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迷宮レストラン  作者: 悠戯
いつか何処かの物語
355/382

料理革命⑦


 まだ最後のデザートを残していますが、ここまでの料理だけでもパーティーは大成功。大人から子供まで、大広間の客達の話題は今日の料理のことで持ちきりです。



「諸君、本日の趣向はどうだったかな? その顔を見る限り、わざわざ聞くまでもなかろうが」


「おおっ、この料理は陛下の仕掛けでしたか!」


「ははは、陛下もお人が悪い」


「なに、余は少々口を出しただけに過ぎぬ。真に称えられるべきは、我が料理人達の才と研鑽であろう」


「然り! 流石は陛下に仕えるほどの者達ですな」



 国王も新たな味と共に貴族達の驚く顔を堪能して上機嫌な様子。

 近頃評価を落としていた城の料理に対する評判も、すっかり回復したと見ていいでしょう。これで目的の一つは達成されたというわけです。



「しかし、今宵の料理は昨今流行している魔界式のそれとは異なるようですな。どこか近しい印象は受けましたが、かの地から入ってきたレシピには書かれていない料理ばかりで」



 美食家で知られる貴族は、魔界から入ってきた新しい料理との差異にも気付いたようです。恐らく屋敷の料理人任せにするだけでなく、手に入ったレシピの全てに目を通しているのでしょう。



「うむ、卿の舌は誤魔化せぬな。近頃、我が騎士団の一部の者達が『勇者の弟子』など呼ばれておるだろう? その者らに手伝いを命じてな、記憶を頼りに勇者様の料理に似せるよう工夫をさせたのだ」


「おお、これが勇者リサ様の料理の味なのですか!」


「なるほど、それならこれほどの美味も頷けるというもの。近頃見かける魔界風とも異なる、言うなれば勇者風というわけか」


「それは素晴らしい! かの御方を召喚した我が国の宮廷料理としては、これ以上ない趣向ですな。今宵来られなかった連中が話を聞いたら、さぞ悔しがりそうです」



 魔界式との差異については、予定通り勇者の威光を利用することで好意的に呑み込ませることができたようです。当のリサ本人が知ったら顔を真っ赤にして転げ回りそうですが……まあ今更でしょう。すでに恥ずかしがるネタが山ほどあるのだから、ここから一つ二つ増えたところで大した違いはありません。誤差のようなものです。


 そんな風に貴族達が盛り上がっていると、大広間の入口にデザート担当のアイリ女史が姿を見せました。なにしろモノがアイスクリームなので、溶けてしまわないよう配膳にかかる時間は最小限に留めなくてはなりません。



「さて、そろそろ締めのデザートの支度が整ったようだ。諸君にも紹介しよう。彼女は勇者様の一の従者として旅に同行していた我が騎士団の一員だったのだが、かの御方よりアイスクリームの作り方について直々に伝授されたそうだ」


「なんとなんと! つまりは勇者様直伝!」


「やったぁ、アイスだって!」



 散々流行っただけあって、アイスクリームという菓子については皆知っているようです。大人達は主に「勇者直伝」のネームバリューに、子供達は純粋にアイスクリームへの期待感でそれぞれ興奮していました。

 味の記憶を頼りになるべく寄せた「勇者風」をも上回る「勇者直伝」。

 昨今の勇者人気を鑑みるに、食べ物の味を左右する見えざる調味料としては、これ以上のものはないでしょう。この調味料が仕上げに加えられたことで、デザートの味わいは何倍何十倍にも高まるはずです。



「和平会談の折、かの地にて余がリサ様より聞いたところによると、彼女のアイスクリーム作りの腕前は師である勇者様に勝りこそすれ劣ることはないほどの域に達しているとかいないとか。余も実際に食すのはこれが初めてゆえ実に楽しみだ」


「は、はいっ、微力を尽くさせていただきました!」



 アイリ女史としてはいくらなんでも話を盛り過ぎだと抗議したいところですが、相手が王様ではそれを口に出すわけにもいきません。

 一応、彼女も結婚した今では貴族夫人という身分なのですが、今回のような王家の祝宴に招待されることなどまずあり得ない下級貴族。普段はかえって気楽で良いと呑気に構えていましたが、今は貴族夫人の身分など余計なプレッシャーの元にしかなりません。

