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迷宮レストラン  作者: 悠戯
勇者と魔王と元魔王編
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閑話・王様と缶詰


「これは、凄まじいな……」


 目の前に置かれた実験成果を目の当たりにした男性が、思わずポツリと呟きました。ごく単純な仕組みながら、今現在の世界の在り方を一変させかねない。見る者が見れば、そんな感想も決して大袈裟なものではないと感じるでしょう。


 さて、話は数日前に遡ります。


 彼は勇者を召喚した国の王。

 ここ一年ほどは日々の政務をこなしながらも遠隔から勇者のサポートをしていたわけですが、つい先日勇者と同行していた騎士達から驚くべき報告を受けました。


 とうとう魔王が見つかったこと。

 が、魔王は好戦的な存在ではなく、意外にも平和的な交渉を望んでいること。

 そして騎士達に、とある「手土産」を託して来たこと。


 その手土産とは、ある種の食品でした。

 しかし、特別高価だったり珍しい食材を使っているというワケではありません。

 どこの街でも手に入りそうな肉や魚や野菜や果物、そういったありふれた食材を少量の調味料で味付けして煮ただけの何の変哲も無い料理です。市井の食堂や一般の家庭でも、似たようなモノは大して珍しくもないでしょう。


 しかし、今から十日以上も前に調理されたそれらが、ここまで一切腐敗することも味が劣化することもなかったとなると話は大きく違ってきます。

 そう、魔王が託した手土産の正体とは、「瓶詰」や「缶詰」と呼ばれる長期保存のための加工食品だったのです。


 それらの食品は相応の見識がない者が見れば、ただの「便利な物」程度としか認識しなかったでしょうが、幸いにも報告を受けたこの国の王や重臣達は愚かではありませんでした。


 食品の保存は、人類の歴史において常に重要な課題として存在し続けました。

 豊作の時に余剰分を保存しておけば飢饉の時に餓死者を減らせますし、軍隊の行軍速度や動員規模も兵糧の保存期間や輸送速度を常に考慮して計画を立てられています。


 乾燥させる。

 発酵させる。

 塩や香辛料に漬け込む。

 雪を利用して凍らせる。

 先人の創意工夫によって様々な方法が生み出されてきました。この世界の多くの国においても、これらの方法による食品の加工は広く行われています。


 しかし、この「缶詰」や「瓶詰」という品々は、それら旧来の保存食とは隔絶した存在であると国の重鎮達は判断しました。


 従来の保存方法だと漬け込むための塩や香辛料を増やせば保存期間を多少は延ばせますが、加工コストがかさむ上に味や栄養の劣化も問題になります。

 けれども、この「缶詰」や「瓶詰」ならば味の劣化や変化はそれらとは比較にならぬほど少ない上に、最低でも数ヶ月、長いモノだと数年に渡って保存できるというのです。

 仮にこの技術をどこかの国が独占したならば、国家間の勢力図が書き換えられかねないほどのシロモノ。生半可な新兵器や攻撃魔法など及びもつかないほどの価値があるでしょう。





 しかも驚くべきことに魔王は、脅威の叡智たる「缶詰」と「瓶詰」のサンプルと共に、詳細な製法を記した説明書きを惜しげもなく寄越してきたのです。驚くべきことに「製法を知りたければ交渉に応じろ」という交換条件ですらなく、何の対価もなしに前払いで包み隠さず。

 製法の一部が秘匿されていたりということもなく、職人に命じて作らせてみた試作品も見事に成功。もちろん数か月や数年単位の保存にもキチンと成功するかの長期的な検証は別途必要でしょうけれども、国内外の政敵と長年渡り合ってきた歴戦の重鎮達の勘は、まず間違いはないだろうということで一致していました。



 しかし、そうなると今度は魔王がどういう意図で貴重な知識を伝えてきたのか気になるのが人情というものです。


 まさか魔王という存在が何も考えていないお人好しで、単なる善意で教えてくれたということはないだろう。ならば、これは「この程度の知識など無償でくれてやっても痛くも痒くもない」と、暗に魔界側の文化レベルの高さを示した示威行為と見るべきか……と、国の重鎮たちは常識的に判断しました。


 もちろん、魔王は単に何も考えていないだけ。

 無駄に深読みしただけだったわけですが。


 こうして少々の誤解がありつつも、重鎮達は魔王が決して軽視できない相手であると改めて認識。和平交渉に臨むであろう友好各国にも密かに同様の警戒を呼び掛けて、ともあれ魔界との交渉へ向けての準備がいよいよ本格的に動き出すのでありました。







「それにしても、美味いなコレ」



 王様は実験として作らせた缶詰の一つ「サバの水煮缶」を手に取って呟きました。

他の肉や果物の缶詰や瓶詰も一通り試食しましたが、彼が特に気に入ったのがコレ。この国で獲れるサバの質が良かったのか、それとも実験に際して調理をした料理人の腕が良かったのか。その味は魔王から贈られたサンプル品にも劣りません。


 原材料がサバと塩のみとは思えないシンプルながらも奥深い味わいが大層気に入り、以後サバ缶を肴に晩酌をするのが王様の新たな日課になるのでした。



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