迷宮に行こう③
お弁当箱の中身は、まるで運動会のような豪華仕様でした。
まずはお菓子みたいに甘い卵焼き。
汗をかいた身体に塩気が嬉しいアスパラベーコン。
色合いも鮮やかなプチトマト。これは洗ったのを詰めただけですが。
別容器にはデザートのカットフルーツ。
水筒の麦茶は氷入りでキンキンに冷えています。
いずれもリサが早起きして魔王に厨房を借りて拵えた力作です。
「どうぞ、トンカツの太巻きですよ。さあ、めしあがれ!」
そして、お弁当の主役はトンカツを巻いた太巻き寿司。
無理なく巻けるように、お肉の幅と厚みは1~1.5センチくらい。
ソースをたっぷり塗ったカツを並べ、そのままシャリに巻き込むという大胆な一品。一見すると奇をてらったキワモノのようにも感じられますが……。
「トンカツというと、あのトンカツか?」
シモンやライムもトンカツについてはよく知っています。
魔王の店でも頻繁に注文が出る人気のメニューですし、彼ら自身の好みからしても好物と言っていい部類に入ってくるでしょう。
だからこそ分かります。
揚げ物の第一の魅力といえば、あの衣のサクサク食感。
それをコメで巻いたりしたら、せっかくの衣が水分でフニャフニャにふやけてしまい、サクサク感がなくなってしまうのではないか。そんな危惧を抱くのも無理からぬことでしょう。
「ま、リサの作った物ならハズレはあるまい」
「ん。いただきます」
とはいえ、それでもなお不安より期待が勝る。
リサが作る料理への信頼に加え、今日は普段より好奇心が昂ぶっていたせいもあるでしょうか。未知の味覚に挑戦するワクワク感。これもまた冒険のうちというわけです。
「むっ、思った通り衣は柔いが……これは悪くない。いや、美味い」
「うん。これすき」
それに、トンカツ巻き寿司の味はなかなかのものでした。
まず感じられるのは、やはり獣肉ゆえの力強さ。
一般的な太巻きの具というと、かんぴょうやキュウリ、シイタケ、魚のでんぶ、卵焼きや高野豆腐……挙げていけばキリがありませんし地域によって多少の差異もあるでしょうが、オーソドックスな物としてはこんなところでしょうか。
もちろん、これらを巻き入れた普通の太巻き寿司も美味しいのですが、具材の持つパワフルさについては流石にトンカツに軍配が上がるのではないでしょうか。
そしてシモン達も予想していた衣の食感についてですが、これについては当然と言うべきか、やはり揚げたてのサクサク感は完全に失われていました。
しかし、だからといって衣の美味さまでもが消えているわけではないのです。
分厚いパン粉の衣がたっぷりのソースを吸い込んで、そして中の肉との一体感を高める繋ぎ役としての役割を見事に果たしていました。
味付けの方向性こそ違いますが、基本的な考え方としては『カツ煮』や『南蛮漬け』あたりにも通じるものがありそうです。クリスピーな食感が失われた代わりに、ダシやソースなどの旨味をギュッと吸収してただ上からかける以上にしっかりと具材に纏わせる。元々の特長と引き換えに、別の新たな武器を獲得したというわけです。
シャリとソースとの相性についても、これが不思議とよく馴染みます。
トンカツソースの原料にもお酢が含まれるからでしょうか。共通の調味料が橋渡しをしているおかげか、甘酸っぱいソース味は意外にも寿司酢をまぶしたご飯とケンカすることがありません。
「おお、こっちのは味付けが違うのだな。これは……」
「ごま」
「だな。うむ、これも香ばしくて美味い」
いくら美味しくとも、強い味付けの料理は舌が飽きやすいものです。
リサはそのあたりも見越して、ソースにたっぷりのすりゴマを混ぜ込んだ味違いの物も用意していました。ゴマの香ばしい風味がまたカツに合うのです。ゴマには疲労の回復や予防といった効果もありますし、こういう遠出の際にはなおさら好ましい組み合わせでしょう。
そして、味付け違いはもう一種類。
「む、リサよ。そっちの弁当箱のやつも味が違うのか? どれ、一つもらうぞ」
「みぎにおなじ」
「あっ、それは」
ですが、冒険に油断は禁物。
平和なランチタイムとはいえ、罠はどこに潜んでいるか分かりません。
リサも慌てて止めようとはしたのですが、今回は間に合いませんでした。
「ぐおっ!? か、カラシが……っ」
「……からい」
トンカツにはカラシも付き物。
リサが自分用にと持ってきていたカラシ入りの太巻き、それをうっかり食べてしまったシモンとライムは、あまりの辛さに目を白黒させています。
「遅かった……えと、とりあえずお茶でも飲みます?」
と、まあ少々のアクシデントはあったものの、全体の経過は概ね良好。昼食をお腹いっぱい食べた三人は、午後からの冒険に向けて十分な英気を養ったのでありました。