冒険者になろう⑥
以下、後日談。
時間は少し進んで数日後。
冒険者としての初仕事を終えた一行が迷宮都市に戻った後、魔王の店でのお話です。
「へえ、そんなことがあったんですか」
「うん、そんなことがあったんだよ」
今回は不参加だったリサが魔王から事の顛末について聞いていました。
リサは魔界の住人というわけではありませんし、学校があるのに泊りがけの冒険などできませんし、それに何より公式の記録に残るお仕事に勇者が参加するわけにはいきません。
表向きには、役目を終えた勇者は自分の世界に帰ったということになっているのです。それ自体は誤りではないにせよ、その後もちょくちょく顔を出していることを知るのは、この店の常連やいくつかの国の上層部のみ。もしバレたら熱心なファンが世界中から押しかけて、この店がパンクしてしまうかもしれません。
偽名や変装など用いる手もありますが、そもそも無用のリスクを冒さないのが一番賢明なことに違いなし。だからリサとしても冒険に参加できなかった理由は理解できます。理解はできるのですが、まあ、それはそれとして。
「なんだか、キャンプみたいで楽しそうですね」
「うん、大変だったけど楽しかったよ」
「話を聞いた感じだと景色が良い場所も多そうですね。こっちは空気が澄んでるから、星空なんかもよく見えそうですし」
「うんうん、今度はただの旅行で行くのもいいかも」
「いいですね。ところで、それは誰と?」
「あの、リサちゃん?」
「はい、なんですか魔王さん?」
「もしかして、怒ってる?」
「いえいえ、怒ってないですよ」
この会話の間、リサはずっとニコニコと楽しげな笑みを浮かべていましたが、魔王はその笑顔から発される正体不明の圧を感じ取っていました。
繰り返しになりますが、仕方のない事情があったのはちゃんと理解し飲み込んではいます。その上で、一人だけ仲間外れにされた寂しさだとか、その間魔王を独占していたアリスへの嫉妬心だとかを無理して隠すこともしない。そうしたアレコレを内に溜め込まず主張できるようになったのも、見方によっては揺るぎない信頼関係の証と言えるでしょうか。
「そ、そうだ! ちょうど新作料理を試してたんだけど、良かったら味見に協力してくれないかな? 冒険者の仕事をやってて思いついたんだけど」
「ええ、いいですよ。じゃあ、お料理が美味しかったら許してあげます。何も怒ってませんけど」
そうして魔王は厨房へと向かいました。なんだか言い訳めいた流れになってしまいましたが、別に新作料理そのものが嘘というわけではありません。
冒険者としての魔王達はビギナーらしく失敗に次ぐ失敗で、とてもスマートに仕事をこなせたとは言い難い有り様でしたが、それでも得る物はあったのです。
主な材料は、村から持ち帰った魔物の肉。
レンガみたいに味気ない堅焼きパン。チーズとニンニク。
ブタムカデの肉は食べていた野菜の質が良かったおかげか、変な臭みもなく肉質も硬すぎず柔らかずぎずの良い具合。脂肪の乗りも上々でした。
適度な厚みに切ったブタ肉に塩コショウ、おろしニンニクを擦り込んで下味を。
堅焼きパンはそのままでは美味しく食べるのが難しくとも、おろし金でガリガリ削ってパン粉として使う分には問題ありません。
チーズは冒険に持って行った物だけでは量が足りなかったので、店に合った他のチーズもいくらか足し、更に少量の牛乳を加えて煮溶かしていきます。完全に溶けた頃合でコショウと刻みニンニクを足して風味を調整。これでソースは完成です。
鉄鍋に大量のラードを入れて熱し、揚げ油に。
下味を付けたブタ肉に小麦粉、溶き卵、パン粉を纏わせて油に投入。
カラリと揚がったら引き上げて皿に移し、チーズのソースをたっぷりかければ、
「はい、どうぞ。トンカツの冒険者風、かな?」
「おお……これは食べる前からニンニクが強烈ですね。シュクメルリをもっとヘビーにした感じというか」
食べた後の口臭とカロリーが気になりそうな一皿ですが、同時にニンニクの匂いが凄まじく食欲を刺激してきます。リサは箸で端っこの一切れを摘まむと、たっぷりのチーズソースに絡めて、まず一口。
「んっ!? 魔王さん、これはお米です。ご飯を下さい!」
「うん、大盛りで持ってくるね」
全体的に塩気も油っ気も強めの味付け。
たっぷりのニンニクも実に強烈。
美味しいは美味しいものの、ご飯やパンなどを合わせなければ、味が強すぎて早々に舌が重くなってしまいそうです。お店で出す料理としてなら、もう少しあっさり目の味付けにするのが賢明なようにも思えますが、
「なるほど、冒険者風、と」
野外でよく動き汗をかく冒険者なら、きっとこれくらい濃い味を好ましく思うはず。
カロリーだって多ければ多いほど望ましい。冒険者に縁のある材料だからというだけでなく、そうした人々の好みの味付けを目指したからこその「冒険者風」というわけです。
この店の常連客にも冒険者は多くいます。
冒険から帰った彼らにこの料理を出したら、きっと喜んでくれるでしょう。
リサは魔王の趣向に得心しつつ、カツとご飯を口いっぱいに頬張るのでした。
◆今回で今のエピソードは一区切りですが、まだしばらくこっちの更新を続けます。
◆漫画版一巻のkindle版が配信開始したようです。電子書籍派の人もよろしければどうぞ。