夏らしい飲み物
とある夏の朝。
コスモスとアリスは二人で散歩をしていました。
まだ早い時間にも関わらず、日陰にいても汗が滲み出てきそうな暑さです。
しかし、夏が暑いのは当たり前。
そうと分かっていれば、それなりの準備もできるというもの。
「ふう、暑い時はこれに限りますな」
コスモスが提げていたポシェットから取り出したのは地球製の保温機能付き水筒。中身は煎った大麦から煮出した自家製の麦茶です。冷たい氷を一緒に放り込んでおいたおかげで、香ばしい麦茶はキンキンに冷えています。
「あら、いいですね。私にも一口もらえます?」
暑い中、すぐ隣で冷たい飲み物を飲んでいるのを見たら自分も欲しくなるのが人情。
もちろん、アリスはちょっとやそっとの暑さで音を上げるほど柔ではありません――多分、魔法の護りがあれば活火山の火口に飛び込んでも無傷で生還するでしょう――が、それはあくまで「耐えられる」「我慢できる」という意味であって、この暑さがそのまま快適に感じられるワケではないのです。暑い日には普通の人と同じように冷たい物が恋しくもなります。
「ええ、もちろん。一口と言わずお好きなだけどうぞ」
コスモスとしても、ここでアリスの頼みを断るほど狭量ではありません。喜んで水筒を差し出しました。受け取ったアリスは喉が渇いていたせいもあってか一気に傾け……、
「そう、これこれ。この醤油とカツオ出汁の風味が……っ!?」
麺つゆでした。
しかも冷えてもいない常温のまま。
芳醇なカツオと昆布の合わせ出汁が口一杯に絶妙な不快感を演出します。
「ふふふ、初歩的なトリックです。あらかじめ、ポシェットの中に全く同じ見た目の水筒を用意しておいたのですよ。あとは隙を見てすり替えただけで」
「ゆ、油断しました……」
「ははは、では口直しにこっちの水筒をどうぞ」
「は、早く渡して下さいよ、まったくもう! そうそう、このスパイシーな風味。やっぱり夏といえば……カレーッ!?」
カレーでした。
どうやら、ダミーの水筒は他にもあったようです。
刺激的なスパイスに油、汁に溶け込んだ肉や野菜の風味。こちらもまた冷たくも熱くもない絶妙な生暖かさで味覚を蹂躙してきます。
「アリスさま、口に含んだ食べ物を吹き出すなんてお行儀が悪いですよ?」
「よりにもよって貴女が言いますか!? 今度こそちゃんと口直しの水筒を……いえ、今度は途中で目を離しませんから、先にコスモスが毒見してから渡してください!」
「ええ、構いませんよ……ふう、やはり夏は冷えた麦茶に限りますね。おや? 失礼、残っていたのを全部飲み切ってしまいました。これはうっかり」
「わざとですよね!? 絶対、わざとやってますよね!」
コスモスが水筒を逆さに振ってみせますが、麦茶はもう一口分も残っていません。
もちろん、わざとです。
アリスからツッコミの逆水平チョップが連続で叩き込まれていますが、狙い通りのリアクションを引き出せたからか、コスモスは実に嬉しそうな笑顔を浮かべていました。





