冒険者のオヤツ事情
ある日のこと。
迷宮都市の冒険者ギルドにて。
「やっぱり、わたしは飴ですかね~?」
「おお、やっぱり飴系は定番だな。小さくて荷物にならんのも良い」
「歩きながら舐めるの楽しいですよね~」
ベテラン冒険者のガルド氏と、同じく冒険者のメイ、少々珍しい組み合わせの二人がお喋りをしていました。どうやら議題は冒険中のお菓子についてのようです。
「果物はどうだ? ドライフルーツとか砂糖漬けとか。こないだ試してみたバナナチップスとかいうのも良かったぜ」
「へえ、それは気になりますね~」
冒険者の仕事といっても護衛やら魔物退治やら色々ありますが、基本的には街の外で長く行動する必要があります。日帰りで行って帰ってこれる距離での仕事なら、たとえば朝のうちに買っておいたクリームたっぷりのケーキをお茶の時間に食べることも出来なくはないでしょうが、まあそういうのは例外でしょう。
冒険中のオヤツに求められるのは第一に日持ちや携行性。
軽く、持ち運びやすく、常温でも腐らず、そして当然味も良いこと。できれば安く沢山買えれば最高です。そこらに店屋がある街中での間食とは自然と勝手が違ってきますが、だからこそ工夫のし甲斐がある、と。
そう考えているのはガルド達だけではなかったようです。
二人の雑談に興味を惹かれたのでしょう。
野外でのオヤツに関して一家言ある冒険者達が周りに集まってきました。
「オレは何と言ってもベリーのジャムだな。瓶入りのやつを一個持っていって、野営中にお茶に入れて飲むんだよ。疲れなんてブッ飛ぶぜ!」
「缶詰もいいわよ。特に桃がオススメね。ちょっと値が張るし重いけど」
「おいおい、焚き火で炙ったマシュマロの味を知ってるやつはいねぇのか?」
あれが美味しい。
これが美味しい。
あの店のアレが良い。
こんな食べ方が良い。
皆、それぞれに強いこだわりがあるようです。
単に肉体の健康状態を維持するだけならば通常の食事だけでも十分ですし、間食のために荷物や出費を増やすことを無駄と断じる人もいるかもしれません。
が、肉体はともかく精神面の健康維持にはオヤツは不可欠。
言わば、これは必要な無駄なのです。
人によっては甘味ではなく酒類や煙草がその枠に入ってくるかもしれませんが結局は同じこと。無駄を楽しむ心の余裕のない状態が果たして健全と言えるでしょうか。いいえ、そんなことはないはずです。
さて、話を戻しましょう。
いつの間にやら周りの人数も増えてきました。
ギルドのロビーにはちょっとした人だかりができています。
元々は特に目的などない雑談だったのですが、お買い得な菓子店や食料品店の情報交換をしていたり、誰のオススメが一番美味しそうかの自慢大会をしていたり、話題も次々出てきます。その中にはこんな悩み事についての相談もありました。
「せっかくのチョコを持ち運んでるうちにベタベタに溶かしちまってよ。それはそれで無いよりゃ良いんだけど味や食感が落ちるのはなぁ」
「これからの時期、特に暑くなりますもんね~」
言い出したのはガルドですが周囲の冒険者達もうんうんと頷いています。
皆、どうやら同じような失敗をした経験があるのでしょう。
風味の良さやカロリー補給という面では非常に優れたチョコやキャラメルですが、温度条件次第で溶けてしまうのが難点。その点さえクリアできれば今後のオヤツライフが大幅に豊かになってくれるはずなのですけれど……。
「都合良く溶けにくくするレシピとかあればいいんだけどなぁ」
「チョコ系は難しいですからね~」
調理の心得がある者もいるとはいえ、彼らは食の専門家というわけではありません。素人が少し話し合って解決するような問題であれば、最初からこんな風に悩むこともないでしょう。
「いっそ冷蔵の魔法道具を背負って歩くのはどうだろ?」
「おいおい、そんなん重くて動けないだろ。そんなバカ高い物持ち運んで壊すのも怖いし」
「はは、だよなぁ」
しまいには、こんな元も子もない意見も飛び出してきました。
たしかに冷蔵庫を持ち歩いて野外を駆け回ることができるなら、溶けやすいお菓子に限らず新鮮な肉や野菜をいつでも食べられます。この世界の冷蔵庫は電力ではなく魔力によって稼働するので、電源の心配も無用です。
しかし、いったいどれだけの重さになるのやら。いくら鍛えている冒険者でも、普通に考えれば何日も冷蔵庫を担いだまま歩いたり走ったりするのは厳しいでしょう。
魔法の道具というのは大抵かなり高価な物ですし、下手な扱いをして故障でもすれば大赤字もいいところ。流石に現実的ではありません。意見を出した冒険者も半ば冗談のつもりだったのです……が。
「それだーッ!」
周囲のおとなしい態度をよそに、ガルドがとても良い反応を見せました。
具体的には、とても素晴らしい名案を耳にしたかのような顔をしています。
「ナイスアイデアだ! よし、善は急げだ。早速買ってくるぜ!」
「ええと、買うって……冷蔵庫を、ですか~?」
「ガルドさん、マジで担いで仕事する気なんスか!?」
「おう、マジもマジの大マジよ! よし、お前らに一つ良いことを教えてやろう」
ベテランの実力者として尊敬を集めるガルドは、周囲の若者達に言いました。
「筋肉だ、筋肉を鍛えろ。筋肉さえあれば世の中の大体の問題は解決する!」
この後しばらく、大きな冷蔵庫を担いで野山を元気に走り回る筋肉モリモリの大男の目撃証言が相次いだそうな。ついでに彼が冷蔵庫を購入した直後くらいから、溶けにくい焼きチョコが新しく売り出されて冒険者の間で流行ったりしたそうな。





