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迷宮レストラン  作者: 悠戯
いつか何処かの物語

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不味い食べ物の話


 早朝。アリスとリサと魔王が三人でデート……かどうかには疑問の余地があるけれど……迷宮都市の食材市場で様々な食材を眺めながら歩いていました。


 別に商売で使う食材の仕入れというわけではありません。

 魔王の店で使用する分は定期的に配達される手筈になっています。


 だから、これはあくまで趣味の一環。

 様々な業者が出入りする市場には思いもよらぬ良品珍品が並ぶこともありますし、新鮮上等な食材を眺めながら「この素材にはどういう味付けが合うだろう」とか「この材料を使ってあの料理を作ってみたい」など考えるのはとてもワクワクすることです。時折同行するコスモスは「まるでテーマパークに来たみたいでテンション上がりますな」などと言っていました。


 この日も散歩がてらに市場内をぶらぶら歩き、買い物や買い食いなど楽しんで、さて、そろそろ引き上げようかという頃合いでのことです。



「あら?」



 とある店先でアリスが足を止めました。



「アリス、何か見つけたの?」


「ええと、ここは穀物関係のお店かな」



 置いてある品物は、大麦小麦にトウモロコシ、その他諸々の穀物類。

 特に目を引くような品はありません。

 額に一本角の生えた魔族の老婆が店番をしていますが、あまり客が来ずに退屈なのか、うつらうつらと船を漕いでいます。


 普段ならアリスも気に留めることなく通り過ぎていたでしょう。

 しかし、あえてそこで足を止めたのには理由がありました。


 売り物の穀物は既に一定量ずつ袋詰めされていましたが、見本として少量ずつが小皿に出して置かれています。とはいえ、パンや麺ならともかく加工前の穀物など見てもさして面白いものでもありません。


 アリスがその品に注目したのも、面白さではなく懐かしさゆえ。

 それも、どちらかというと愉快でない種類の懐かしさの。



「これは……久々に見ましたねえ」


「このゴツゴツした麦のこと? わたしは初めて見ましたけど、魔王さんは知ってます? お店にも置いてないですよね」


「僕も見たことな……いや、ずいぶん前に見た覚えがあるような気もする。どこで見たんだったかな?」



 アリスが指差した先には、普通の麦や米と比べて妙に角ばってゴツゴツとした穀物が。一粒一粒がやたらに大きく、成熟した大豆以上のサイズがあります。どうやら麦の一種のようで、値札には異常に安い金額と共に『鬼麦』という名が書いてありました。



「へえ、どんな味なのかな。久々ってことはアリスは食べたことあるの?」


「ええまあ、食べたことがあるというか……」



 リサとしては未知の食材への好奇心から気軽に味を尋ねただけだったのですが、アリスはどうにも返答に困っている様子です。

 答えるのは簡単ですが、今まさに販売している店の前で正直に言うのは営業妨害になってしまうかもしれない。それくらいに、ひたすらに、とんでもなく……、



「……鬼麦の味かい? そりゃあ、不味いに決まってるさ」


「あ、お店のお婆さん……って、不味いんですか?」



 アリスが返答に困っていると、いつの間にやら目を覚ましていた店番の老婆が代わりに答えました。



「ああ、不味いとも。なんせ、ネズミも食わないってほどだからね。口の悪い年寄り連中はゾンビ麦なんて呼ぶくらいだ。ああ、別に毒とかはないし、食ったってゾンビにゃならんから安心しな」


「そ、そうなんですか?」



 鬼麦。

 俗称はゾンビ麦。

 この世界や地球には存在しない魔界原産の植物です。

 その特徴は、少ない水と痩せた土地でも育つ生育力と繁殖力。

 人が世話をしなくとも勝手に自生する手間要らず。

 かつての食料不足が常態化していた魔界で人類が辛うじて絶滅しなかったのは、この植物のおかげと言っても過言ではありません。



「あ、思い出した。僕がまだ魔王になってすぐの頃に見かけたんだった。自分で食べたことはなかったけど」


「まあ、他に食べる物があるなら、わざわざ食べたい味でもありませんから」


「そんなに不味いんだ?」


「それはもう! 脱穀したのをお粥にしたり、粉に挽いたのを捏ねて焼いてパンにしたりするんですけど、食感はボソボソで飲み込むのにも苦労しますし、嫌なエグみと苦みが口の中に残り続けて、一噛みするたびに気分が滅入るような……言葉だけでは説明しにくいんですが、それはもう不味いんです」



