勇者、魔界を観光する②
どうも、こんにちは。
勇者です。
意外な所で同郷の人に出会いました。
「へえ、サブロー君は北海道出身なんですか?」
何か面白いことがないかと思って魔王さん達と魔王城に遊びに来たのですが、ちょうど四天王の一人だというサブロー君という男の子が来ていたので、紹介してもらいました。
三郎なんていう日本風の名前が気になったので聞いてみると、なんと彼もわたしと同じく地球の日本からこの世界に来たのだそうで。偶然にも同名なだけの別の世界とかパラレルワールドの地球とかでない限りは同郷のはず、多分。そこは確かめようもないので信じるほかありません。
「お姉さんは内地の人っすか? いやぁ、こんな所で日本の人に会えるとは珍しいこともあるもんっすね」
本当に珍しい事もあるものです。
でも話を聞くと、彼はわたしと違って誰かに召喚されてこの世界に来たのではないそうです。なんでも彼が実家の畑でトラクターを運転している時に、うっかりハンドルを切りそこなって沢に落ちて気絶して、目が覚めたら壊れたトラクターと一緒に魔界にいたのだとか(ちなみに彼はわたしより一つ年下の中学三年生。日本の法律だと、私有地内であれば運転免許を持ってない未成年が自動車を運転しても違法ではありません)。
「いやー、あの時はマジで死ぬかと思ったっす」
その後、一人で途方に暮れているところを農作業中の魔王軍の方に保護されて、色々と紆余曲折あった後に魔王軍の『地』の四天王をやることになったそうです。たまたま少し前から四天王のポジションが一つ空いていて、三人しかいなかったからとか何とか。
……あれ?
ちょっと疑問に思ったことがあったので聞いてみました。
「四天王で『地』がダブってません?」
たしか、この前会ったガルさんも『地』だったはずですが?
なんというか戦隊モノでレッドが二人いるとか、五人ユニットでお馴染みの龍造寺四天王とか、そんな風な据わりの悪さを覚えます。いえ、別にそれが悪いとか間違ってるとかとも違うんですけど。
ちなみに、この質問には魔王さんが答えました。
「別にダブっちゃいけないって決まりはないでしょ?」
何とも適当な答えでした。
一応ガルさんが『地』(農耕担当)、サブロー君が『地』(畜産担当)で業務内容に応じた住み分けはされているそうです。加えて私がまだ会っていない『水』の人が水産担当、『風』の人が生産物の流通や情報面の管理全般の担当なのだとか。
ちなみにサブロー君が四天王になる少し前までは『火』の人がいたそうですが、現在は一身上の都合で休職中。もしかしたら、そのうち会うかもしれませんね。
素直に考えたら後釜のサブロー君がそのまま『火』になりそうなものですが、畜産が『地』か『火』かで考えたら確かにイメージ的には前者が近い、のかな? まあ、なんとなく雰囲気的にそんな感じで。
さて、そんなこんなでサブロー君とも仲良くなりまして、折角だからと彼の職場を見学することになりました。向かった先は魔王城から数キロほど離れたところにある牧場です。
牛や豚や羊などの地球でもおなじみの動物から、魔界原産らしき極彩色の謎の生物まで色々な生き物が放牧されています。あちこちに牧場の職員らしき人々の姿が見えますが、これだけの動物を管理するのはかなり大変そうです。
「先にネタばらしをしておくと、オレには『生き物を操る能力』があるんすよ」
なんで平凡な日本の少年だったサブロー君が、魔王軍の四天王なんてやっているのかという理由はその能力にありました。魔法に詳しい魔族の方によると魔法とは別物だそうですが……なんだろう、超能力?
詳細は本人にも不明だそうですが、いつの間にか使えるようになっていたとか。日本にいた時は普通の少年だったそうですから、異世界に移動した際の事故のショックで……みたいな?
なんというか、我ながら疑問符が多めですね。
まあ勇者の聖剣だって似たような流れでいつの間にか生えていましたし、異能バトル物の漫画やライトノベルで割とありがちな設定は、案外現実でもありがちなのかもしれません。
そうして普通少年改めエスパー少年となったサブロー君は、頭の中で念じるだけで他の生き物の行動を自由自在に操れるのだとか。相手の存在さえ認識できていれば射程も操れる数も無制限で。それなら牧場の仕事もさぞや捗ることでしょう。実に便利そうです。
いや、ちょっと強すぎませんソレ?