 しかし、それでも旅の間の幾度かの実戦経験と荒っぽい騎士団生活で培った度胸を奮い立たせ、緊張でカチコチになりながらも、どうにか給仕担当の者達に指示を出していきました。



「本日のデザート『三種のアイスクリーム』。種類はそれぞれバニラ、ストロベリー、塩チョコレートでございます。お楽しみいただければ幸いです」



 緊張しながらも、どうにかアイスの紹介を終えることができました。

 役目も終えたことですし、あとは適当なところで引っ込んでホッと一息……とはいきません。というのも国王が盛りに盛った紹介の数々は、あながち全部デタラメというわけでもなかったがゆえ。



「ほう、種類は魔界式のレシピとさして変わらぬようだが……むむ!?」


「塩、チョコレート? チョコってあの甘いお菓子だよね。あれは美味しかったけど、しょっぱくして美味しいのかなぁ……わ!」



 具体的には、アイリ女史のアイス作りの腕前については本当です。

 およそ一年間の大陸各地を巡る旅の間、そしてそこから半年ほどの和平会談が終わるまでの魔王の迷宮での滞在期間中、アイスクリームの魅力に取りつかれた彼女はそれはもう全力で研鑽を積んでいました。

 各地の市場に赴いては現地の産物で新作を作り上げ、森や山に入っては採取した野生の果実やナッツを試し、冷やす温度や空気の含ませ具合についても研究を続けていました。無論、慣れないうちは失敗作も少なからずありましたが、失敗もまた成長の糧。あくまでアイス限定ではありますが、今では「勇者超え」というのも決して間違いではないのです。



「この口どけの滑らかさ、当家のシェフが作った物とは明らかに違う! 柔らかいが溶けているわけではない……お弟子殿、これには何か秘伝の技でも使っているのかね?」


「あ、いえ、秘伝というほどのことでは。風の魔法を扱う騎士団の旧知に頼んで、材料を混ぜる時に空気を多く含ませるようにはしましたが」


「なるほど、空気を。風魔法にそのような応用法があったとは思わなんだ」



 準備期間の余裕がほとんどなかった上に、作らねばならない量が多すぎたがゆえの時短テクでしたが、どうやら上手くいってくれたようです。

 アイリ自身は氷魔法が専門で風魔法については軽くかじった程度。細かな風量の調整などできないので普段は手作業で空気の含ませ方を調整しているのですが、昨夜は元同僚達がすぐ目と鼻の先で楽しそうにタダ飯を喰らっていました。もちろん中には風魔法を得手とする者もいます。


 これはもう、思いっきりこき使ってやらない手はないでしょう。

 空気を含ませる以外にも、アイス作りは力仕事の連続。

 料理長から手伝い要員にと割り当ててもらった若い見習い達もいましたが、腕力に関しては普段から仕事の一環として鍛えている騎士達に軍配が上がるのは自明。訓練で鍛えた成果を発揮させてやる絶好の機会というわけです。


 急な国王命令で駆り出されて来た者同士なのに、かたや終わらぬ作業に追われて必死でアイスの材料を混ぜている自分アイリ。かたや任務だというのに美味そうにタダ飯を喰らっている元同僚達。

 これほどの格差はいくらなんでも看過しがたい。この恨み晴らさでおくべきか……などと言う気持ちは決してなかったのですが、もう辞めたとはいえ気兼ねなく頼み事ができるくらいには気心が知れた者同士。一声かけたら試食の合間に快く協力してくれました。本当です。決して嘘ではありません。女史の名誉のためにもそういうことにしておきましょう。



「ううむ、この薫り高さ。これがバニラの真価というわけか。これぞ究極と言って差し支えあるまい」


「なんのなんの、ストロベリーの甘酸っぱさこそ至高! どうやら煮詰めてジャムにした物、乾燥させて砕いた物、生のまま刻んだ物がそれぞれ混ぜ込んであるようですな。この巧妙な工夫に勝るものなどあるものか」


