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迷宮レストラン  作者: 悠戯
いつか何処かの物語
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料理革命⑥


 その日の夕方。

 A国の王城には姫君の誕生日祝いのために貴族達が詰めかけていました。

 談話室のテーブルには彼らが持参した祝いの品が、まるで小山のように積み上げられています。熟練の職人が手掛けた宝飾品、可愛らしい人形や大きなヌイグルミ、流行りの絵物語などなど。

 幼いながらも本日の主賓として招待客への挨拶をする王女でしたが、その視線がついついプレゼントのほうに引き寄せられてしまう様子は、なんとも微笑ましく来場者の笑顔を誘うものでした。



「おや、結局貴公も参られたのですね?」


「うむ、陛下から再度招かれたのだ。来ぬわけにはいくまいよ。泣く子を宥めるのには随分苦労させられたがな」


「ははは、そちらもですか。当家も似たようなものですよ」


「年を食ってからできた子ゆえ、少しばかり甘やかしすぎたのやもしれぬ。正直、その気持ちは分からぬでもないがな。まったく舌が肥えすぎるのも考え物だ」


「まあまあ、宴の食事はほどほどに切り上げて河岸を変える手もありますし」



 大人の貴族達の話題は、多少の差異はあれど概ねこんなところ。

 言葉を濁してこそいますが、誰も彼も王城の代わり映えしない料理にはすっかり飽きが来ているのでしょう。なんとも気が早いことに、城での食事は軽く口を付ける程度でお茶を濁して、そのあと誰かの屋敷や馴染みの店に移って口直しをする算段を立てる者も一人二人ならずいるようです。



「皆、今宵は娘のためによく集まってくれた。どうやら、少々行き違いがあって招待状が届くのが遅れた家もあったようだが……なに、そのような手違いなどよくあること。いちいち心を乱すほどのことでもない。そうであろう?」



 さて、王女が一通りの挨拶を終えると、貴族達は宴の支度が整った大広間へと移りました。そこで今度は国王から招きに応じたことへの感謝の言葉が。どうやら今宵集まった貴族達の多くが一度は招待を断った件については、連絡の不備として水に流すことにしたようです。

 当然それがバレバレの方便であることは誰しも分かっているのですが、これはこれでパーティーを円滑に進めるためには必要なこと。王家の招きを一度は断った件については不問にしてやる。何もなかったことにしてやるからお前達もそういう体で振る舞え、という遠回しなアピールなわけです。



「さて、無粋な挨拶は早々に切り上げるとするか。ささやかながら食事を用意した。今宵は存分に楽しんでいってくれ」



 存分に楽しめと言われても……と、大人の貴族は表情にこそ出しませんが、すっかり食べ飽きた古臭い料理を想像してか内心辟易している者がほとんど。その令嬢や令息に至っては表情を取り繕うこともできず、嫌な顔をしている子らも多くいました。


 しかし、だからこそ改めて招待し直した甲斐があるというものです。



「……な、なんと!」


「こ、これは、この味は!?」



 王城の料理人達は、僅か一日というタイムリミットの中で見事に課題をこなしてみせたようです。彼らに改良を命じた王も、まるでイタズラを成功させた子供のように愉快げに笑っています。



「き、給仕! この肉料理をもう一皿貰えるかね?」


「私には先程のスープを頼む! この味の深さ、これまでとは比べ物にならん……見た目はほとんど変わらんのに中身はまるで別物だ」


「これは流行の魔界式……いや、どこか似たものは感じるが違うような?」



 今宵のパーティーに出す料理は共通するテーマが設けられていました。

 ズバリ、見た目に関してはあえて以前までの料理にそっくり似せること。実際に食べた時の驚きを倍増させるための仕掛けです。


 たとえば焼き過ぎて固そうに見える肉は、おろしタマネギにじっくり漬け込んでおいたため、酵素の作用でタンパク質が分解されジューシーで柔らかに。肉の内側はミディアムレアくらいの火加減ですが、あえて表面だけを瞬間的に強火で炙って香ばしい風味を加味しつつ、焼き過ぎで焦げたように見せかけています。魔界式の牛肉やカツオのたたきのレシピを参考に応用を利かせた形です。