わたしの聖剣も大概ですけど、それに輪をかけて酷い性能の能力です。
まあ、タネを明かすと知能や自我の弱い動物にしか使えなかったり(人間や魔族は操れない)、一定以上の大きさの生き物は操れなかったり(牛はギリギリセーフ、象くらいのサイズは完全にアウト)などと制限も結構あるみたい。
本人の身体能力は日本で普通に暮らしてた時のままだそうですし、根本的に強い弱いで測るべき能力ではないのでしょう。
戦闘には向かないけれども、牧場仕事にはこの上なく便利。
しかし、この能力が真価を発揮するのは動物を操る時ではありませんでした。
牧場の端にいくつかある厩舎の中で、一つだけ他の建物から離れた位置に建っている物がありました。何でも病気で弱っている家畜が、十数頭ほども集められているそうです。
他の健康な家畜に感染するのを防ぐために隔離してある、いわば家畜用の病院のような施設を想像してもらえればよろしいかと。
さて、サブロー君はというと建物の中に入って動物達の様子を確認すると、数秒ほど何かを念じて……。
「よし! これで、もうコイツらは大丈夫っす」
……と言いました。
今、何をしたのでしょう?
よく分かりませんでしたが、心なしか苦しんでいた動物達の表情や気配がラクそうになっているように見えるような気がしなくなくもありません。
疑問顔のわたしにサブロー君が教えてくれました。
彼、実はとんでもないことをしていたのです。
先程、彼は病気の動物達の体内にいる病気の原因であるウィルスや細菌に対し、『死ね』と命令して一瞬で自死させたのだそうです。
一瞬で自死?
生き物を操るってそんなことまでできるんですか、そうですか。
なにそれこわい。
そう、ここまで来ればお分かりかもしれませんが、彼の四天王としての最大の役割は「防疫」です。その能力を活かして魔界各地にある牧場を巡回しては、こうして病気の動物達を治しているのだとか。時折、農場や水産物の養殖場や病院などに呼ばれることもあるそうです。
近頃では菌類とは切っても切り離せないお酒や味噌や醤油やチーズ、その他諸々の発酵食品の製造も手伝い始めたそうです。
発酵具合を自由自在に調整できる上に、有害な腐敗菌を完全にシャットアウトできるので色々な所で重宝されているとかなんとか。実際、彼が来てからの一年ほどで各種食料品の生産量も品質もうなぎ上り。それほどの活躍ぶりなら、戦闘能力の有無など関係なく四天王入りも納得というものです。
こんなトンデモ能力があれば、わたしも自力で味噌や醤油が作れたかもしれませんね。まあ今更言っても仕方のないことではありますが。
さて、サブロー君は今日中に他の牧場にも行かないといけないそうなので、名残惜しいですが今日のところはお別れすることに。単なるヒマ潰しのわたしが仕事のお邪魔をしてはいけません。
ですが、別れ際に少し気になったことを聞いてみました。
「サブロー君は日本に帰りたいとは思わないんですか?」
今日出会ってから話した短い時間だけでの印象ですが、彼は完全にこの世界での生活に馴染んでいるように見えました。最近は帰れる目途が立って落ち着きましたが、少し前まで重度のホームシックに憑りつかれていたわたしとは随分な違いです。
彼の答えは以下のようなものでした。
「日本に未練がないワケじゃないっすけど……一宿一飯の恩義ってんですかね? 魔王軍の人達には散々世話になっちゃったし、ちゃんと恩返しもしないうちに帰ったりしたら男がすたるってモンっす!」
彼は随分と義理堅い性格のようです。
意外と、と言ったら失礼かもですが。こんなにも仁義や義理人情を重んじる中学生というのは、今どきかなり珍しいのではないでしょうか。
もっとも、理由はそれだけではないようですが。
彼は、ついでに付け加えるように小声で言いました。
「……あと、家のトラクター壊したのがバレたら親父にぶっ殺されるっす。ほとぼりが冷めるか弁償できるカネが貯まるまで帰るに帰れないっす……」
多分ですけど、こっちが主な理由な気がしました。