料理革命④
A国王城、謁見の間。
料理長は厨房を飛び出したその足で王の下へ……向かおうとしたのですが流石に途中で城の侍従達に必死で止められたので、ひとまず面会の申し入れをしてから貴族としての正装に着替えて出直してきました。
謁見が叶ったのは厨房を出てから一時間後。
たまたまスケジュールに空きがあったとはいえ、下級貴族に分類される准男爵がこんなにも早く国王に会えることはまずあり得ないのですが、どうやら国王が特別に計らってくれたようです。
「ふむ、卿らの事情は分かった」
翌日の王女の誕生パーティーの出欠状況。
その理由と思しき、新しい料理の影響。
伝統を重んじる姿勢が行き過ぎて伝統に縛られている現状。
そういった説明を聞いた王はしばし黙考し……。
「ならぬ。伝統の価値は余も分かっているつもりだ。軽んじること罷りならぬ」
「……はっ」
答えは、否。
これまで作ってきた伝統のレシピを作るのを止め、これからは魔界から入ってきた新しい料理に切り替えるという提案は却下されました。
料理長としては、残念に思う気持ちが半分。
もう半分は、これまでの料理を守れたという安堵でしょうか。
いくら古臭くとも尊敬すべき先人達が作り上げ、自分達が必死に覚えてきたレシピには強い愛着があります。それが守られたことに対してホッとする気持ちがあるのは間違いありません。
しかし明日のパーティーに人を集められなかったばかりに、王女を落胆させてしまうという罪悪感。そして今後も同じような事態が続くであろう危惧への不安は、一層強まるばかりです。
しょせんは一過性の流行。
新しいブームなどすぐに飽きられて、何もせずともいずれ人気を取り返せる……などという安易な楽観論に逃げることもできません。そんな現実逃避で何も解決しないのは火を見るよりも明らか。
これまでにも目新しい食材や料理が、城の外で流行ったことがないわけではないのです。しかし今回のブームは一時的な盛り上がりで済んだそれらとは違う。先程、城勤めの者達に話を聞いた時の熱量から、料理長には確信めいた予感がありました。今回のブームは一過性で留まるものではなく、遠からず今までのソレに代わる次なる定番として定着するであろう、と。
すでに老齢の料理長が古い伝統と心中するのは、まあ悪くない。
しかし、厨房で働く若い料理人達まで付き合わせてしまうのは……。
「こら、待て待て。まだ余の話は途中だぞ」
料理長の思考が暗い方向に傾いたのを察したようです。国王が料理長に声をかけました。彼も旧態依然とした価値観にただしがみつくだけでは、根本的な問題解決にはならないと理解しています。
偉大な先人への敬意は払うべき。
受け継がれてきた伝統を大事にすべき。
それについては王も料理長も異論はありません。
伝統から外れた行いをしたことを口実に他者の足を引っ張るような者の存在に頭を悩ませているのも、伝統を重視するばかりに新しい挑戦ができなくなっているのを問題視している点についても同意見です。
「余は料理については素人ゆえ、卿の知恵を借りたい。いわゆる魔界式の新しい料理とやらの作り方を参考に、これまでの料理を改良することは可能か?」
「なるほど。完全に変えるのではなく、あくまで改良と」
「うむ、折衷案というわけだ。残すべきは残す。いきなり何もかもを変えるのではなく、少しずつ段階を経ての変化であれば口うるさい者共の抵抗も弱まろう」
一つ一つのメニューを具体的にどう変えるかは、これから大急ぎで検討することになりますが、改良そのものは恐らく不可能ではないでしょう。たとえばスープのアク取りをしたり、肉の焼き加減を肉汁が必要以上に流れ出ないようにするだけなら、もう今夜からでも可能です。
いわゆる魔界式の新しい食材の扱いや未知の料理に関しては、今からレシピを取り寄せて目を通してみなければ確かなことは言えませんが、市井の食堂にできることが王城の料理人にできないはずがない。料理長にも、その程度の自負はありました。
「誰かに何か言われたら、余に命じられてそうしたと言うがよい。有象無象はそれで黙る。乗り掛かった舟だ、そのくらいはしてやらんとな」
「なんと、過分なお気遣い感謝致します!」
王は「そのくらい」と軽く言ってはいますが、これは料理長が期待していたよりも遥かに心強い助力です。権威を都合よく利用してくる相手ほど、より強い権威には弱いのが世の常。「お前は国王陛下のご命令に文句を付けるのか?」とでも言ってやれば、よっぽどの大貴族や他国の王家に連なる者でもなければ素直に引き下がるしかないでしょう。
あまり乱発すると国内貴族からの支持を失いかねない手札ですが、今のA国王家の権威は先の勇者召喚および和平会談の成功によって、以前より遥かに強まっています。ちょっとやそっとで今の権勢が揺らぐことはないでしょう。改良案が成功して城の料理が実際に美味くなれば、比較的良識派の貴族を味方に付けることもできるはずです。
「ふむ、まだ少し弱いか? そうだ、確かあの御方が言っておられた者が……卿よ、一つ頼まれてはくれぬか?」
「はっ、なんなりとお申し付け下さい」
が、王はこれでもまだ不足と考えているようです。
最後の駄目押しに、こんな提案をしてきました。
「なに、そう難しい話ではない。余の言う者を一人、明日の準備の助っ人として使ってほしいのだ。城の厨房に部外者を入れるのを面白く思わぬかもしれぬが」
「いえ、決してそのようなことは。して、その助っ人とはどのような方なのでしょう?」
「うむ、それなのだがな、実は――――」
王は愉快なイタズラを思いついた子供のように、ニィ、と笑みを浮かべて答えました。