フルコース:作法
「できらぁ! えっ、同じ値段でフルコースを?」
突然出てきたコスモスが言いました。
もちろんアリス達にはまるで意味が分かりません。
「コスモス、なんだか今日はまた一段と、こう……正気が不自由ですね?」
「ふふふ、昨今のコンプライアンス的なアレに配慮した表現、流石ですなアリスさま」
とはいえ、コスモスの言動が意味不明なのは普段通り。
近頃はアリスやリサもだいぶ慣れてきて、余裕を持って落ち着いた対応ができるようになってきているような気がそこはかとなくしなくもありません。実際には吹けば飛ぶ程度の儚い余裕なのですが。
「それでお二人、今ちょっと小腹が空いていたりしませんか? そんなこともあろうかとフルコースの用意などしてきたのですが」
「コスモスさん、世の中には『そんなこともあろうかと』の一言でカバーできないこともあると思いますよ?」
「いいえ、リサさま。私は『そんなこともあろうかと』の持つ無限の可能性を信じますとも。信じる心が世界を救うと信じて! コスモス先生の次回作にご期待ください」
「それ、打ち切られてるじゃないですか……」
コスモスが出て来て早々に話題が横道に逸れています。逸れまくっています。
それを含めて普段通りと言えばそうなのですが、このままでは一向に本題が進みそうもありません。ひとまず細かい点は『そんなこともあろうかと』の力で無理矢理飲みこむことにして、アリスとリサは話の続きを促しました。
「ほら、先程リサさまが仰りかけていましたがテーブルマナーですよ、テーブルマナー。フルコースには付き物でしょう? 実際にフルコースを召し上がって頂きながら、実戦形式でお二人にちゃんとしたマナーを身に付けていただこうと思ったのです」
「貴女にマナーを説かれること自体が釈然としないんですけど……とりあえず続きをどうぞ」
「イエスマム。ほら、このまま順調にいけば、お二人は将来魔王さまと結婚するわけじゃないですか?」
「コスモス、『結婚』に変なルビ振られるの、かなり嫌なので止めてもらっていいですか?」
「で、そうしたらお二人は魔界の王妃さまになるわけです。ダブル王妃になるわけですよ。一人貰うともう一人付いてくる、セットでお得ですな。さて、そこまではいいですか?」
「色々言いたい点もありますけど、ええ、そうですね」
アリスとしては既にツッコミを入れたい気持ちがかなり高まっているのですが、ここでコスモスの話を区切るとまた本題と関係のない横道に逸れることは確実。どうにか堪えて、なるべく淡々とした反応を返しました。
事実、二人が魔界の王妃になるという指摘は間違っていません。肝心の魔王に王様としての威厳が欠けているためか、為政者としての仕事をほとんど部下に投げているせいか、そのあたりの実感はかなり薄いのですが。
さて、アリスとリサが将来的にそういう立場になるとして、コスモスが何を問題視しているかと言いますと……。
「王族ともなれば、外国のお偉いさん方を招いてお食事をしたり、逆にどこかの国に招待される機会もあるかもしれないでしょう? 実際にそういう機会が訪れてから慌てて準備をするのではなく、様々な状況を想定して日頃から備えておくに越したことはありません」
そう言われては頷くほかありません。
少々の無作法は「文化の違い」として飲み込んで貰えるかもしれませんが、最初から相手の寛容さを期待して出来る努力を怠るようでは怠惰の誹りは免れないでしょう。
「王族とは国の代表なわけですよ。大事な席で適切なマナーを知らずに恥を掻けば、当人のみならず魔界の人々までもが侮られかねないのです。お分かりですね? まあリサさまに関しては勇者としての知名度が高すぎて、現状では迂闊に公的な場に出られないのですが、それもいつか事情が変わって大っぴらに顔出しできるようになる可能性はありますし」
正論でした。
コスモスらしからぬ正論でした。
特に魔界の人々のためと言われては反論のしようもありません。
「ちょっ、大丈夫ですかコスモス! 貴女がそんなマトモなことを言うなんて、どこかに頭でもぶつけたんですか!?」
「ど、どうしよう? お医者さんとか呼んだほうが良いのかな?」
「ふふふ、お気遣いどうもありがとうございます」
アリス達は本気でコスモスの頭を心配していましたが、当の本人は平常運転。特に怪我や病気をしている風でもありません。
「というわけで、お二人には私のフルコースを召し上がっていただきながら、楽しくマナーを学んでいただこうと思ったのです。ふふふ、褒めていただいてもよろしいのですよ?」
そんなこんなで暇な午後のひと時に、急遽、コスモス主催のテーブルマナー教室が始まってしまったのでありました。