気合と肝っ玉のパルフェ
前回の続きです
さて、アリスと魔王が二人で出掛けた数日後のことです。
「人がお勉強してる間にアリスだけ魔王さんとデートとか、そういうのは不公平なのではないでしょうか? 端的に言うとすっごく羨ましかったので、わたしともお出かけしましょうね。二人で、ですよ」
「あ、はい」
無事に学校の試験期間を終えたリサが、柄にもない強引さで魔王にデートの誘いをかけていました。リサとアリスの関係は基本的には良好なのですが、妬ましいだとか羨ましいだとかの気持ちが湧かないわけでは決してないのです。
当のアリスにしてみれば頭が真っ白で楽しむ余裕などなかったと言うかもしれませんが、それはそれ。一つのドリンクを二人で飲むとか、それ以前に二人きりでショッピングを楽しむだとか、そういう恋人らしいことをしてみたい気持ちはリサにだってあるのです。
◆◆◆
さてさて、そんなこんなで更に数日後。
「ここのお店、クラスの友達から聞いてずっと来てみたかったんですよね。ブランド品種の苺をたっぷり使ったパフェが名物らしいですよ」
「そうなんだ、美味しそうだねえ」
リサと魔王は二人でパフェが有名な喫茶店を訪れていました。
場所はリサの実家の最寄り駅から三駅ほど先の繁華街。
日曜日の昼過ぎとあって店の内外は大勢の人々で賑わっています。
「あ、席が空いたみたいですよ」
「あんまり並ばずに済んでラッキーだったね」
少々の待ち時間の後に席に案内された二人は早速メニューを選びます。
「名物のパフェは当然頼むとして……おっと、パフェ一杯で二千円近くとはなかなか強気な。でも一日当たりの客数をこれくらいと考えると、仕入れ値と一組あたりの平均売上が多分このくらいだから……うん、この内容なら割高感よりむしろお得感がありますね」
「ええと、お金のことなら僕が出すから心配しなくても大丈夫だよ?」
「ああ、いえいえ。これでもお給料を貰ってる身ですし、お金が足りないとかではなくてですね。これも一種の職業病って言うんでしょうか。もしくは数学のテスト勉強の後遺症かもです」
飲食店に入ったことで半ば無意識に仕事モードに切り替わって計算を始めてしまったリサですが、今日は楽しいデートの日。意識的に思考をオフ用のものに切り替えました。
「そういえば、今日の服は初めて見るけど可愛いね」
「そ、そうですか? えへへ、実は今日のために新しく買ったんですよ」
「もしかして髪も少し短くした? 可愛いね」
「えへへへへへ、分かります? 実は昨日美容院にですね」
正直、リサとしては鈍感な魔王がそのあたりの変化に気付くことにはほとんど期待していなかったのですが、こだわってお洒落をしたポイントを的確に見抜いて褒めてきました。
意外ではありますが、もちろん悪い気はしません。
これだけで様々な苦労が報われる思いでした、が。
「ええと、それから」
「ふふふ、それから何です?」
「試験勉強に取り掛かる前より少し太った? 可愛いね」
「……魔王さん?」
リサは自分でも意外なほどドスの利いた低い声を出しました。
魔王も言葉の選択を誤ったことに気付いたようです。
「あれ、おかしいなあ? 常連のガルドさんが女の子と出掛ける時には普段との違いを見つけて、とにかく褒めろって教えてくれたんだけど」
「どうも魔王さんらしくないと思ったら、そういうことでしたか。違いなら何でもいいってわけじゃないんですよ。特に女の子に太ったとか言ってはいけません。いいですね?」
「なるほど、勉強になるなあ」
魔王がらしくもなく気の利いた褒め言葉を口にしていたのは、どうやら常連のガルド氏による入れ知恵が原因だったようです。いやまあ、この場合の失敗はどう考えてもアドバイスを受けた魔王の応用力の低さによるものなので、助言者サイドの責任を問うのは酷というものでしょうが。
まあしかし、リサも魔王の性格というのは重々承知しています。
これも惚れた弱みというものでしょうか。
もちろん細かな変化にすぐ気が付いて褒めてくれるのも悪い気はしませんが、素直すぎて抜けたところが目に付くくらいのほうがしっくり来てしまうのです。困ったことに。
「お待たせしました。ご注文の苺パフェとカフェラテです」
「あ、はーい。ありがとうございます」
ともあれ、互いの近況や気になったレシピや食材などの話をしているうちに、目当てのパフェと飲み物が運ばれてきました。
ちなみにパフェという言葉の語源はフランス語で「完璧」を意味するパルフェ。英語で言うならパーフェクト。完璧なデザートという意味を込めて名付けられたのだとか。
「よくよく考えるとすごいネーミングですよね。わたし、良い感じの創作料理のレシピを思いついても流石に『完璧』ってメニュー名にしようとは思いませんもん」
「きっと、それだけ自信があったってことなんだろうね」
運ばれてきた苺パフェは、「完璧」の名を冠するのに相応しいと納得させられるだけの豪勢な盛り付けです。苺のムースやシャーベットが幾層にも重なっており、最上段には大粒で形の良い苺をカットした物が大輪のバラのような形になるよう飾られています。
「話には聞いてましたけど実物はもっとすごいです!」
「すごく凝った盛り付けだなあ。可愛いね」
「ええ、本当に。それはそうと魔王さんは褒め言葉の語彙をもうちょっと増やしてくださいね」
見た目に関しては文句なし。
「ああ、幸せです……」
「うん、美味しいね」
そして肝心の味についても文句なし。
新鮮で薫り高い苺の甘さ、酸っぱさ、食感。
飽きさせないための味の変化まで計算された見事な逸品です。
リサは思わずふにゃりと頬を緩め、魔王も普段の三割増しくらいニコニコしています。きっと、このまま普通に食べるだけでも満足の行く休日になることでしょう……が。
「魔王さん、魔王さん」
「どうしたの?」
「どうぞ。はい、あーん」
本日のリサは百点満点をも超えた百二十点狙い。
先日、話に聞いたアリスと魔王とのドリンク絡みの一件。
それと同等以上に親密な恋人的ムーブを見事に決めて、まさにパーフェクトなデートにしようと目論んでいるようです。リサとしても人前で「あーん」をすることに恥ずかしさを感じないわけではないのですが、
「ええい、女は気合と肝っ玉です!」
と、誰かさんと同じようなことを考えながら勇気を出しておりました。
そしてフォークに突き刺した苺を魔王の口元に向けて――――、
「やあやあ、こんなところで奇遇ですな」
「こら、コスモス。しーっ! 話しかけたらバレちゃうじゃありませんか!」
食べさせる前に、横合いから聞き覚えのありすぎる声が聞こえてきました。