勇者、魔界を観光する①
地平線の彼方まで続く広大な農地が勇者の目の前に広がっています。
よく耕されていて農業の邪魔になる大きな石などは取り除かれていますが、この辺りは休耕地なのか所々に小さな野花が咲いているくらい。肝心の作物の姿は見当たりません。
魔界を観光するにあたり、面白いモノが見れるらしいと聞いて最初にここにやってきたのですが。はてさて、面白いモノとは一体何なのでしょう?
案内役をしてくれている四天王のガルさんは、「わたしの驚く顔が見たいから」と言って教えてくれません。ここで待っていればソレがじきに姿を見せるという話ですが……。
じきに姿を見せるという言葉からすると、珍しい動物や鳥あたりかな?
そんな風にぼんやり予想しながら待つことしばし、やがて地平線の向こうから無数の生き物の影が姿を現しました。
それを見て最初に連想したのは、テレビのドキュメンタリー番組か何かで見たバッファローの大群です。何万、何十万という生き物の群れがこちらに向かって進んでくる様子には異様な迫力があります。
しかし、その大群が近付いてきて姿がはっきり見える距離にまで来ると、わたしは自分の中の常識とあまりにかけ離れた光景に驚愕しました。
その大群とは、動物ではなく一見なんの変哲も無い野菜や穀類。
トマトやトウモロコシやキュウリやその他もろもろの野菜や果物たちが、のっしのっしと根っこを足のように器用に動かして歩いてきたのです。
驚きのあまり固まっているわたしをよそに、野菜たちは広大な畑の中に進み入ると、一定間隔を保って各々が次々と地面に根を下ろしました。
なんというか「どっこいしょ」と腰を下ろしたかのよう。
いえ、実際には声までは出していないのですが。
そうしてほんの数十分後には、何も植わっていなかった広大な土地が見渡す限りの大農地へと変貌を遂げていたのです。わたしの驚き顔がよほど面白かったのか、ガルさんは横でガハハと笑っていました。
さて種明かしをすると、これらの作物はすべて魔物の一種なのだそうです。
動く木の魔物というとトレントが有名ですが、これらの作物は元々普通に地面に植わっていた植物を品種改良した上で、魔王さんがどこぞの異世界の謎技術で魔物化して、トレントのように自分で歩きまわれるようにしたのだとか。
見た目は奇怪ではありますが、そのメリットは案外少なくありません。
作物の一株一株が各々が好む日当たりの良い場所や、土中の水分や栄養が多い場所に勝手に移動してくれるので、農作業が格段に効率化。一つ一つの作物の大きさや成長速度にも良い影響があるようです。
それに一応は魔物といっても、光合成と地面から栄養を吸い上げるだけで生きているので危険はほぼ無し。それでいて害虫くらいなら自分で退治してくれると、まさに至れり尽くせりです。
魔王さんはこれを見越して品種改良を……というワケではなく、何となく思いついて面白そうだったからやってみたら、結果的に便利なモノが出来たというのが真相らしいです。
ちなみに「動物みたいな植物」の反対に、ウシやブタやサカナが生る木を作ろうともしたそうですが、そっちは悪趣味が過ぎて周りからストップがかかったとか。
一見、物腰柔らかで親切そうなために誤解しがちですが、魔王さんは基本的に自分がやりたいことを好き勝手にやってるだけの人なのでしょう。妙なところで魔王らしいというか、常識が欠如している割に異常に能力が高いのが厄介です。
さて、気を取り直して目の前に出現した大農場に向き直ります。ガルさんに勧められて、手近な所にあったトマトを一つもいで食べてみました。
食べる時に悲鳴を上げたりしたら嫌だなぁ、と思ったものの特に抵抗や反応らしい動きはありません。普通に新鮮なトマトの味がしました。
続いてキュウリを一本かじってみます。
こちらも普通にキュウリの味が。
どうやら味は普通の作物と変わらないようです。
いえ、普通に美味しいならそれで十分なんですけどね?
その後、色々な野菜を食べたり収穫を手伝ったり、お土産に収穫物の一部を貰ったりして魔界観光の一日目は終了しました。
芋掘りなんて小学校の遠足以来でしたが意外と面白いものです。
当時のわたしに「貴女は将来異世界に来て芋掘りをすることになるんだよ」と言ったらどういう顔をするでしょう……ちょっと考えましたが、頭がおかしいと思われるだけな気がします。
自分で考えてちょっと凹んだので、そういうことはなるべく考えない方向で。
いや、ホント異世界まで来て何でお芋掘ってるんでしょうね、わたし?
ちなみに、こういう魔物化した作物以外の、ごく常識的な方法で栽培している作物もそれなりにあるそうです。というか実は全体の七割は普通の作物だそうです。
魔物作物は活きが良すぎてたまに収穫前に逃げ出すので、収穫量のバラツキを抑えるために普通の作物も育てないといけないとか。
あの生命力を考えると、脱走して野生化した野菜たちはきっと魔界のどこかでたくましく生き抜いているのでしょう。その胸中は果たしてどのようなものなのか。
昔観たことのあるSF映画に、コンピュータが人間に反乱を起こして逆に支配してしまうような筋書きの作品があったのを思い出します。
いつか逃げ出した野菜たちが徒党を組んで魔族に反乱を起こしやしないかと、他人事ながらちょっぴり心配になりました。