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迷宮レストラン  作者: 悠戯
いつか何処かの物語

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ハンティング&イーティング


 迷宮都市から遥か南。数ヶ月ぶりに故郷のG国に帰省していたシモンは、この日、上の兄達や従者達と共に山中を歩いていました。


 本日の山歩きの目的は弓を用いた狩猟。狩猟は単なる食料調達の手段というだけでなく、古くから王侯貴族に好まれてきたスポーツとしての側面も有しているのです。

 王家所有の山々は専門の人員によって管理されており、危険な魔物はおらず、狩りの対象として好まれる種類の獣や野鳥が多く生息しています。きっと、今日も素晴らしい成果が得られることでしょう。



「兄上、あそこの斜面に」


「おお、シモンは目が良いな。皆、音を立てぬよう注意せよ」



 山に入って一時間ほど経った頃。

 注意深く周囲を観察しながら歩いていたシモンが、数頭の猪の群れを発見しました。

 どうやら地面に落ちているドングリか何かを夢中で食べているようです。

 幸い、シモン達がいるのは風下側。

 匂いで勘付かれる心配はありません。



 まだ年齢一桁の子供とあって、シモンはこれまで兄達が狩りに行く時も城で留守番をしていたのですが、今日は初めて同行を許されたのです。尊敬する兄達の役に立とうと、朝からずっと張り切っていました。


 そして、そんなシモンの熱意を察したのでしょう。



「撃ってみるか? お前が見つけた獲物だものな」


「よろしいのですか、兄上?」


「うむ、弓の鍛錬はしているのだろう?」


「はい。それでは……」



 矢を番えかけた長兄は途中で構えを解き、代わりにシモンに撃たせてみることを思い付きました。

 シモンも普段から弓術の練習で使っている弓を持ってきています。体格に比して大きすぎる弓を使うと変な癖がついてしまう恐れがあるので子供用の小さな弓ではありますが、張られている弦の強さは大人の弓兵にも劣りません。こんな強弓が引けるのは、毎日地道に身体強化の魔法を練習していたおかげです。


 練習では本番のように。

 本番では練習のように。

 いつもの練習と同じように構え、狙い、そして射る。



「ふっ」



 放たれた矢は事前のイメージと寸分違わぬ軌道を進み……、



「うむ、見事!」


「おお、すごいなシモン!」


「流石は我らの弟だ!」



 見事に一番大きな猪の脳天に命中。頭に矢を受けた一頭が力を失って倒れると、群れの他の猪は凄まじい速さで逃げ去っていきました。







 ◆◆◆







 それから半月ほど後。



「……で、これがその猪の肉なのだが、何か美味く料理してくれぬか?」



 帰省を終えて留学先の迷宮都市に戻ってきたシモンは、自らの手で仕留めた獲物の肉を手に魔王のレストランを訪れていました。なにしろ大きい猪だったので得た肉の七割以上は故郷の城に置いてきましたが、残りの三割弱だけでも結構な量があります。


 ちなみに、よっぽどお腹が空いているならともかく、狩りで仕留めた獲物はしばらく寝かせておくのが普通です。魚や鳥や獣の種類によって最適な条件はそれぞれ異なってきますが、肉の旨味成分であるアミノ酸は死んだ直後にはまだ少ないので、美味しく食べるにはある程度の時間を置かないといけません。アミノ酸云々の理屈は知らずとも、この世界の人々も長年の経験からそういった熟成による旨味の変化は把握していました。


 シモンが仕留めてから半月。

 もうそろそろ食べ頃でしょう。

 仕留めた直後に従者の手により血抜きは済ませてあり、現在は皮も剥いで部位ごとにバラバラになっています。城に置いていた間は専用の保管室で管理されていましたし、迷宮都市まで戻ってくる時も魔法道具によって凍りつかない程度の低温で輸送されていました。もう十分に旨味も乗っているはずです。



「へえ、猪ですか。懐かしいですねえ」


「リサも食ったことがあるのか?」


「ええ、わたしが勇者してた頃に何度か」



 そんな猪肉にリサも興味を示しました。

 一年以上も勇者として大陸各地を旅していた頃、時には人里離れた土地を通ることもあったのですが、そんな折に同行していた騎士達が食料の足しにと動物を狩ってくることがあったのです。

