弁当ランキング③
「いや、違うんですよ」
弁当大会は特に大きなトラブルもなく大盛況のうちに幕を閉じました。
上位に入賞した料理人の店は明日から大繁盛間違いなし。
順位こそ揮いませんでしたが、『野菜や炭水化物ゼロ! 漢の肉だけ弁当』や『クリームとフルーツどっさりケーキ弁当』など個性的なアイデアで注目を集めた選手も多々いました。
弁当としてどうなのかはさておいて、いずれも選手にとっては良い宣伝になり、観客にとっては明日以降の楽しみが増えたわけです。早くも第二回大会の開催や弁当以外のジャンルでの催しを希望する声が多数届いており、今回の運営主体であった冒険者ギルドも前向きに検討しているところです。
「いやいや、そういうアレじゃなくてですね」
と、大会自体は平穏無事に終わりました。
観客や運営サイドにも何か問題があったという認識はないはずです。
「だって、ほら、ついつい料理人の血が騒いじゃったというかですね。そういうの魔王さんも無いですか? それとこれとは別? ……はい、おっしゃる通りで」
しかし、あの会場には特大の爆弾が紛れ込んでいたのです。
大会後に魔王の店に引っ張られていき、今こうして苦しい言い訳を続けているエントリー番号135番の匿名希望選手。いえ、正体を知る者しかいない今ならばはっきりリサと言ってしまっても大丈夫でしょうが。
「だって、わたしも参加してみたかったんですもん!」
「だからといって私達にも黙って出場することはないでしょう! もし、あの場で正体がバレたらどうするつもりだったんですか!」
「うっ……正論が胸に刺さる……」
大会に興味を持ったリサは、魔王やアリスにすら内緒でエントリーして大観衆の前で料理をしていたのです。一応、仮面やローブで正体を隠す工夫はしていたものの、一歩間違えれば勇者が降臨したとして大パニックが発生。大会がぶち壊しになるどころか、群衆が転倒して大事故に繋がる恐れすらあったのです。
「いやぁ、俺は全然気付かなかったぜ。魔王の兄ちゃん達はよく分かったもんだな」
「実際、途中までは騙されてましたよ。力を抑えるだけならともかく、わざわざ別人の気配を真似るなんて小細工までしてましたし」
「あ、それわたしも気になるかも。どうやって気付いたの?」
「どうやっても何も、普通にリサの包丁使ってましたし」
「あ~……」
常連でリサの正体を知っているガルド氏ですら気付かない偽装ぶりでしたが、調理器具にまで偽装を施すのは失念していたようです。いつもの癖で聖剣を出して調理器具として扱ったりはしないよう注意していましたが、代わりに持ち込んだ愛用の包丁が普段とまるで同じなら身近な人間が気付いてもおかしくありません。
「まあまあ、結果的にバレなかったわけだし別に……」
「……リサ?」
「はい、ごめんなさい。わたしは大変反省しております」
あらかじめ相談してくれればフォローに回ることもできますが、黙って何かやったのではいざという時に助けることもできません。そういった内容のお説教がたっぷり一時間ほどアリスからリサに対して行われ、ようやくそれにも一段落つきました。
「やあ、お疲れ様。じゃあ、そろそろ晩ご飯にしようか。リサちゃんのお弁当と、あとはスープと漬物で良かったかな?」
夕食の支度という体で恐怖の説教空間から逃げていた魔王が、計ったようなタイミングで(実際に計っていたのでしょうが)、厨房から戻ってきました。
今夜のメインはリサが会場で作ったお弁当。
余った分の大半は抽選に当たった観客のお腹に収まっていましたが、こっそり自分達用を別に確保しておいたのです。
「では、改めまして。わたしの作ったカレーピラフ弁当です。ご賞味ください」
会場内でも怪しげな格好をした人物が怪しげな粉を鍋に入れているあたりで注目を集めていましたが、リサが作ったのは手製のスパイスミックスを使ったカレーライス……ではなく、カレーピラフ弁当。
ルーが通常のカレーと一緒では持ち運びに難儀しますが、硬めに炊いたカレーピラフであればこぼれる心配はありません。カレーの風味が食欲を刺激するので疲れていても食べやすく、細かくカットした野菜やベーコン、添え物の茹でブロッコリーやプチトマトで栄養価も十分。大会でも九位という好成績を収めていました。
「九位……九位なんですよねぇ。いえ、本職の方々の中でというのを考えると決して悪くない順位のはずなんですけど……九位かぁ」
リサも実家の店で一定の仕事をしているとはいえ、相手はほとんどがプロの料理人ばかり。百人以上が参加した大会で、半分学生の身でありながら十位以内というのは十分に誇れる成績のはずですが、リサの口ぶりからは不満の色が見え隠れしています。
「まあ参加そのものの是非についてはともかく、味はちゃんと美味しいと思いますよコレ。それだけ大会のレベルが高かったということじゃないですか」
黙って参加したことはさておき、味についてはアリスも太鼓判を押す出来です。冷めた状態で食べることを考慮して油脂類の量を控えめにしてあるのですが、スパイスの強い風味で物足りなさなどは感じません。
スパイスも辛味付けではなく香りが強い種類をメインにしてあるので、甘口カレーが食べられる人なら誰でも美味しく食べられることでしょう。事情が事情なので匿名希望選手として出場したリサは他の選手のような宣伝を辞退していましたが、もし迷宮都市のどこかで販売されるとなったら大会の影響も込みでなかなか繁盛するのではないでしょうか。
「おう、俺らは審査で食ったが相変わらず旨いな。ま、点数はあんまり高くしてやるわけにいかなかったけどよ」
「え、ガルドさん? それはどういう?」
「うん? ああ、大会は終わったんだし言ってもいいか」
ちなみにリサの得点が最後の最後で伸び悩んだ原因は、ガルドの採点によるものでした。ですが、味そのものについては彼も太鼓判を押す出来。いくら甘党の彼でも「クリームやアンコが入ってないからダメ」みたいな偏った審査基準で採点をしていたわけでもありません。
「匂いだよ、匂い。ほれ、冷えてても美味そうな匂いがプンプンするだろ?」
「ええと……それは良いことなのでは?」
「いや、そうとも限らなくてな。特に俺らみたいな仕事をするモンには」
料理から食欲をそそる美味しそうな匂いがする。
基本的にはそれは好ましい状態でしょう。しかし、ガルドのような冒険者にとっては必ずしも嬉しいばかりではないのです。
「山とか森の中に入って魔物だの動物だのを追っかけたり、逆にそいつらから逃げたりする時もだな。こんな匂いの強いモンを持ち歩いてたらそこに人間がいるって一発でバレちまうだろ?」
「あ、なるほど」
これにはリサも頷くしかありません。
今大会の審査員には様々な業界の著名人が集まっていましたが、リサを含む選手の大半や観客達はそれを単なる話題作りのためとしか考えていませんでした。料理人として更なる高みを目指すなら、その各人の仕事や生活環境にまで想像力を働かせる必要があったというわけです。
「奥が深いなぁ、料理」
料理以外の分野にも通じることですが、物事を決めつけて考えることを止めたらそこで成長は止まってしまいます。リサは果て無き料理道へと思いを馳せるのでありました。





