弁当ランキング②
そしてあっという間に訪れた弁当大会当日。会場である迷宮都市最大の運動競技場には数万もの観客が詰めかけていました。
「ヒャァッ、もう待ちきれねぇぜー!」
「俺ぁ三日も前から徹夜で場所取りしてたんだ!」
「こいつは女房を質に入れてでも見逃すわけにはいかねぇぜ!」
まだ何も始まっていないのに観客のボルテージは最高潮です。
当の参加選手や運営側ですら「正直そこまで盛り上がるほどかなぁ?」という疑問はありましたが、まあ閑古鳥が鳴いているよりは良いはずです。多分。
競技場の内外では食べ物や飲み物、土産物を売る露店や売り子の姿がそこかしこに見られ、いずれも繁盛している様子。そこかしこで酔っ払いによるどんちゃん騒ぎが始まっていますが、あまりにも度を越した場合は警備担当としての臨時依頼を受けた冒険者達が穏便につまみ出してくれるはず。今回は彼らにとっても良い小遣い稼ぎの場となっているようです。
幸い大きなトラブルもなく観客の入場は概ね完了。
いよいよ、大会開始の時間となりました。
『すぅー……地上最強の弁当が見たいかァァッッッ!』
司会、進行、実況、解説などを務めるのは腕利きの音魔法使い。
その名の通り「音」に関するスペシャリストで、大観衆が詰めかけた会場内でも声を届けることができますし、場合によっては選手が普通の声量で話している会話を拡大したりも可能。そういう用途以外でも索敵や探索に便利な魔法なので、冒険者や軍人には結構使い手が多い魔法だったりします。
『全選手入場ッッ!』
今回の催しは弁当の出来不出来を競う大会。
必然的に参加選手は料理人ばかりのはずですが、少しでも目立って注目度を上げようとしているのか派手な仮装をしていたり、異常に筋肉量の多い半裸のマッチョだったり、仮面と真っ黒いローブで正体を隠したりしている者が大半。普通の格好をした選手もいることはいますが、完全に存在感を食われてしまっています。
ハッキリ言って色物ばかり。
ですが、あくまで競うのは弁当なわけで。
「オデ……ゼンイン、タオス……!」
『おーっと、エントリー番号55番のギガゴリラ選手! 大きい身体に似合わぬ繊細な手付きでリンゴをウサギさん型に切っていくぞー!』
勝負の内容自体は実に平和的。
食材はあらかじめ会場内に用意された物を使ってもいいですし、独自に持ち込んだ物を使うのも可。会場の一部には市場の一画をそのまま持ってきたかのように新鮮な食材が山のように並んでおり、それだけでも大抵の料理を作ることはできるでしょう。
「ふふふ、この粉を鍋に入れれば……!」
『135番、仮面に全身黒ローブの匿名希望選手が怪しげな粉を鍋に入れた! この匂いは……カレーだぁ! しかし弁当にカレーというチョイスは持ち運びとか大丈夫なのかー!? あと匿名希望では店の宣伝にならないが大丈夫なのかー?』
食材の自由度の高さに対し、弁当箱についてはあらかじめ運営側が用意した何種類かの中から選択するようになっています。フルコースが丸ごと収まりそうな巨大な箱を用意してきて「これはあくまで弁当である」というような屁理屈が通らないようにするための対策ですが、縛られた条件内でも各選手は思い思いに創意工夫を凝らしているようです。
冷めても美味しく食べられるように味付けを変えたり、弁当箱に温石を仕込んで温かい状態が長持ちするようにしたり。逆を張って、容器ごと氷と冷水でキンキンに冷やした冷菜弁当なども見られます。
「皆、力が入ってるなぁ。出来たてを食べられないのは残念だけど……うん、8点かな?」
「まったくだ。ルールを決める段階でもうちょい噛んでおくべきだったかもな……お、こいつはイケるな10点だ」
審査員席では魔王や他の審査員が次々と出来上がった弁当の試食をしています。本来なら出来たて熱々を食べたいところですが、今大会の主旨を考慮してあえてしばらく置いてから食べるという変則方式。
もっとも選手の側も最初からそれを前提とした味作りをしているので色物めいた見た目に対して味のレベルは全体的に非常に高い。十人いる審査員が最大10点まで入れて、その合計点で獲得点数が決まるシステムなのですが、未だ100点は出ていないものの80点台はいくつも出ています。採点項目は味や香りはもちろん、彩りや栄養バランス、保存性など様々な要素が問われます。審査員によっても重視する項目に多少の差はありますし、なかなか百点満点とはいかないのでしょうが。
「それにしても、まさか審査員席に知り合いがいるとは思いませんでしたよ。ガルドさん」
「おお、俺もそこそこ名は売れてるほうだからな」
審査員は迷宮都市の各界で有名な著名人ばかり。
魔王と直接の面識があるのは冒険者ガルド氏だけでしたが、他にも名前くらいは聞いたことのある気がする学者や大商人や女優など、特に分野の偏りなく著名な人々が集まっています。
「ちょっとずつしか食べられないのが残念ですね」
「だな。俺もよく食うほうだけど、流石にあの白い姉ちゃんみたいにはいかねぇからなぁ」
なにしろ出場選手が三ケタ単位でいるので、一つの弁当を食べるのは運営側のスタッフが小皿に取り分けたほんの一口か二口。それでも大会が終わる頃にはお腹がはち切れそうなほど満腹になっていることでしょう。
もちろん食べなかった分も捨てるわけではなく、取り分けた残りは希望する観客の中から抽選で配られます。こちらの評価は審査に影響しませんが、大会の盛り上がりに一役買っているようです。
ちなみに食材についても余った分は廃棄するのではなく、大会終了後に有志の料理人が残って観客に料理を振る舞うことになっています。こちらなら魔王も審査以外の出番があるかもしれません。
『終了ォォォ! 只今をもって全審査が終了しました! 集計作業の後、結果を発表いたします!』