迷宮に行こう⑤
その後も迷宮攻略は順調に進みました。
が、夢中になりすぎて保護者を心配させてもいけません。初日は夕方あたりで一旦帰宅。空間転移で子供達の住処に直接送り届けるだけなので、帰り道は一瞬です。
そして翌朝、また昨日と同じ地点からの再開となりました。
塔の上へと進むごとに構造はより複雑化し、出現する魔物もどんどんと強力になっていきます。
行動パターンも容易には読み切れないほど複雑になり、時にはフェイントらしき動きを織り交ぜてくる個体なども。敵を避けてやり過ごすことが難しくなり、戦闘になる頻度が目に見えて増えてきました。
まあ実のところ頑張って交戦を避けようとするよりも、戦いになったほうが一瞬でカタが付くためスムーズに進めたりもするのですが。とはいえ、これはあくまで元勇者が一緒だからこそ。今後、この塔を真っ当に攻略しようとする冒険者達はさぞかし苦労をすることになるでしょう。
ところで、今更といえば今更ですが。
そもそも冒険者はどうして迷宮の最奥を目指すのか。
そこに山があるから、もとい迷宮があるからだ……という、ある種のロマンに起因する動機もなくはないにせよ、決してそれだけではありません。人々が迷宮の奥深くを目指すのには明確な理由があるのです。
「さっきの像は放っておいて良かったのか? 多分、純金製だぞ?」
「いや、あれはデザインがちょっと……」
恐らく最上階も間近。
三人が見つけた宝物も下層にあった品々とは明らかにグレードが違います。
ちょっと子供達には見せられない煽情的なデザインの老若男女の純金製の裸像であるとか、同じようなモチーフを扱った絵画など。絵画の額縁にはダイヤモンドやエメラルドがふんだんに飾られていました。
芸術的な価値が理解できずとも、貴金属としての金銭的価値だけで相当のモノになることは素人目にも明らかです。どれもこれもデザイン的に難ありと判断し、また意図的に破損させて宝石だけを回収するのも気が引けたため手を付けずに放置してきましたが。
と、まあこのように迷宮というのは基本的に奥深くへ進むほど、より価値の高い品物に出くわす可能性が高いのです。迷宮内の品々は自然界の魔力が世界に残留する想念を具現化した物――――という説がまことしやかに語られています。まだ学問的に実証されてはいませんが――――ゆえに、より強い魔力が集中する地点に近付くほどより多くの魔力によって実体化された価値ある物が出現する可能性も高くなる。冒険者にとっても金銭的な実入りが増える傾向があるのです。
しかし、迷宮の魔力から発生するのはお宝ばかりではありません。
なにしろ魔物がより強力になっていくのも、財宝の価値が高まっていく理屈と同様。高価なお宝の近くには強い魔物が付き物というわけで。見つけたお宝を安全に持ち帰れる自信がないのなら、ほどほどの所で満足して引き返すのも一つの手でしょう。そういった迷宮内の難度の変化と自身の実力を冷静に見極める判断力こそが、冒険者にとっての重要な資質なのです。
「あ、屋上。ここが一番上っぽいですね」
「うむ。おれはもう足がガクガクだ」
「ん。つかれた」
さて、そんなこんなで二日目の午後。
とうとうリサ達三人は、塔の最上階へと辿り着きました。
塔内の構造が複雑すぎて正確な階層を数えるのはとうに諦めていましたが、体感的には三百階くらいは登ってきたように思えます。きっと明日の朝は全員筋肉痛で大変でしょう。
が、その前に。
まだ最後の試練が残っていました。
「あのデカいのがここのヌシであろうな」
「つよそう」
塔の屋上の面積は、おおよそサッカー場二面分くらいの円型。
その中央に、見るからに強そうな魔物が鎮座していたのです。この迷宮でよく見かけた大理石のゴーレムの一種ではあるのでしょうが、その形状の異様さとサイズが並の魔物とは比べ物になりません。
「あれっぽいですね、千手観音。日本史の教科書で見かけたような……あれ、顔が三つあるのは別のだったっけ?」
リサ風に例えるならば、千手観音像と阿修羅像を合体させた上で巨大化させたような感じでしょうか(仏像で例えるには容貌が西洋風の彫りの深い顔立ちなのがミスマッチですが)。花を模していると思しき台座に腰掛けているのも仏像らしく思えます。
