串カツで勝つ!
連日連夜、異常なスピードで拡大を続ける迷宮都市。
街には様々な需要に応える施設があるのですが、その中の一つに闘技場というものがあります。ここでは毎日のように血で血を洗う殺戮ショーが……繰り広げられていません。流石に安全面への配慮はされています。
ちゃんとルールを設けた上での格闘試合とか、リングを取っ払って各種球技や陸上競技の試合が開かれていたりとか。変わったものでは調教した動物や魔獣に芸をさせる曲芸団の興行が開かれたりもしています。闘技場と名は付いているものの、実質的には多目的運動場といったところでしょうか。
そんな闘技場にて。
この日はいつにも増して大勢の人々が詰めかけていました。
『ゴォールッ! 子供の部、障害物競走の一着はゼッケン三番シモンくん! 続いて僅差で七番ライムちゃんもゴール! 他の子はまだかなり遅れているようです』
本日の闘技場で開かれている催しは魔王主催の大運動会。
つい十日ほど前に魔王が思いついてから参加者の募集をかけたのですが、上位入賞やブービー賞用にかなり豪華な賞品・賞金を用意したことで、当初の予想より遥かに多くの参加者が集まりました。
ちなみに現在は午前の最終競技。
子供の部の障害物競走がちょうど決着したところです。
「わはは! どうだ、おれの勝ちだぞ!」
「……むぅ」
「うふふ。二人ともお疲れさま。さあ、麦茶が冷えてますよ」
一、二着でゴールを決めたシモンとライムに、係員をしているアリスが冷えた麦茶と塩飴を配ります。今日のアリスは普段のスカート姿ではなく、動きやすい半袖シャツに短パン、髪はポニーテルにした動きやすい格好。別に自分が選手として大人げなく活躍する気はないのですが、そこはまあ場のTPOに合わせた形でしょう。
最初にゴールした二人から遅れること数分。
だんだんと三着以下の子供達もゴールに近づいてきました。
正しい道から一歩でも踏み外せば転落必至の溶岩地帯や針山地獄(アリスが幻覚魔法でそう見せているだけの普通の地面ですが)や、大人でも丸呑みにしそうな超大型鋼鉄ゴーレム(に見えるようガワを塗装しただけの綿人形)の妨害など数々の地獄を潜り抜けてきた子達です。面構えが違います。
懸命に走る姿が微笑ましく、観客達も笑顔で声援を送っていました。
「うおー、いけー、そこで差せー!」
「しゃあっ、三連複きたぁ! でかした息子、今夜はご馳走だぞぅ!」
『ご来場の皆様、投票券の払い戻しは一階中央口前の窓口にて――――次の大人の部、大トゲ鉄球転がしの投票締め切りまで十五分です。投票券を購入する方はお急ぎください――――繰り返します、ご来場の皆様――――』
懸命に走る姿が微笑ましく、観客達も笑顔で声援を送っていました。
何故だか泣き笑い風の人もいますが深く気にしてはいけません。関係ありませんが本イベントの収益は各地の慈善施設などに送られる予定です。
さて、そんな細かいことはさておいて。
いよいよ待ちに待ったお昼の時間です。
出場選手には競技の成績に関係なく無償で料理が振る舞われることになっています。中には家族が弁当を用意している者や闘技場内外の出店に足を向ける者もいましたが、大半は競技場の片隅に設けられた特設の昼食エリアに集まっていました。立食形式の食事会場には既にちょっとした人だかりができています。
「はい、串カツ盛り合わせお待ちどうさま。沢山あるから遠慮なくお代わりしてね」
「どんどん揚げますよー! お肉が苦手な人は野菜だけとかも出来ますから言ってくださいね?」
そこでは魔王と、目の粗い麻袋で顔を隠したリサが大量の串を揚げていました。
リサとしても普通に手伝いたいのは山々なのですけれど、こんな大勢の前に素顔を晒して勇者バレしたら運動会どころではありません。
なので妥協案としての変装です。どう見ても不審者ですが、主催者の魔王が隣にいるのと「こういうファッション」の一言で強引に通しました。本当にそれで通ってしまったのは、きっと些細な疑問も気にならなくなるくらい皆お腹が空いていたからでしょう。
空腹というスパイスをこれでもかと加えた揚げたての串カツ。
これは些細な疑問が吹っ飛ぶのも当然というものです。
最初、魔王は「勝つ」に掛けて安易にトンカツを出そうとしていたのですが、今回のような場で一人一人にトンカツを乗せた皿を配るのはイマイチ非効率。そこで変化球として串カツのアイデアでしたが、この変更は正解でしょう。
ソースや塩やレモンなどの味変アイテム、口の中をさっぱりさせるザク切りキャベツ、デザート用にカットフルーツなども用意して折り畳み式のテーブルに並べてあります。
「おいしい」
「うむ、美味い! トンカツなら何度も食べたが、こうして串に刺しただけで随分違う感じがするものだな」
キツネ色の衣をザクっと噛み破って、まず一口。
口の中を火傷しそうなくらい熱々のをフウフウ言いながら味わって、そこにキンキンに冷えたジュースやお茶でノドの奥まで流し込む。これまで普通のトンカツなら何度も味わったことがあるライムやシモンも大満足。
「この食べ方なら野菜も美味いや!」
「この小さい卵、普通の卵より好きかも」
他の子供達も負けじと大食い競争のような勢いで食べていました。
豚肉や牛肉以外にも、レンコンやアスパラガス、茄子、キノコ、うずらの卵などが人気の様子。普段は野菜嫌いの子も空腹のおかげか、あるいは料理法のおかげか美味しそうに色々な具材を試しています。
もう文句の付けようもありません。
これ以上もう何も言うことは……、
「さ、酒はないのかっ!?」
「ビールだ、ビールをくれぇ!」
子供達に文句はありませんが、大人達はその限りではないようです。とはいえ、アルコールを飲んだ後で運動するのは健康によろしくありません。そこで魔王が折衷案を出しました。
「それじゃあ、お酒を飲んだ方は午後の競技に参加できないってことで。それでもいいならいいですよ?」
「ああ、それでいいから頼む!」
「これで飲めないなんて拷問だ!」
「酒! 飲まずにはいられないッ!」
午後の出場選手が何人かリタイアすることになりましたが、まあ本人達はこの上なく幸せそうなので問題ないでしょう。アリスが転移魔法で店から持ってきた酒瓶を、次から次へと片っ端から空けています。
気付けば大人も子供も誰もが笑顔。
釣られてアリスやリサも楽しそうにしています。
「また来年もやれれば良いねえ」
まだ今日の運動会も半分残っているのですが、魔王は早くもそんなことを言いながら機嫌良く串を揚げ続けるのでありました。
◆串カツのアスパラ好き
◆あと一話くらいこっちを書いたら迷宮アカデミアの十一章を始めようかと思います