 先程は遠慮していましたが、売っている人間が悪く言うのを聞いた後だからか、今度はアリスも手加減がありません。最後に食べてから百年ほども経つのにこの言いようということは心底不味かったのでしょう。



「そうそう、この不味さは実際に食った奴じゃないと分からないさ。栄養だけはあるが、他に食べる物があるのにわざわざ食うモンじゃないね」


「ええと……じゃあ、お婆さんはどうして売ってるんですか?」



 と、ここでリサが根本的な疑問を口にしました。

 何故、不味いと分かっている品を売っているのか。鬼麦に付けられた値段はタダ同然の捨て値ですし、儲け目的でもなさそうです。



「ウチの裏山に生えてたのを見かけてなんだか懐かしくなっちまってね。で、気紛れに刈り取ってみたはいいけど、可愛い孫にこんなもん食わすのは可哀想だろ? かといって収穫した以上は捨てるのも気が引ける。それならいっそ、どこかの物好きに押し付けちまおうってね」



 老婆をそこで一旦言葉を切って、それから三人に言いました。 



「それでどうだい? 先代さまに今代さま、黒髪のお嬢ちゃんも。金はいらんから持ってっちゃくれんかね?」








 ◆◆◆







「……で、貰ってきちゃったわけですけど」


 アリスは最後まで返事を渋っていたのですが、魔王とリサは未知への好奇心が警戒を上回ったのか、魔族の老婆から鬼麦の大袋を貰ってきてしまいました。あれだけ不味い不味いと言われていたことが、かえって興味を惹く結果になったようです。



「聞いた感じだと普通に炊くだけじゃ厳しそうですね。お酢とか重曹でアク抜きできるか試してみましょうか」


「味の濃いスープでリゾットみたいに煮るか、いっそ麺でも打ってみるのもいいかも」


「……私はフロアの掃除をしてますね」



 リサと魔王は楽しそうに調理法の案を出し合っています。

 そんな様子を眺めるアリスには軽い疎外感と、期待も少々。


 かつての魔界には調味料も調理法もロクにありませんでした。

 味付けといえば、ごく少量の岩塩のみ。

 調理法といえば煮るか焼くか。

 一応、パンの類は存在しましたが粉を捏ねて焼いただけの無発酵パン。

 素材の味を活かしたと言えば聞こえは良いですが、その肝心の素材が美味しくないのだからどうしようもありません。

 

 ですが、今はそんな食糧難の時代とは違います。

 百年の時を経て、魔界の食は単なる栄養補給から立派な文化へと昇華しました。

 その多様な調理法と味付けをもってすれば、ネズミも食わないゾンビ麦も美味しくなるのでは……なんて期待もアリスにはあったのです。

 もしも有効な加工法が見つかれば、万が一、将来的に食糧難が再来した際の対策にもなり得ます。まあ、淡い期待を上回るほどの不味さの記憶も根強くあるのですが。



 そして、あっという間にこの日の夜。



「パンにパスタにスープに……これはまた随分と沢山作りましたねえ」


「ふふ、お婆さんに貰ったの全部使っちゃった」



 お店の営業中にも空き時間を利用して、魔王達はせっせと色々作っていました。

 パンは肉入りの惣菜パン風。

 チーズやサラミを乗せて焼いたピザ風も。

 麺類はそのままでは上手く粉がまとまらなかったので、繋ぎに卵や少量の小麦粉を使用してからの、鍋焼きうどん風や豚骨ラーメン風。ラビオリ仕立てにしてトマトソースやチーズと一緒にオーブンで焼いた物もあります。

 それ以外だと、スープで煮てリゾットや中華粥っぽく仕上げてみた物なども。一品ごとのボリュームはさほどでもありませんが、色々なアイデアを試すために品数はかなり多くなっています。