全方位を隙間なく見渡す頭部の三面に、肩から背中にかけて生える無数の腕。実際には例えた通りの千手ではなく百本に届くかどうかでしょうが、ご丁寧に全ての手に神殿の柱ほどもある剣や槍などが握られています。これらが見掛け倒しでないならば、あれだけの大きさの武器を自在に振るう腕力は相当なものがあるでしょう。その実力は千年以上生きた竜種にも匹敵するかもしれません。
「なかなか強そうですね。聖剣さん、何かちょうど良さそうなのを――――」
正面から戦っても負けはしないにせよ、攻撃の余波で床が砕けたりしたら破片が飛び散ってシモンやライムが怪我をするかもしれません。馬鹿正直に真正面から打ち合うのは避けるのが賢明でしょう。なので……相手の間合いの外から何もさせず一方的に片付けることにしました。
パン。
一応言っておくと食べ物のパンのことではありません。
パン、という軽い音が鳴るのとほとんど同時に、三面千手の巨大ゴーレムの三つある眉間のうち一つに小さな穴が開いていました。石像ゆえに頭を穿たれても即死こそしませんでしたが、魔物も自分が何をされたか分からなかったことでしょう。
「ふむふむ、宇治……え、違う。抹茶は関係ない? ウージー……? よく分かりませんけど、要するにすごい鉄砲ですね」
そして、リサの攻撃はここからが本番でした。
彼女本人に銃火器の知識はありませんが、聖剣が自主的に収集していた地球の武器・兵器に関する情報は膨大な量になります。それらのデータに変幻自在の性質を有する聖剣が多少の改良を加えつつ再現。
結果、リサの手の中に出現した聖なるウージー短機関銃から巨大ゴーレムに向けて、毎分600発もの連射速度で弾丸がパ、パ、パ、パ、パと景気よく放たれることになりました。
本物の火薬ではなく魔力により銃内部に小爆発を発生させて発射しているわけですが、性能的に本物に勝ることはあれど劣るものではありません。撃ち出される9×19mmパラベラム弾ももちろん聖剣の一部なので、いくら撃ち続けても発射した端から新たに生成して弾切れを起こすことはありませんし、銃身が熱を持って焼け付く心配なども無用です。
途中からは、効率を上げるべく同じ銃をもう一つ出現させて二丁持ちに。単純計算で倍の毎分1200発にペースアップした弾丸で、石の身体をより効率的に解体していきます。
「あの魔物もちゃんと戦えば結構強かっただろうになぁ」
「あわれ」
シモンやライムの見ている前で、巨大なゴーレムは見るみるうちに削れて小さくなっていきました。千手ゴーレムも巨大な武器を構えるなどして防御の姿勢は取っていたのですが、残念ながらそれだけで全身を残らずカバーできるわけではありません。どうしてもガードした武器の隙間から飛び込んでくる弾丸は出てきますし、そうなれば腕が砕け落ちたり動作不良を起こすなどして、時間が経つほどに防御の隙は大きくなるばかり。
これだけ一方的に蹂躙されては反撃のしようもありません。
次第に腕部に亀裂が入るなどして重量を支えきれなくなったのか次々と武器を取り落とし、そうやって防御が手薄になった箇所にまた大きなダメージが増えていきます。何本もの腕が根元から落とされたり胴体中央に穴が開いて向こう側の景色が見えるようになったり。失った腕が増えてくるにつれ重心のバランスが崩れたのか、ズシンと地響きを立てながら転倒し、その後も油断なく容赦のない連射を続け……、
「ふう……もう安全ですよ!」
数分後。
屋上にはピクリとも動かなくなった大量の石片だけが残っていました。
最早どれが魔物の身体で、どれが削れた床材だったのかの見分けすら難しい状態です。元が石とはいえ強力な魔力を秘めたゴーレムにはある程度の再生能力があるケースもあるのですが、ここまで徹底的にやられては回復も何もあったものではないでしょう。
この圧倒的な戦いぶり。
これぞ元勇者の実力というものです。
「いや、おれも流石にあれはちょっとどうかと思う」
「おなじく」
「え~っ?」
残念ながら、ギャラリーの感想はいまいち芳しくなかったようですが。
◆◆◆
