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迷宮レストラン  作者: 悠戯
いつか何処かの物語
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芸術は冒険だ! 迷宮から帰った後で


 さて、塔での冒険から帰った翌日です。

 冒険疲れもなんのその。

 今日も今日とて魔王の店にシモンとライムが遊びにきていました。

 ちなみに日本は本日月曜日のためリサは学校です。



「で、それが見つけた宝物ですか」


「うん」



 ライムがアリスに見せているのは、一見すると何の変哲もない一本の絵筆。しいて言えば筆の軸に独特の紋様が刻まれているのが特徴ですが、パッと見た限りでは特別珍しい品には見えません。


 ですが、侮るなかれ。

 これこそが昨日の迷宮の最上階で見つけたお宝。

 リサが見つけた宝箱に収められていた魔法の絵筆なのです。



「あか。あお。きいろ」



 アリスに貰った紙にライムが絵筆をサッと走らせると、あら不思議。

 筆先に絵の具をつけてもいないのに、言った通りの色の線が引かれました。

 どうやらこの絵筆には、持ち主の魔力と引き換えに頭の中でイメージした色をそのまま描き出す能力が備わっているようなのです。



「へえ、面白い魔法もあるものですねえ」



 交代で筆を使いながらお絵描き遊びに興じる子供達を見ながら、アリスも珍しい魔法の道具に感心しています。アリス含め魔族の使う魔法は戦闘向けの種類に大きく偏っているので、こういう絵を描くのに役立つだけの魔法というのが珍しく感じられるのでしょう。


 と、これだけなら新しいオモチャを手に入れてめでたしめでたし……という話で終わったのですが、ちょっとばかり困ったこともありました。



「あ、いたいた! ねえ、ライム。昨日見せてくれた筆もう一回使わせておくれよ。ていうか、できれば欲しいんだけど。ちゃんとお金は払うからさ。ね?」


「だめ」


「えぇ~~?」



 芸術に対してさほどのこだわりを持たない子供達やリサやアリスにとっては、単にちょっと面白いオモチャというだけ。しかしライムの姉である画家、タイムにとっては違ったようです。彼女だけはこの道具の価値をきちんと理解していました。


 頭の中にある繊細な色合いを現実の物としてそのまま表現できる魔法の絵筆。

 草花の汁を煮詰めたり鉱石を砕いたり溶かしたりして、自分で絵の具を作るところから拘るタイムにとっては、まさに夢の道具と言っても過言ではありません。向こう数年分の絵仕事の稼ぎと引き換えにしてでも手に入れたい。そう思わされるほどの魅力を感じていました。が。



「だめ」


「そんなぁ~~」



 ライム一人の所有物だったならまだしも、これはシモンやリサと一緒に手に入れた共有物。

 いくら頼み込まれても勝手な判断であげることはできません。ライムは身内だからといって安易な考えで権利関係をなぁなぁにしないタイプの幼女なのです。いくら積まれようがそれで首を縦に振ることはないでしょう。しかし必死に頼み込む常連の姿を見て思うところがあったのか、



「じゃあ、こういうのはどうですか?」



 と、姉妹のやり取りを見ていたアリスが折衷案を出しました。

 絵筆の売買や所有権云々については後ほどリサやシモンも交えて改めて話し合うとして、ライムも自分達が使っていない空いた時間に貸し出すことすら嫌だと言うほど狭量ではありません。

 たとえば今ここで、魔法の絵筆でお絵描きをするのよりも楽しそうな遊びをできるなら、その間だけはタイムに貸しても文句は出ないでしょう。で、その楽しそうな遊びというのが……。



「どうです? 私も練習を始めたばかりで簡単なのしかできないんですけど」



 厨房から道具を持ってきたアリスが描いたのは、コーヒーカップをキャンバスにしたミルクの葉っぱ。つまりはラテアートでした。

 エスプレッソに細かく泡立てたミルクを注ぎ、その注ぎ方を調整したり、ラテペンと呼ばれる棒状の道具で泡の形を整えたりと。ここ最近アリスはリサの買ってきた本を参考にしながら一緒に試していたのだとか。



