半殺しor皆殺し
毎度おなじみ魔王の店。
今日もいつものようにのんびり平和的な一日になるかと思いきや……。
「ここはやっぱり半殺しでいいんじゃないかな?」
「いえ、魔王さま。ここは思い切って皆殺しにすべきかと」
いつになく剣呑な言葉が聞こえてきました。
しかも、その声の主は魔王とアリス。
半殺しだの皆殺しだの、なんとも物騒な印象です。
「やはり徹底的に皆殺しにしなければ得られないものがあると思うんです。なので、ここは思い切って一思いにやってしまうのが最善かと」
「でも、やっぱり、やりすぎは良くないんじゃないかな。ここは一つ半殺しで様子を見る方向でいったほうが良くない?」
魔王と元魔王。
その気になれば今すぐにでも世界を破壊し得る者同士。
これだけの力量を持つ二人がそんな言葉を口にしていたら、事情を知らない人は何か世界を揺るがす大事が起ころうとしているのかと勘違いしてしまうかもしれません。
「まあ、単なるおはぎ作りの相談なのですが」
「コスモス? 虚空に向けてお喋りするのはほどほどにしたほうが良いですよ」
が、真相はコスモスが言った通りのおはぎ作り。
もち米の粒をある程度残して潰すのが半殺し。
もち米の粒が残らないよう徹底的に潰すのが皆殺し。
後者については全殺しや本殺しなどと呼ぶこともあるようです。
お米のツブツブ感が残った半殺しか、よりお餅らしい一体感がある皆殺しか。そのどちらがベストかについては、恐らく永久に明確な答えが出ない難問でしょう。
「それじゃあ、今回は間を取って半殺しと皆殺しを半々にしようか」
「ええ、構いませんよ。それでは半分ずつということで」
方針が決まってからの作業は素早く進みました。
すりこぎでまず全体を半殺しにし、そこから半分を分けて念入りに皆殺しに。
味付けの種類は、粒あん、こしあん、きな粉、枝豆を潰したずんだあん。小豆あんの二種類の幾つかには、イチゴ大福をイメージして小粒のイチゴを入れています。見た目では他のものと見分けがつかない、当たったら嬉しいサプライズ。ちょっとした遊び心というわけです。
「これで完成ですな。せっかく和服を手作りしたのだからと、抹茶と和菓子で野点と洒落こもうとアリスさまが思いついたのです。景色のよろしい日本某所の公園で場所取りをしているリサさまも、そろそろ待ちくたびれてきた頃合いでしょう。早く準備を済ませて移動しましょう。ああ、ちなみに敷物やら日除けの和傘やらは例の如く便利な聖剣さまが色や質感までそっくり再現できるそうで」
「ええ、まあ私達は全部知っていますけど。やけに説明臭いセリフですね」
本日の事情はコスモスが今全部言った通り。二段重ねの重箱いっぱいにおはぎを詰め込んで、お茶と景色と一緒に和服で楽しもうという、いつになく風流な趣向です。
「むぅ。むずい」
「あっ、ダメですよ、ライム。着方が分からないからって、そのままで出てきたら」
「では、僭越ながら私が着付けのお手伝いを。こんなこともあろうかと以前日本に行った折に着付けの資格を取得しておいたのです。ちなみに他にも危険物取扱者やタイピング検定、運転免許も普通だけではなく大型と特殊のそれぞれ一種二種まで取っています」
「その凄さはよく分かりませんけど、じゃあコスモスはライムの手伝いをお願いします」
女性陣はそのままアリスの部屋で揃ってお着替え。
ライムだけでなく資料を読んだだけのアリスも慣れない着物の着方には苦戦していましたが、どうやら冗談ではなかったらしいコスモスの技術によって、なんとか着替えることができました。ライムは長い耳を隠すためにツバの広い帽子を被っています。
「コスモスよ、おれも頼む」
「これ、何か違わないかな? 変じゃない?」
同じく魔王の私室を更衣室代わりに悪戦苦闘していたシモン王子も、コスモスの手によって見事な紋付袴に大変身。幼いながらになかなかの色男ぶりです。
魔王は時代劇の武士が着るような裃姿でしたが、まあ帯刀していなければお巡りさんの世話になる心配はないでしょう。どう見ても日本人に見えない他の面々と一緒にいれば、レンタル着物屋で和服を借りてハシャいでいる観光客にでも見えるはずです。
「さ、それでは参りますよ」
風呂敷で包んだ重箱を手にしたコスモスを先頭に、一行はリサの待つ公園へと出かけて行きました。もう桜は終わっていましたが、今はちょうど紫陽花が見頃のようです。今日はこのまま平和にお茶とお菓子を楽しむだけの一日に……。
「ふふふ、さあ時は来ました。存分に半殺しや皆殺しの味に酔いしれると致しましょうか!」
「言い方!?」
前言撤回。
コスモスがいる限り、やっぱりお巡りさんのお世話になってしまうのかもしれません。