暑くて寒い夏の夜
夏の、とてもとても暑い夜。
「美味しい! この時期に氷なんて贅沢ね!」
「本当だね。この果物のシロップも甘酸っぱくていいなあ」
吸血鬼の少年少女、アンジェリカとエリックは魔王のレストランで山盛りのカキ氷を口にしていました。ただの水ではなく甘いジュースを凍らせてから削り、果物や練乳のトッピングを加えた贅沢版です。
さて、どうして迷宮都市から離れた村に住む二人がこの場にいるかというと、それには大して深くもない理由がありました。
強い日差しに弱い吸血鬼は夏場に弱く(魔力が強い年経た者は特に)、夜とはいえこの時期に遠出することは珍しいのですが、吸血鬼の村で育てている夏野菜はまさに今が旬。自分達だけでは食べきれないほどの豊作です。
近隣の村に売ろうにも、近くの農村が全部同じような豊作ではロクなお金になりません。一部は干したり漬けたりして保存食にできますし、家畜の餌に流用することもできるから無駄にはなりません……が、せっかくの新鮮な野菜なのですから新鮮なまま食べてもらいたいと思うのもまた人情。そんなわけで村の中では比較的元気な、そしてアリス達と面識のある二人がお遣いに出されたというわけです。
この店に来るたびに美味しい物が食べられるのは毎度の流れですし、今回もそのようになりました。わざわざ、日暮れから何時間も飛んできた甲斐があったというもの。
「頂いた野菜のお礼ですから、好きなだけ食べていってくださいね」
「「はーい」」
「あ、でもそんなに一気に食べると……」
「「あ、痛っ!」」
「あらあら、遅かったみたいですね」
どうやら、吸血鬼も冷たい物を一気に食べると頭が痛くなるようです。
一度にがっつき過ぎたせいで二人とも頭を抱えて唸っています。
「痛たた……で、でも氷菓子食べ放題のチャンスなんて滅多にないし、ここで挫けるわけにはいかないわ……っ! エリック、アタシが飛べなくなったら頑張って担いで帰ってね?」
「ええっ、どれだけ食べるつもりなの!?」
「ふふ、流石にカキ氷だけでお腹いっぱいにするのは身体に悪そうですし、デザートの続きは後にして、先にもっとお腹にたまりそうなご飯にしましょうか。さっきから魔王さまが貰ったお野菜で何か作ってましたし……と、噂をすれば」
ほとんど不死身みたいな生命力の吸血鬼とはいえ、流石にカキ氷だけでお腹をいっぱいにするのは健康面が不安になってくるというもの。だから、というわけではありませんが、厨房で料理をしていた魔王がタイミング良く料理を運んできました。
「やあ、お待たせ。貰った野菜でこんなのを作ってみたよ」
「魔王さま。これは天丼、ですか?」
「うん。それだけじゃないけどね」
魔王が運んできたお盆の上にはやや小振りなドンブリ。
中には白いご飯と、野菜のかき揚げらしき揚げ物が乗っています。
「トウモロコシと枝豆と、あとは細かくした茄子やオクラも一緒に揚げてみたんだ。名前を付けるなら『夏野菜のかき揚げ丼』って感じかな? タレがかかってるから下のご飯と一緒に食べてね」
「へえ、変わった料理だけど美味しそうな匂いね」
「うん。ボク達の村の野菜がこんな風になるんだねぇ」
アンジェリカとエリックは、フォークを手にすると勢いよくかき揚げ丼を食べ始めました。まだ揚げたてのかき揚げは舌を火傷しそうになるほど熱々です。
サクサク食感の衣の下から現れるのは豆や野菜の素朴な甘さ。その甘さを更に引き立てるのは、全体にかかったタレの濃厚な甘じょっぱさ。同時に、それだけでは濃く重くなりすぎるタレの強さを白米の素朴な味わいが適度に鎮めてくれてもいます。
そして、あっという間にドンブリの半分以上も食べ進めたあたりで。
「はい、ちょっとストップ。よかったら、これも試してみて」
魔王が夢中で食べる二人に「待った」をかけました。
その手には、いかにも熱そうな湯気を立てるポット。
「なるほど天茶ですか。いいですねえ」
「「テンチャ?」」
「説明するより食べてもらったほうが早いかな。ほら、このスープを注いで、っと」
ポットの中身は昆布と薄口醬油、そしてほうじ茶を加えた特製出汁。淡い琥珀色のスープがドンブリに注がれると、サクサクだったかき揚げがあっという間にふやけていきます。
せっかくサクサクだったのを柔らかくするのは勿体ない、なんて気持ちも全くないわけではありませんが、それはそうとアンジェリカ達はこの店で出てくる料理に間違いがないことも経験上理解しています。
「これだとフォークよりスプーンのほうが良さそうですね。はい、どうぞ」
「アリスさま、ありがとう。それじゃあ……」
「うん、どんな感じなのかな?」
得物を持ち替えてからの第二ラウンド。
かき揚げの様相は先程とは打って変わってやわやわになり、いかにも頼りなさげな感触です。スプーンで軽く触れただけで崩れてしまうそれを、スープやご飯と一緒に口に運ぶと……、
「美味しい! 全然別の料理になったみたいね」
「さっぱりして食べやすいなぁ」
先程までのかき揚げ丼は、いくら肉っ気がないとはいえやはり揚げ物。
油モノの必然として、それなりの重さはありました。
しかし、同じ料理に出汁をかけただけの天茶は驚くほど軽く、さらさら、するすると喉の奥に滑り込んでいくかのよう。食事の〆にはピッタリです。
「ふぅ、美味しかった。さっきまで寒くなってたのに暑いくらいね」
「うん、ボクも汗かいちゃったよ」
熱々のスープご飯で身体はポカポカ。
こうなったら、次にやることは決まっています。
「二人とも、まだデザートは入りそうですね?」
「「はい! カキ氷、大盛りでお願いします」」
◆天茶の出汁やお茶は冷たいのでも大丈夫です
◆この子達はずいぶん久しぶりに書いた気がします
一応、十数年後のアカデミア時点での設定も用意してはいるのですが、自然に出せそうなタイミングがなかなか巡ってこないもので