イタズラ向きの食べ物
「HEY YO! ライムさま、私とお喋りをしませんか?」
「うん」
いつか、どこかでのお話です。
またまた毎度お馴染みコスモスの奇行が始まりました。
「ふふふ、ちょっと面白い物を手に入れまして。さて、ここに取り出しましたのは何の変哲もないレモンです。レモン、ご存知ですよね?」
「ん。すっぱい」
コスモスがライムに見せたのは黄色いレモン。
ライムも魔王の店に通うようになってからは、幾度となくその果実を目にしています。とても酸味が強いのでそのまま生食するのには向きませんが、油っ気の強い揚げ物や渋味の強い紅茶に果汁を絞った物はライムも好んでいます。
「では手に取ってよく確認してください。特におかしな点はありませんね?」
「うん」
理由は分かっていませんが、ライムは促されるがままに手渡されたレモンを確認しました。少なくとも皮に包丁で切れ目を入れて中身を抜き出したとか、砂糖水に漬けて味を染み込ませていないことは確かです。
「ふつう」
「ええ、仰る通り普通のレモンです。さて、それでは失礼して」
「えっ」
わざわざレモンの実を検めさせて何がしたいのか。
疑問に思っていたライムですが、次のコスモスの行動には驚きました。いえ、元々感情表現に乏しい彼女の表情は見た目では全然変わっていないのですが、内心ではしっかりと思っていました。
なんと、とても酸っぱいはずのレモンの実をコスモスがガブリと齧ったのです。その姿を見ただけで釣られて口の中にツバが湧いてきそうなものですが、本当に驚くべきはここからです。
「ふふふ、“甘い”ですな」
「あまい?」
人格はともかくコスモスの味覚は正常なはずです。
まともに考えれば未加工のレモンをそのまま齧れば強烈な酸味で口の中が大変なことになってしまいそうなものですが、ライムの見たところ無理をしている様子は一切ありません。しかも続けて二口三口と皮ごと食べ進めています。
「いやぁ、甘い甘い。ライムさまも一口いかがですか?」
「ん」
もしかしたら、普通のレモンと同じように見えて味が違う別の品種なのだろうか……みたいなことを考えながら受け取った果実を試しに齧ってみたライムは、
「…………っ!?」
口の中が酸味で大変なことになりました。普段はあまり動かしていない表情筋が口内のパニックに伴って大きく躍動し、目を白黒とさせています。
「ライムさまのレア表情いただきました。ご馳走さまです」
「……むぅ。いじわる」
コスモスはそんな可愛らしい姿を一通り堪能すると満足したようです。
ここでようやく手品の種明かしを始めました。
「実はですね、先程お話を始める前にコレを食べておいたのですよ」
コスモスが取り出したのは小さめの飴玉ほどのサイズの赤い果実。
「名前をミラクルフルーツと言いまして、この実自体は大して甘いわけではないのですが、実は――――」
ミラクルフルーツ。
奇跡という名に相応しい奇妙な性質の果実です。
この実そのものには特にこれといった強い風味はないのですが、果肉に含まれるミラクリンという成分が舌に付着することで、一時的に酸味が感じられなくなってしまうのです。
元々酸っぱいレモンも、酸味が感じられない状態であればそのまま食べるのも苦ではありません。コスモスはこの実を使ったトリックでライムにイタズラを仕掛けたというわけです。
「あまい。ふしぎ」
「面白いでしょう?」
「おもしろい、けど……むぅ」
ライムも自分の舌でミラクルフルーツの効果を確認して感心していました……が、それはそれ。見事に引っ掛かってしてやられたのは面白くありません。
「ふふ、これは失礼。お詫びにとっておきのケーキをご馳走しましょう」
「ケーキ……ん。ゆるす」
もっとも、ケーキに釣られてすぐ許す気になったようですが。
だが現金と言うなかれ。見た目は小さくとも、ライムは自分をからかってきた相手をも許せる器の大きな女なのです。
「それでは、すぐに厨房からケーキを取ってきますから、こちらのお茶でも飲んで待っていてください。少し苦いですけど健康に良いお茶なんですよ。ギムネマ茶と言うんですが」
「ん。わかった」
コスモスのイタズラは隙を生じぬ二段構え。
甘みを感じられなくなる特殊なお茶の効果をライムが体感するまで、あと三分ほど。
◆ミラクルフルーツは日本でも有名なのでご存知の方も多いかも
◆多分もう一話くらいこっちを描いたら、ぼちぼちアカデミアの新章に移りますね。早いもので、あっちはいつの間にかもう十章です。話数も六百話の大台が見えてきました。