲焼きを持ち帰りで二人前……」



 かくして見事煙に釣られたアリスは、少しだけ増えた荷物を手に足早に魔王の待つ店へと帰るのでした。





 ◆◆◆





 ――――というのが、つい数日前の話。



「……ということがあったんですよ」


「いいなぁ! 羨ましい! わたしもウナギ食べたい!」



 アリスから話を聞いたリサは、いつもの穏やかな雰囲気もどこへやら。全力で悔しがり、なおかつ羨ましがっていました。



「最後に食べたのいつだったかな? 確か去年のお盆に親戚で集まった時だったような……」


「魔王さまもウナギは普段あまりやりませんからね」



 件のウナギ屋も元は魔王が広めたレシピを元に料理をしていたのでしょうが、その大元たる魔王本人はそれほど頻繁にウナギ料理を作るというわけではありません。

 もちろん彼もウナギは大好きなのですが、様々なジャンルの料理やお菓子を無節操に提供しているこの店だと、先日のウナギ屋では集客のためプラスに働いていた匂いや煙が他の料理の味わいを邪魔してしまう恐れがあるのです。



「あとは単純に手間と難度の問題もあるのかな? 串打ち三年、裂き八年、焼きは一生……とか言ったような。わたしもウナギは捌いたことないし」



 繊細な火加減を見て何度も引っくり返しながら焼くのは、それだけで相当の手間と技術を要するのは想像に難くありません。ウナギだけを扱う専門店でもなければ、なかなか難しい面が多いのでしょう。



「結局、お店に行くか出前を取るかしないと駄目かぁ。」


「まあ、そうですね。でも、さっき言ったお店は随分評判が良いみたいで、昨日もちょっと様子を見に行ったら行列待ちが結構な長さになってまして……リサは行列とか人混みはちょっとマズいですよね?」


「そうなんだよねぇ……」



 日本で食べるとなるとウナギは高級料理。

 高校生のお財布では少し、いえかなり厳しいものがあります。


 こちらの世界でなら相対的にリーズナブルなお値段で食べられますが、元勇者であるリサが迂闊にウナギ屋の行列に並んでいて、万が一にも顔を知っている人間に出くわしたら大変な騒動になってしまうのは確実。店の迷惑になりたくはありませんし、それを抜きにしても真夏の炎天下に長く並ぶのは勘弁願いたいところです。



 結局は諦めるしかないのだろうか。

 しかし、そう思いかけたところで思わぬ朗報が飛び込んできました。



「とほほ~、もうウナギはこりごりですよ~……」


「いらっしゃい、メイさん。なんというか、ユニークな挨拶ですね?」



 個性的な挨拶と共に入店してきたのは常連の一人であるメイ。

 いつも一緒にいる冒険者仲間とは別行動のようです。



「二人とも、聞いてくださいよ~。さっきまで依頼で魔物退治に行ってたんですけど……それが、こ~んなに大きなウナギでして」



 メイ曰く、迷宮都市から徒歩で半日ほどの村からの依頼で周辺の川に住み着いた魔物を退治しに行ったそうなのですが、その魔物の正体がなんと巨木と見紛うような巨大ウナギ。積極的に人を襲うことはないものの、周囲の魚や川海老などを根こそぎにする勢いで食い荒らしているのだとか。


 体表が粘液に覆われているせいで武器が滑ってなかなか深手を与えられず、水棲の魔物に有効なはずの電撃の魔法もまるで効果なし。巨体ゆえ単純な体当たりや尾を振り回すだけで巨岩を粉砕するほどの威力がある上に、ダメージを受けると深い川底に潜って手出しできなくなってしまう。


 結局、今や迷宮都市でも手練れと評判のメイ達四人でも倒すことができず、すごすごと逃げ帰ってくる格好になってしまったというわけです。幸いメイは無事でしたが、残りの三人は大量の粘液が付着してベトベトになった装備のメンテナンスに今日はかかりきりでしょう。

 討伐を成功させるには、今回の経験を元に相性の良い魔法使いを連れていくか魔法の道具を用意する必要があるものと思われます。



 と、そんな話を聞き終えたところで。



「なるほど、事情は分かりました!」



 リサが勢いよく椅子から立ち上がりました。



「元ではありますが、勇者として困っている人を見過ごすことはできません。その魔物、不肖このわたしが退治してきましょう!」


「ええと、リサ……ウナギが食べたいだけですよね?」


「うん」



 アリスの問いにリサは正直に答えました。

 お店で食べるのが難しいのなら、食材を自分で調達して自分で調理すればいいのです。もちろん長年修行した本職の職人のようにはいかないでしょうが、この際技術の不足は量でカバーする方向で。


 なにしろ相手は天然モノの巨大ウナギ。

 話に聞いたサイズから換算すると鰻丼何百杯分になることやら。

 


「じゃあ、パパッと仕留めてくるね!」



 リサはそう言い残すと、アリスやメイが止める間もなく魔王の店から勢いよく飛び出していきました。










「あっ、リサさんに言うの忘れてました~」


「忘れたって、何をです?」


「そのウナギの魔物なんですけど、すっごく強い電気を出してビリビリって痺れさせてくるんですよ。リサさん、大丈夫ですかね~?」


「電気ですか? まあリサなら大丈夫でしょうけど……メイさん、それってもしかしてウナギはウナギでも――――」



 巨大ウナギの正体は巨大デンキウナギ。

 見た目も名前もウナギと似てはいるものの、実際にはまったく別の魚です。

 胴体の大部分を発電のための器官が占めており、毒こそ無いものの食用には不向き。無理に食べようとしてもブヨブヨした脂肪状の部分ばかりで、決して美味しいものではないでしょう。


 ウナギ違いを悟ってとぼとぼとした足取りで帰ってくるであろうリサをどう慰めるべきか、アリスは今のうちから考えておくことにしました。



◆迷宮アカデミアの14章が終わったので、次章までの間にこちらを何話か更新していきます。

◆ウナギの完全養殖に成功して2030年頃を目途に商業流通が始まる予定だとか。天然ウナギは絶滅が危惧されていたりもしますが、そういった問題や値段を気にすることなく安くて美味しいウナギを楽しめるようになって欲しいものですね。

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