堕落を誘うアヒージョ
「やあ、ちょっとこれで何か作ってくれない?」
ある日の夕方。
エルフ姉妹の大きい方、タイムが大きな背負いカゴを担いで魔王の店にやってきました。カゴの中にはまだ採って間もないと思しき土の付いた食材が山のようになっています。
「あら、キノコに山菜、お野菜も……こんなに沢山どうしたんです?」
「それが話すと長くなるんだけど、実家でゴロゴロしてたら食料集めに駆り出されてさ」
アリスが問うと、タイムは自らの事情を話し出しました。
なんでも最近は宿代を節約する意味もあってエルフの村にある実家で寝泊りしていたらしいのですが、そこで油断してちょっとばかり気を抜きすぎたのだとか。毎夜、迷宮都市の酒場に繰り出しては明け方近くに帰ってきて、今度は夕方近くまで寝てばかり。そして目が覚めたらまた何処ぞに飲みに行くという自堕落な生活の繰り返し。
まだ幼いライムですら、遊びや修行に行く前にはしっかり家事や畑仕事を手伝っているのです。お手本となるべき姉がこれで良いはずがありません。
最初の数日は寛大な心で大目に見てくれていた両親も流石にこの生活態度は見過ごせず、今朝は半ば叩き起こされるような形で布団から追い出され、半強制的に村近くの森での食料採取や畑の収穫作業をさせられていたというわけです。
「いやぁ、疲れた疲れた。久しぶりに肉体労働をしたせいでクタクタだよ」
「ええと、それは自……お疲れ様でした」
アリスは「それは自業自得なのでは?」と思ったことを素直に言いかけてグッと本音を飲み込みました。時に、言葉を飲み込むことも円滑な人間関係を保つためには必要なのです。
「それで話を戻すけど、それで何か作ってよ。うち用の食材は別に確保してあるし、余ったのはお裾分けってことであげるから」
「はあ、それは構いませんけど」
経緯はともかく食材に罪はありません。それに、エルフの守る森は自然の魔力に満ち満ちており、採れる食材の質もなかなかのモノ。
「へえ、もうそちらではタケノコも出てきてるんですね。ふきのとうに、マッシュルームは小さいのとカサの開いた大きいのも。キャベツやカブは畑で採れた物ですか」
「どうだい、大したものだろう」
「ええ、本当に」
これだけの量と種類があれば色々な料理が作れそうです。
タケノコなら定番のタケノコご飯は外せませんし、ふきのとうなら天ぷらでしょうか。お酒のアテにするなら味噌や他の調味料と合わせたふうき味噌という手もあります。
マッシュルームは単純にどんな料理でも名脇役として活躍が期待できますし、カサが開いて大きくなった物なら裏返して詰め物をしてオーブンで焼くのも面白いかもしれません。
「魔王さま、魔王さま。そういうことなんですけど、どうしましょう?」
「あっ、魔王くん。私、お腹が空いてるから、なるべく早くできるのでお願い」
「……だそうです、魔王さま」
ここで更に、「早くできるもの」という条件が追加されました。
ですが、まあ不可能というほどでもありません。
食材を受け取った魔王は厨房に引っ込んで、そして調理開始から十五分後。
アリスが出来上がった料理を運んできました。
「ありがとう、待ちかねたよ!」
「魔王さまによると料理名は……『貰った春野菜と山菜と、たまたま厨房にあった春っぽい物を手当たり次第に入れてみた具沢山アヒージョ』だそうですよ。こちらのバゲットと一緒にどうぞ」
「アヒージョっていうと、たしかオイル煮だっけ」
適当さ極まる料理のネーミングはさておき、陶製の深皿で煮られたアヒージョは、実に食欲をそそる香りを発散しています。
アヒージョとは、食材を高温の油で揚げるのではなく低温の油で煮た料理。
オリーブオイルにニンニクと鷹の爪、そして食材を入れて煮ただけの単純な調理法ですが、その風味は複雑にして玄妙。油に溶け出した食材の旨味や香りが他の食材と絡み合い、高め合い、その相乗効果によって数倍数十倍にも味わいが爆発的に高まるのです。
「熱っ!? あ、美味しい」
これだけ多彩な素材を使っていながら、煮込みすぎて固くなっていたり、逆に柔らかい物が煮崩れたりしていないのは、食材の種類によって加熱時間を変えているからこそでしょう。途中まで複数の小鍋で別々に調理を進め、提供の直前に一つの皿に盛り付けたというわけです。
固かったカブはじっくり煮込まれてトロトロに。マッシュルームのプリプリ食感と瑞々しい風味。ふきのとうの鮮烈な苦味。これだけ具沢山でありながら、単なるごった煮ではなくちゃんとした料理になっています。
「底のほうにまだ色々入ってるね。ええと、アスパラにプチトマトにブロッコリー、牡蠣……なるほど、そういえば『春っぽい物を手当たり次第に』だったっけ。おっ、小さい海老が」
野菜やキノコだけでも十分すぎるほどなのに、ここでダメ押しとばかりに海鮮が追い討ちをかけてきました。さっと火を通した程度の牡蠣に、小さく可憐な桜海老。
熱くて火傷しそうなのに手も口も止められない。
次から次へと、まるでびっくり箱のように色々出てきます。
そして、それらの風味が合わさりあったオイルの香り高さ、味わい深さといったら例えようもありません。バゲットに染み込ませて口に運ぶと、じゅわりと染み出た油がこれまた美味い。
「うーむ、これは良くない。実に良くない」
「あら、お口に合いませんでした?」
ですが、ここまで猛烈に食べ進めておきながら、タイムは何やら難しそうな顔をしています。ここまでの気持ちの良い食べっぷりから、てっきり気に入ってもらえたとばかり思っていたアリスは意外そうに尋ねたのですが……。
「いや違う、そうじゃないよ。すごく美味しい」
「……はい? それじゃ良くないっていうのは?」
「こんなお酒に合いそうなの、飲まないわけにはいかないってことさ! いやぁ、また母さん達に小言を貰いそうだから今日は飲まないつもりだったんだけど、禁酒なんていつでも出来るからね。そんなわけで、とりあえず麦酒大至急で!」
◆今回の話を書くためにアヒージョについて調べたら想像以上のバリエーションに驚きました。よっぽど極端な食材以外なら美味しくなる調理法なので種類も数多くあるようです。
◆レストランの更新はこれで一段落ということで。
またアカデミアの章の合間か、こっちで書きたいネタが出た時に不定期に更新する形でやっていきます。