 もちろん工夫は他の更にも及んでいます。

 豚骨と香味野菜を長時間グラグラ煮立てた白濁スープに、ミソで見た目の濁り感を演出したスープ。要は、豚骨スープで仕込んだ豚汁のような感じでしょうか。見た目こそ以前までの伝統的スープと同じく濁っていますが、アクを丁寧に取って余分な雑味は徹底的に除いています。ここに小麦麺を入れたらそのまま味噌豚骨ラーメンとしても出せそうです。


 小骨が面倒な割に味気ないと思われがちな魚は、一度すり身にした魚肉に香草や調味料を混ぜてから成形。蒸し上げて表面を焦がしてから濃い色のソースをかけ、見た目をただの焼き魚のように整えた物。カマボコのような練り物の応用形といったところでしょうか。これは予想外のプリプリ食感と骨を取る面倒のない手軽さで、食器の扱いがまだ不得手な子供に特にウケていました。


 他にも新しい皿が出てくるたびに喝采と賞賛の声が絶えません。

 それらの反応は、給仕を務める使用人達により即座に厨房へ伝えられていました。



「はっはぁ! 澄まし顔した連中が目の色変えてガッついてやがるってか! お望み通り、たーんとお代わりを持ってってやんな!」



 この好評ぶりには料理長や他の面々もゴキゲンです。

 どの料理もかなり余分に仕込んでおいたのですが、もしかすると足りなくなる心配が出てくるかもしれません。味見をした時点で好反応を予想してはいましたが、これほどまでの好評ぶりはハッキリ言って予想以上。

 厨房の一画では万が一の料理の不足に備えて、見習い達が大慌てで野菜の皮むきに追われていましたが、まあ嬉しい悲鳴というやつでしょう。むしろ、悪い反応が一切出てこないことにかえって戸惑いを覚えるくらいでした。



「つっても、すんなり行き過ぎてかえって気味が悪いくらいだ。カーンのクソバカ野郎あたりは空気読まずにケチ付けてくるかとも思ったが……奴は欠席か?」


「あれ、料理長忘れたんですか? カーン男爵、いや、元男爵なら脱税やら禁制品の密輸やらがバレて、爵位剥奪と財産没収の上で労働刑に処されたって。一年くらい前に料理長が大喜びで言ってたんじゃないですか。今頃はどこかの鉱山で穴掘りでもしてるんじゃないですかね?」


「ああ、そうだったそうだった! あん時は嬉しすぎて一晩でタルを空にしたからな。もしかすると祝杯の挙げすぎで記憶が丸ごと飛んだのかもしれん」



 今宵の料理に対する諸手を挙げての好反応は、出席している貴族の顔ぶれが去年までと若干変わっていることも一因かもしれません。

 他人の足を引っ張るのが得意な者や性根が歪んだ者など、流石にその全員ではありませんが、そういった素行の悪い貴族の何人かはかの勇者リサにより悪事を暴かれ(実際に証拠集めなどしたのは騎士団の人員や各地に放たれた密偵ですが)、今はそもそも貴族ではなくなっていたりします。

 微罪や未遂のため辛うじて爵位の剥奪までは免れたような者達も、その権勢は大きく削がれています。あえて盛り上がっている空気に水を差して、下手に注目を集めようとは思わないでしょう。少なくとも当分は大人しくしているしかないはずです。



「まったく、何から何まで勇者様さまさまだな」



 当のリサ本人がそれを聞いたら困った顔をしそうですが、まあ彼女の耳に今夜の件が入る可能性など……実はなくもないのですが、今の料理長がそれを知るはずもなし。


 ともあれ、近頃話題の魔界式とも異なる改良版伝統メニューはいずれも絶賛のうちに受け入れられ、ついには最後のデザート、勇者直伝のアイスクリームを残すのみとなりました。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 食の向上で賑わい [気になる点] いつの日か 〉パンが買えなければ、レトロを買えば良いじゃない。 って発言で革命起きそう。 ちなみに世界一まずいレーションはアメリカだったそうです。 [一…
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