 当時のリサにとって趣味の料理は数少ない楽しみでしたし、馬車での移動中は暇な時間も少なくありませんでした。手に入る食材をなるべく美味しく食べる工夫をいつもあれこれ考えていたものです。



「独特の臭みがあるから最初は苦労しましたけど、生姜とかニンニクとか、匂いの強い香草なんかと合わせると美味しいですよ。ハーブ煮込みとか生姜焼きとか。今なら他の調味料も使えるし、ぼたん鍋なんてのもいいかもしれませんね」


「ほほう、なにやら美味そうだな。ならば、この肉はリサに任せても良いか? とりあえず一食分、何か作ってみてくれ」


「ええ、お任せあれ!」



 ジビエの類は日本の洋食店ではあまり扱う物ではありませんが、かつて色々な経験を積んだおかげもあって、リサはそういった癖の強い肉の扱いにはそれなりに自信を持っています。久々に出会った食材に触れてみたい気持ちもあってか、快く調理を引き受けました。



「ふっふっふ、腕が鳴ります。魔王さん、ちょっと厨房借りますね」



 猪に限りませんが、野生の獣には独特の臭みがあることが多々あります。

 好きな人にはそれが堪らないのですが、苦手な人にとっては逆の意味で堪りません。



「ローズマリー、セージ、ナツメグ。マスタードも合いそうだけど、シモンくん用なら辛いのは少なめがいいかな? それから岩塩に黒胡椒、ニンニクとハチミツも――――」



 リサはまず大量の香味野菜と香草を用意しました。臭いの強い食材を扱う場合には、別の個性の強い食材をぶつけて嫌な部分を相殺するのが料理のセオリー。

 しかも、それらを肉にまぶす前の下ごしらえとして牛乳で肉を洗っています。

 牛乳には肉の臭みを抑える上に柔らかくする効果があるのです。牛乳の助けが加われば、ハーブ類が肉の匂いに負けることもないでしょう。


 あとの調理工程は極めて単純です。

 細かくした香草と調味料を肉の塊によく擦り込み、ナイフで入れた切り込みにニンニクの小片を差し込んだら、少々時間を置いて馴染ませる。

 フライパンで表面に軽く焼き色を付けてからオーブンに移して弱火でじっくり焼き上げれば、それで完成。ローストポークならぬローストボア(猪)というわけです。



「ほら、素材にこだわりがあるなら、シンプルに『お肉!』って感じの料理がいいかなって」


「うむ、なんとなく言いたいことは分からんでもない」



 そして焼くこと一時間半。

 そこから更に三十分ほど肉を休ませれば、特製ローストボアの完成です。



「ほう、これは美味そうだ」



 ローストした肉には嫌な臭みはありません。

 むしろ食欲をそそるような良い香りが強く感じられます。



「…………。では、いただこう」


「はい、召し上がれ」



 食前の祈りが普段より長めだったのは、自分が直接殺めた獲物への敬意ゆえでしょう。


 いただきます。

 命を、いただきます。


 もっとも普段の食事とて、どこかの見知らぬ誰かが生き物を育て、あるいは狩り、あるいは採取し、そして自分の代わりに殺めてくれるからこそ得られるものです。


 生きることは食べること。

 食べることは殺すこと。

 直接的だろうが間接的だろうが、命を貰っているという意味では何も違いません。この肉も普段の食事と一緒で、必要以上に思い入れすぎたり、過剰な罪悪感を抱くべきではないのでしょう。


 抱くべきものがあるとすれば敬意と、そして感謝。


 

「うむ、美味い!」



 漫然と食べ物を口に運ぶのではなく、なるべくしっかり味わって食を楽しむ。

 そうして得た活力で、より良い人生を歩む。

 それが貰った命に対する、せめてもの報恩というものです。



◆前回からの流れで設定のおさらいをば。シモンはレストランでの初登場時は六歳でライムの一つ下。今回の話だと八歳か九歳くらいの時期をイメージしています。

◆未来のアカデミア開始時には十八歳。高身長で運動神経抜群、顔と頭と性格の全てが良いという、クラシックな少女漫画にでも出てきそうな設定盛りまくりの超絶ハイスペックイケメンに成長しています。まあ欠点というか弱点もなくはないのですが、詳しくは『迷宮アカデミア』本編をご覧ください(露骨な誘導)

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