「どうですか。やってみませんか?」


「やりたい」


「うむ。おれも興味があるな」



 幸い、アリスの読み通りに子供達の興味を引くことに成功したようです。

 これで長ければ何時間かは絵筆がフリーになる時間ができるでしょう。



「何か描いてみたいのはありますか?」



 お手本となるラテアートの教本は当然日本語で書かれていますが、幸い図説も多く含まれているため写真やイラストを見るだけでも何となく手順は分かります。ライムは本をパラパラとページをめくって、より創作意欲を掻き立てられる題材を選び出しました。



「ねこ。かわいい」



 ライムが選び出したのはデフォルメされた猫の柄。

 初心者向けのリーフ柄やハート柄に比べるとやや難易度は高めですが、まあ失敗したら飲んでしまえばいいだけです。アリスから借りたラテペンを握り締め、写真入りの解説ページと睨めっこをしながら果敢にチャレンジしました。



「……むぅ」



 そして見事に失敗しました。

 やはり初心者には難しかったようです。



「勢いよく動かしすぎたのではないか? どれ、今度はおれに貸してみろ……む、なかなか難しいな。慎重にやりすぎたか」



 続いてシモンも同じネコ柄に挑戦してみましたが、こちらも失敗。慎重に時間をかけすぎて、ミルクの泡が解けて完全にコーヒーに混ざりこんでしまいました。


 二人続けてあえなく失敗。

 しかし、それは悔しくも楽しいものだったようです。


 幸い、ここならミルクもコーヒーも売るほどあります。

 つまり、いくらでも失敗し放題。ライム達はアリスの助言を受けつつ順番にラテペンを使い、時には別の柄にチャレンジしてみたりもして、楽しい時間を過ごす……はずだったのですが。



「ねえねえ、私もそれやってみたいんだけど」



 意外にもタイムもラテアートに興味を示してきました。

 本命の絵筆とはまた別に、未知の画材、未知の画法に芸術心を刺激されてしまったようです。そして、これが悪かった。



「たしか、こんな感じだったかな?」



 流石はプロ画家の観察眼と言うべきか。ライム達が何度も苦戦したネコ柄のラテを、教本を見ることすらなく一発で成功させてしまいました。

 それも単なるまぐれというわけではないらしく、続いて他の動物や花柄、更には即興でこの店の常連の顔をデフォルメした似顔絵を描くなどという高等テクも。どうやら完全に勘を掴んでしまったようです。それだけならまだ良かったのですが。



「へえ、やってみると意外と簡単だね」



 別にタイムに挑発する意図はなかったのですが、ごく自然な感想としてそんな言葉も口から出てきました。これまで失敗続きだったライムからすると、それはまあ面白くはないでしょう。



「ありがとね、結構楽しかったよ。あと飲み過ぎてお腹がたぷたぷになったよ。それじゃあ私は本命のこっちの筆を……ライム? あの、ライムさん?」


「だめ」



 ライムは魔法の絵筆をぎゅっと握ったまま放そうとしません。

 どうやら、すっかりヘソを曲げてしまったようです。



「えっ、私何かやっちゃった? あれぇー?」


「ええ、まあ。これは仕方ないんじゃないですかね」


「うむ。正直、おれも少しイラっときた。これはライムの怒りが解けるのを待つしかあるまい」



 先程の無自覚煽りが微妙に刺さっていたのでしょうか。

 今度はアリスやシモンの援護も望めそうにありません。

 かくしてタイムが目当ての絵筆を存分に振るえるようになるのには、今しばらくの時間を要することとなったのでありました。めでたし、めでたし?



◆今回で一連のエピソードは一区切りです。そろそろ続編のほうを書きたくなってきたので、またあちらの執筆に戻ります。

◆それはそれとして章の合間にまとめて更新するだけだとこっちがなかなか書けないので、今後はもうちょい頻繁に投稿できるようにしたいですね。まあ具体的な更新ペースとかは決めてませんがボチボチと。

◆『迷宮レストラン』漫画版一巻好評発売中。最近やっとkindle版の配信も始まったようです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 絵本かわいい報酬だった。 でもパルプンテ級の魔法は簡便な [気になる点] ライムの場合魔法ではなく魔砲だと思うのはなぜだろう? [一言] 更新お疲れ様です 不機嫌ライム 機嫌よくするには…
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