「さあさあ、安全になったところでオヤツにしましょう!」
決して、若干ヒキ気味の子供達の意識を逸らしたかったわけではありませんが、これでもうこの場所に危険はありません。改めて周囲を見渡してみると、高く登ってきた甲斐あって素晴らしい景色が堪能できます。あとはもう帰るだけですし、その前に景色を眺めながら特別なオヤツを楽しむのも悪くないでしょう。
「焚き火は……これでいいか。あとは、この石もちょっと使わせてもらおうかな」
リサは早速火起こしの支度に取り掛かりました。
塔の屋上には燃料になりそうな落ち葉や木の枝など落ちているはずもありませんが、それについては大した問題でもありません。
本来は刀身に炎を纏わせて敵を斬り付けるような使い方を想定しての機能だったのでしょうが、便利グッズとしてお馴染みの聖剣は、火力を適温に調整すれば地面に置くだけでそのまま火元として使えるのです。
ついでにゴーレムの一部だった破片のうち、適当な大きさのモノを幾らか拾ってきて、これも聖剣の火に当てて加熱。石焼き芋をやるにはちょうどいい塩梅です。
「すぐ準備できますからね」
調理といっても準備は既にほとんど終わっています。
リサがリュックサックから取り出したのは、アルミホイルを巻いたサツマイモ。タッパーに入れておいたくし切りのリンゴや一口サイズに切ったパイナップル。あとは皮つきのままのバナナ。
聖剣を変形させて拵えた串にリンゴやパイナップルを刺していき、あとは焚き火や焼き石で焦げ過ぎないよう気を付けながら焼くだけです。
「いい景色ですねえ。冒険はどうでした?」
「うむ、堪能した。いずれは自分の力で登ってみたいものだ」
「うん。まんぞく」
ここから眺める絶景も、運動して火照った身体を冷ましてくれる風の感触も、普段の街中での生活では味わえないものばかり。塔の中で道に迷って頭を悩ませたことや、全身の疲労感までもが不思議と心地良く感じられます。
三人は特に何を話すでもなくボーっと景色を眺め、そうして何分くらい経ったでしょうか。
火にかけておいた果物がちょうど良い具合に焼き上がってきたようです。
「熱っ、ふぅふぅ……ほおお、焼くだけでずいぶん甘くなるのだな。パイなどに入っているのとも感じが違って。うん、これはよいものだ」
「あまい。おいしい」
弱火でじっくり焼いた果物は、砂糖やハチミツをかけたのとも違う強烈な甘さが引き出されていました。この甘酸っぱさが疲れた身体によく染みます。
お行儀は悪いですが、串に刺さったままの具材にそのまま齧りつくのも実にワイルドで面白い。普段のお店で同じように食べたとしても、きっとこうまで美味しくは感じられないでしょう。これぞ冒険の醍醐味です。
ちょっと目を離した隙に皮が真っ黒になっていたバナナも、焦げた皮さえ剥けばトロトロの食べ頃に仕上がっています。毎度お馴染み聖剣を今度はスプーンに仕立てて、熱々の実を掬って口に運べばこれが実に強烈な甘さ。
他の果物よりちょっと焼き上がりに時間はかかりましたが、ゴーレムの破片でじっくり焼いた石焼き芋もねっとり良い具合になりました。
「そうそう、お芋につけようと思ってバター持ってきたんですよ」
「おおっ、それは絶対うまいやつだな。おれのは多めにつけてくれ」
「わたしも」
更には、アレンジをして味の変化を楽しんだりも。
バターの風味とサツマイモの相性については、わざわざスイートポテトなどの例を挙げるまでもないでしょう。美味しくなる分だけカロリーについては怖いことになりそうですが、そのあたりの事情は一旦忘れておきましょう。冒険者には栄養がたっぷり要るのです。
「ふう、食った食った」
「うん。まんぷく」
「食べましたねえ」
そうして用意してきた食材を残らず平らげ、水筒の麦茶で一服したところでオヤツもおしまい。遠足、いえ、冒険はお家に帰るまでが冒険です。名残惜しいですが、そろそろ帰る頃合だろう……と、そのつもりだったのですが。
「じゃあ、そろそろ帰りましょう……あれ?」
立ち去ろうとする直前。巨大ゴーレムの台座だった瓦礫の中に、何やらキラリと輝く物体が埋もれているのをリサが見つけました。