「いやいや、塩チョコの甘味と塩味と苦味が織りなすハーモニーの妙こそが究極にして至高。いやはや、甘味はあまり得意ではなかったのだが、すっかりハマってしまいそうだ」



 ともあれ、調理過程の苦労に見合うだけの反応は得られているようです。

 誰も彼も我先にと給仕を呼びつけては、好みの種類のお代わりを注文しています。いくら美味しくともこの食べっぷりでは後でお腹を壊してしまいそうですが、子供達だけでなく分別ある大人の貴族まで同じようにガッついていました。



「うむ、美味い。アイリと申したな。これほどの仕事をしたのだ、今宵の褒美として『勇者直伝』に加え『王家御用達』を名乗ることを許す。これからの商いに役立てるがよい。実際こうして振る舞っているのだ、それくらいは構うまい」


「ご、御用達!? ありがとうございます、陛下。光栄至極にございます!」



 昨日から大変な大仕事になってしまいましたが、どうやらアイリ女史の苦労に見合うだけの見返りが得られたようです。商売の世界では『王家御用達』のステータスは誰もが欲しがる垂涎の的。そこに世界で唯一の「勇者直伝」の看板まで加わるわけですから、もう間もなくオープンする予定のアイスクリーム店は早くも成功が約束されたようなものでしょう。



「ほう、お弟子殿はアイスクリームの店を開かれるのですか? であれば、我が家の宴席や茶会に注文したりもできるのですかな?」


「はい! 事前にご予約いただければお届けいたします」


「それは良いことを聞いた。早速、来月に娘の結婚式があってね」


「こちらは息子の任官祝いだ。おっと、塩チョコを多めでお願いするよ」



 まだパーティーの途中だというのに早くも貴族達からの予約が殺到しています。

 気を利かせた侍従から羽ペンとメモ用紙を受け取ったアイリ女史は、注文主の屋敷の場所や予約の日付を次々とメモしていきました。商売繁盛は大変結構なのですが、まだまだ新婚だというのに、この様子だと当分はゆっくりイチャつくヒマはなさそうです。



「ふふ」



 王が大広間の入口に視線をやると、料理長率いる王城の料理人達が遠くからでもハッキリ分かるほどの満面の笑顔で祝宴の様子を眺めていました。どうやら給仕から伝え聞くだけでは我慢できずに直接来てしまったようです。

 とはいえ、それも無理のないこと。

 本日の主賓である王女はもちろん、その友人の令嬢や令息、保護者たる貴族達まで大盛り上がり。これほど誰もが心から楽しんでいる宴など、そう滅多にあることではありません。マナー的には少々マズくとも、この空気に水を差すのは無粋。無礼講として笑って許すのも王の度量というものでしょう。



「伝統と革新か」



 ある意味、国で一番伝統に縛られる立場にあるのが国王。

 時には、その立場に思うことがないわけではありません。

 此度の料理長からの提案は、王にとっても考えさせられるものがありました。


 古きに敬意を払い、しかし縛られることなく。

 新しきを寛容に受け入れ、しかし流されることなく。


 伝統ばかりでは時代に取り残される。

 新しいものに次々目移りしては、後に何も残らない。


 伝統も革新も、どちらか一方だけではダメなのです。

 それらは言うなれば荷車の両輪。

 時にどちらかに偏ることはあれど、両輪揃ってこそ上手く回る。

 それは国も、世界も、料理も同じ。



「これこそが余の王道、余が誇る王道である。次に会った時には胸を張ってそう言いたいものだ。なあ、魔王殿?」



 A国の王は、遥か彼方の地に住まう異界の王に向けて、そう小さく告げました。



これで今回のエピソードはお終い。全部脇役だけで回すという本作の中でも風変りな話になりましたが、楽しんでもらえたなら幸いです。

次回からはいつものメインキャラ中心の話を何話かやって、それからアカデミアの続きに入るいつもの流れで。

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