骨無しチキンのポンコツ仕立て ~抹茶の清涼感を添えて~
前回の続きです
リサと魔王のデート中。何やら聞き覚えのある声が聞こえたと思えば、留守番をしているはずのコスモスとアリスがそこにいました。
「まあ偶然通りかかったというのは嘘なのですが」
「それは言われるまでもなく分かりますけど」
ちなみに、ここは日本の繁華街にある喫茶店。
偶然通りかかったはずもなく、まあつまりはコソコソと尾行していたのでしょう。罪悪感からか、アリスはただでさえ小柄な身体を更に縮こまらせて申し訳なさそうにしています。
「いえ、私としても分かってはいるのですよ? この前はアリスさまが魔王さまと二人で出掛けたから今回はリサさまのターンだということは。ただお店のほうで少々トラブルが発生しまして」
一方のコスモスはというと、そもそも自分から声をかけて正体を明かした点からも分かるよう、今回は正直に事情を話すつもりのようです。
「トラブルって何ですか?」
「ええ、アリスさまがちょっと」
コスモス曰く。
本来であればアリスは店に残って、普段と同じようにレストランの仕事をするつもりだったのです。魔王が抜けた分の調理の手は臨時で入ったコスモスが補う形で。念の為、コスモスの弟妹たちも予備の労働力として呼んでありました。
……ですが。
「魔王さまとリサさまのことが気になるのは分かりますが、朝からずっと上の空で靴下は裏表逆に履くわ、注文は間違えるわ、グラスは割るわで……まあ、はっきり申し上げるとこのポンコツ女が仕事の邪魔にしかなりませんで」
十分な労働力を確保してあったつもりが、ポンコツになったアリスが足を引っ張るせいで問題が続出。普段であればテキパキと仕事をこなすのですが、今日に限っては何もしないでいてくれたほうがマシだという程に注意力が落ちていました。
「だ、だって気になるんですもん……」
「黙らっしゃい。この骨無しチキンが(※チキン=臆病者の意)」
「骨無しチキン!?」
「しまいには衣を付けてカラっとジューシーに揚げますよ」
「ひどいっ!?」
そのようなやり取りがあった末に、いてもいなくても同じ……否、むしろいたほうが邪魔な置き物と化したアリスをコスモスが引っ張ってきたというわけです。
ちなみに二人が抜けたお店の心配はいりません。
コスモスの弟妹であるホムンクルスたちは、長姉と同じく世の中に存在する大体の仕事は無難にこなせる程度には万能なのです。
「ええと、それなら仕方ない……のかな? アリスも一緒にパフェ食べて行く? 美味しいよ?」
「ご、ごめんなさい。あからさまに気を遣わせてしまって……」
アリスたちがこの場にいる理由を聞かされて(ちなみに話の最中に隣のテーブルが空いたので喫茶店のスタッフに頼んでそこに入れてもらいました)、リサもひとまず納得しました。本来であればデートの邪魔をされたことを怒るべき場面なのかもしれませんが、話に聞いたアリスのポンコツぶりにすっかり毒気を抜かれてしまったようです。
「やれやれ、ありがとうございます。リサさまは太っ腹ですね。お腹が太いですね」
「コスモスさん、わざわざ言い直さないで下さい!」
これで一件落着のはず、なのですが。
「それに引き換えアリスさまと来たら、危機感が足りないのではありませんか?」
「危機感、ですか?」
「はい。リサさまと仲良しなのは好ましいことですが、アリスさまはこのおっぱいと対等に張り合っていかねばならぬ身なのですよ」
「こ、このおっぱいと? ……ごくり」
「そうです、このおっぱいとです。ただでさえ物量で負けているのにメンタルでも負けてどうするのですか」
「……あのぅ、二人で人の胸を凝視しながら話すの止めてもらえます?」
今日のコスモスの言葉の切れ味はいつも以上。
奥手に過ぎるアリスに発破をかける意図は一応伝わってきますが、全方位に振り回される言葉のナイフで無意味に周囲のメンタルを削ってきます。
「そもそも告白パートはもう済ませたでしょうに。アリスさまに至ってはその上で想い人と同棲しているというのに、どうして具体的な進展が何もないんですか? 一歩進んで二歩下がるんですか?」
「どうしてって、その、恥ずかしいですし……」
「まったく、いつまでもウジウジと。この……宇治金時が」
「うじ……え、何です?」
「いえ、流石にウジウジっぷりを蛆虫に例えるとガチ罵倒っぽくなって聞いてる人が引いちゃいますからね。代わりに抹茶の清涼感で爽やかな罵倒に仕上げてみました」
「爽やかさを追求した結果、言葉の意味が迷子になってますよ。いえ、決して罵倒されたいわけではないですけど」
言葉選びはやけに際どいところを突いてきますが、コスモスに悪意がないのはアリスやリサにも分かりました。ちなみに、かなり早い段階で話に入るタイミングを見失った魔王は一人で黙々とパフェを突いています。
「ところでコスモス、なんだか今日は私への当たりが強くないですか?」
「おお、お分かりになりましたか。実は芸風の幅を広げるためにキレ芸なるものに挑戦してみたのですよ。如何でしたか?」
「思いのほか傷付くので個人的には控えてもらいたいですかね。あと、貴女のそのお笑いに対する飽くなき向上心は何なんですか?」
「それはもう、世界中の人を芸で笑顔にするのが私の夢ですので」
「そうですか、そんな夢があったとは知りませんでした。まあ悪いことじゃありませんし存分に頑張ってください」
「世界中の人をアリスさまへのイジリ芸で笑顔にするのが私の夢ですので」
「前言撤回します。その夢はただちに諦めてください!」
魔王から離れてポンコツになっていたアリスも、だんだんと普段の元気を取り戻してきたようです。コスモスのボケに対するツッコミの切れ味も戻ってきました。いやまあ、判断基準がそこなのは色々とおかしいと思われるかもしれませんが。
「やれやれ、アリスさまは私がいないと駄目なんですから」
「貴女がどのポジションから話してるのか私には分かりませんよ」
きっと、まだまだ当分は似たような日々が続いていくのでしょう。