新じゃがチルドレン
多くの人が暮らす迷宮都市。
その中には生徒に学問や技術を教えるための学校も存在します。
基礎的な読み書きや計算。
より高度で本格的な学問。
職人仕事で求められる技術。
魔法や芸術、農業や外国語や家事一般。
武術の道場なども広義の学校と言えるかもしれません。
この世界での多くの国と同じように教えるための免許などは不要。
教えるための場所や人員を確保して、あとは役場への簡単な届出を済ませれば誰でも『先生』になることができます。もっとも生徒側の転入や転出も気軽にできるため、指導力の低い教師の下からはすぐ生徒が離れてしまいますが。
生徒の層に関しても、年齢一桁の児童だけを対象に教える場から、すでに成人した大人だけを対象にした教室。生徒や保護者の需要に応じて女子校や男子校などの仕組みを取っている学校など様々です。
さて前置きが長くなりましたが、そんな迷宮都市内にある学校のひとつ。
主に六歳から十歳前後くらいの子供に基礎的な学問を教える学校に、エルフの少女ライムとシモン王子の姿がありました。
「ほう、学校とはこのようなものか。なかなか興味深いな」
「ん。たのしそう」
別にこの二人が新しく入学してきたわけではありません。
ましてや近場の学校をシメてやろうと抗争を仕掛けにきたのでもありません。
そもそもシモンは教育係のクロード氏や他の家庭教師達に、ライムはエルフの村で両親や暇を持て余した近所の大人から学問を教わっています。
それでもあえて同年代の子供が集う学校に通うことに全くメリットが無いわけでもないにせよ、少なくとも知識の習得という観点からすると、わざわざ通う必要性は薄いと言わざるを得ないでしょう。
それにも関わらず二人がこの場にいる理由とは、
「あっ、いたいた」
「本当に来てくれたんだ」
「二人とも早くこっち来いよ」
普段から遊び仲間として交流のあるこの学校の生徒達に、校内で行われるちょっとした催しに誘われたから。シモンとライムは案内されるがままに不慣れな学校の敷地内を進み、そして。
「りっぱ」
「うむ、思ったより広い畑ではないか。この街にこんな場所があったとはな」
校舎の裏手に作られたジャガイモ畑へと辿り着きました。すでに多くの子供達が教師に見守られながら新じゃが掘りの作業を進めていました。
そう、本日の目的は新じゃがの収穫。
シモン達も土で汚れてもいいような動きやすい服装で来ています。
生徒達が当番制で世話をしたジャガイモは素人目にも一目で分かる大豊作。新たに二人増えた程度では到底足りなくなるようなことはないでしょう。
「とはいえ、今更言うのもなんだが部外者のおれ達が来ても良かったのか?」
「ああ、それは大丈夫だよ。校長先生が――――」
シモンの疑問には知り合いの子供ではない別の声が答えました。
「おお、これはこれは王子殿下。ようこそいらっしゃいました!」
「うむ、察するに貴殿が校長か。厚意、感謝する」
「いえいえ、とんでもない! この程度で王族にコネを……ごほんっ。いえ、王子殿下に拝謁する栄誉を賜れると思えば何のその。うちの生徒達に殿下のことを聞いた時は心底驚いたものですが」
「う、うむ? まあ、とにかくよろしく頼む」
穏やかな紳士然とした校長氏は見かけによらず逞しい性格のようですが、まあ、それはそれ。多少の打算はあるにせよ別に悪人というわけではなさそうです。
ともあれ、シモンとライムの二人は生徒達に交じって芋の収穫を始めました。
本職の農家ほどの量と面積を相手取るならともかく、新じゃが掘り自体はさほど難しい作業でもありません。畑の土は柔らかく、芋のツルを引っ張ると地面の下から小さな芋がゴロゴロと出てきます。
「おおっ、思ったより沢山取れるのだな」
「ん。いっぱいでた」
シモンもライムも普段から鍛えている身。身体能力を強化する魔法で筋力や皮膚の丈夫さを増し、大人顔負けのスピードで次々と掘り進めていきます。
作業を進めるうちに要領を掴んできて、一気に強く引っ張り過ぎて芋を地中に残したままツルが千切れてしまうような失敗もなくなりました。
一度、地面から大きなミミズが出てきて、
「きゃっ!?」
「む、今この辺から妙に可愛らしい悲鳴が聞こえたような? ライムよ、今の声が誰だか分からぬか?」
「……しらない。きいてない」
「そうか? では、おれの聞き間違いだったか」
ちょっとばかり作業の手が止まる些細なトラブルはありましたが、それ以外は何事もなく順調に進み、本来予定されていた時間よりかなり早めに収穫作業は終わりました。
◆◆◆
そして、この後はお楽しみの時間です。
「さあ、ちゃんと手は洗ってきましたね? どんどん揚がりますから手を洗った子から順番に受け取るように」
「こら、そこ! 横入りすると一番最後に回しますよ」
調理の心得がある教員達が収穫されたばかりの芋を次々と料理しています。
調理法としては至ってシンプル。
芋を水洗いして表面の土を落とし、油で揚げて塩を振っただけ。小振りな芋はそのまま丸ごと、やや大きめの芋も包丁で二つに割った程度にしか手を加えていません。
しかし、そんな単純な料理にも関わらず。
「う、美味い!」
「ん!」
この単純な揚げ芋が実に美味い。
幼いながらに色々と美味しい物を食べてきた二人ですが、これまで味わってきた様々なご馳走にも決して見劣りしません。自分達の手で掘り出した体験と空腹が絶妙なスパイスになっているのでしょう。
成熟した芋にはない瑞々しい風味。
泥臭いという意味ではない、良い意味での土の香り。
まるで大地の生命力そのものを頬張っているかのようです。
「まだまだありますから慌てずにちゃんと噛んで食べるんですよ」
「お代わりが欲しい人は列の後ろに並んでね」
「お代わりとな! 行くぞ、ライム」
「うん!」
それからシモンとライムは他の生徒達と一緒に何回もお代わりをして、一時間も経つ頃には揚げた芋だけですっかりお腹いっぱいに。しかも子供達全員が満腹するまで食べたのに、収穫した芋はまだまだたっぷり残っています。食べきれなかった分の芋に関しては、それぞれがお土産として持ち帰る形になりました。
「ううむ、実に美味かった」
「ん。まんぞく、まんぷく」
「この土産の芋は皆にも是非食わせてやらねばな。じいに、リサとアリスに、ついでに魔王にも分けてやるか」
そうして、お土産を手にした二人は上機嫌で帰途に就くのでありました。
◆最近食べた新じゃががやたら美味しかったので
◆芋の芯が硬くなってしまう場合は揚げる前に軽くレンチンしておくと食べやすくなります
◆ぼちぼち迷宮アカデミアの新章も書き始めていきます