「……見た目は美味しそうですね」



 アリスの目から見ても美味しそうに見えます。実際、普通の小麦や米で同じように作ったら間違いなく美味しくなっているはずです。



「皆で一緒に試食したかったから、まだ味見はしてないんだけどね」


「あ、でも、嫌いな物を無理に食べさせるのも悪いし、アリスが嫌なら僕達だけで……」


「そんな風に言われたら食べないわけにはいかないじゃないですか!」



 アリスとしては昔の記憶が邪魔して抵抗感が全くないわけではないのですが、ここで試食を拒否して仲間外れになるほうが大問題。それに見た目と匂いが良いのは本当です。全体的に濃厚な味付けの料理が多いのも工夫の一環なのでしょう。



「では、いただきます……あら?」


「じゃあ、わたしも……あれ?」


「どれどれ、僕も……ん?」



 さて、その肝心のお味はというと……、



「「「……微妙」」」



 我慢すれば食べられないほどではないけれど、好んで食べたいほどではない。

 食感は繋ぎを加えてなお、パサパサ、ボソボソ。

 特有の苦みやエグみは濃厚な味付けに隠れているけれど、気を抜いて油断するとふとした拍子に主張してくる。そんな、まさしく「微妙」な味に仕上がっていました。いくら工夫したとはいえ、今日一日でどうにかなるほど生易しい食材ではなかったようです。



「こ、これは確かに美味しくない……」


「うん、思ってたよりずっと強敵だったよ」


「まあでも、昔食べてたのに比べれば全然食べられますよ。流石にお店には出せませんけど自分達で食べる分にはどうにか……あの、二人とも微妙と言う割にはすごい勢いで食べてません?」



 微妙と評価しながらも、リサと魔王は作った料理をバクバク食べ進めています。アリスが驚くほどの勢いです。

 決して、その微妙な味が気に入ったわけではありません。

 味を度外視してもいいと思うほど空腹なわけでもありません。



「これは、食べれば食べるほど美味しくない……はっきり言って不味い、けど。あのお婆さんが、この不味さは食べた人しか分からないって言ってましたし」


「うん、そうだね。これでやっとアリスが知ってる不味さを知れたよ。美味しく料理できたらもっと良かったんだけど、まあ、今はこれで良しってことで」



 これでアリスが知るのと全く同じではなくとも、それに近い不味さを共有することだけはできました。無論、調理自体には本気で取り組んでいましたし、美味しく料理できていればもっと良かったのですが、この二人にとってはそちらのほうが大事。仲間外れになりたくないのはアリスだけではなかったのです。



「まったく、リサも魔王さまも物好きですね。私も人のことは言えませんけど」



 アリスとしては二人が無理に我慢をして不味い物を食べるのを止めたい気持ちもあるけれど、同時にちょっぴり嬉しくもあり。たとえそれが不味い物を食べた記憶だとしても大事な相手とそれを共有できるなら悪くない、なんて思ってしまい。



「不味いですねえ」


「不味いねえ」


「不味いなあ」



 物好きな三人組は不味い不味いと言いつつも、全部の料理を食べ切るまで食事の手を緩めることはありませんでした。


◆本編で回収する予定のない設定解説

今回登場した鬼麦は魔界の原産種……と、現代の魔族も認識しています(ややこしいので文中でもそう表記しています)が実際には元々自然に存在していた植物ではなかったりします。現代の魔族の先祖に当たる人々がアレがアレして魔界にやって来た後で(※)、まだ辛うじて優れた知識と技術が残っていた頃に限られた研究設備で品種改良を試みたうちの数少ない成功例(が後年野生化したもの)です。味の改良にまで手を回す余裕はなかったものの、異常な生育力と高い栄養価はそのおかげ

とはいえ流石にこれだけで全人口を支えるのは難しく、本作の五百年前時点での魔族侵攻や、百年前の魔王アリスによる侵攻未遂へと至ったのですが


※アレがアレして魔界にやって来た魔族の始祖達については、迷宮アカデミアの割と最近の話で触れています。まだほんの四百五十話くらいしかないので未読の方も是非どうぞ(露骨な誘導)

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