ss『流しそうめん』
300回記念ssの三回目。
今回のお題は、楽しんでます様から頂いた『流しそうめん』です。
楽しんでます様、どうもありがとうございました。
「はて、これはどういう料理なのだ?」
ある夏の昼。
今日は特別な料理をご馳走するとリサ達に言われていたシモンは、前日に指定された通りの時間に、中央市場近くの公園を訪れました。
いつもの店では出せない大掛かりな料理だという話は彼も聞いていましたが、その詳細まではまだ分かりません。聞けば教えてもらえたのでしょうけれど、あえて食べる直前まで知らずにいるのも、また一興。あえて知らないでいたほうが想像する楽しみがあると思ったのです。
そうして、あれこれと予想しながら過ごすこと丸一日。
野外という指定があったことから、バーベキューか立食パーティーのような内容を漠然と予想していたシモンの前に現れたのは、半分に割った竹を幾つも組んだ大きな細工物。しかも竹の内側にあるべき節は残らずくり貫かれて水が流れています。
水源となっているのは、誰かが魔法で作り出したと思しき水の球体。竹製の水路の上にフワフワと浮く球体から、少しずつ水が流れ落ちているようです。
「あ、シモンくん。いらっしゃい」
「おお、リサか。これは、いったいどのような趣向なのだ?」
「ふふふ、それは説明するより見てもらったほうが早いかな」
竹の水路が目立っていたせいで気付くのが遅れましたが、既にリサやアリスや魔王、ライムや他の顔見知りの常連客が集まっていました。指定の時間通りに来たので遅刻ではありませんが、シモンはどうやら招待客の中では最後のほうだったようです。彼らの大半も、この仕掛けがどういった意味を持つのかはまだ知らない様子でしたが、
「アリス。そろそろ始めようか」
「水の勢いをもう少し強めて、と。魔王さま、このくらいでしょうか?」
「うん。じゃあ流し始めるから、ライムちゃん、さっき説明した通りにお手本役をお願い」
「ん。まかせて」
シモンが来るよりも前に何らかの取り決めがあったらしく、片手に箸を、もう片手に褐色の液体が入った器を手にしたライムが、一歩進み出て水路の前で構えを取りました。ライムの寡黙さのせいか、まるで剣豪同士の立ち合いにも似た緊迫感が広場を満たしています。
なにしろ目立つ仕掛けなので、先程から無関係の通行人も足を止めて視線を向けていたのですが、この場の全員の視線がライムの手元に集中しました。
脚立に上った魔王が水路の一番上から流した白い麺が、やたらに長い水路を流れ、そしてライムの身長でも届く最下層付近へと到達した一瞬、
「……みきった」
ライムの箸を持つ手が一閃。
水流を泳ぐそうめんの動きを完璧に見切って捕らえました。
◆◆◆
「なるほど、これは風雅な趣向だな」
無駄に大仰な説明でしたが、ともあれ「流しそうめん」という料理の趣旨を理解したシモンや周囲の人々は、用意されていたツユや薬味を受け取ると、自らも流れる麺に挑み始めました。箸が苦手な人の為にフォークも用意されているので安心です。
ツユの種類はカツオ風味の醤油系、濃厚な胡麻ダレ系、ラー油入りのピリ辛系の三種類。
薬味は、定番のネギに生姜、ワサビにミョウガ、煎り胡麻。
更にトッピングとして、千切りのハムやキュウリ、錦糸卵。焼き海苔。甘辛く煮た椎茸。
現在進行形でリサが揚げている天ぷらもあるので、色々と組み合わせれば食べ飽きることはないでしょう。ちなみにアリスは魔法で水勢の調整を、魔王は麺を流す役をそれぞれ担当しています。
「え、私達も食べていいの?」
「ええ、どうぞどうぞ。沢山ありますから」
「やったー!」
用意していた食材の量からするに、魔王達は最初からそうするつもりだったようです。
周囲で見物していた通行人もどんどんと加わって食べ始めました。
「天ぷら、揚げたてですよー。美味しいですよー」
「お姉さん、その海老のやつ頂戴」
「我輩はタマネギのかき揚げを所望する」
魔王やアリスはともかく、この世界にはもういないはずの勇者が不特定多数の前で堂々と顔を晒したら騒ぎになりそうなものですが、実際に勇者時代の彼女を見たことがある一般人はそう多くありません。勇者を描いた絵画や彫刻は数多くありますが、それらの多くは伝聞の情報と想像で描かれた物ゆえにあまり本人に似ておらず、結果的に良いカモフラージュになってくれています。
まあ、仮に当時面識があったとしても、よっぽど近しい相手でもなければ目の前で腕まくりをして天ぷらを揚げている人物がかの英雄だとは思いもしないでしょう。黒髪の少女というだけなら特に珍しくもありませんし、堂々としていれば案外バレないものなのです。
「そうめんは前に店でも食べたが、なるほど。こういう風に食べると随分違って感じられるものだ」
「ん。すずしげ」
シモンは麺を出汁の効いたツユにつけ錦糸卵と一緒に食べるのが、ライムは胡麻ダレに椎茸の組み合わせが気に入ったようです。二人の箸使いもすっかり上達し、麺を取り逃がすこともありません。
一度に流れてくる麺の量は、色々な味を試せるようにあえて少なめにしてあるのでしょう。おかげで、まだまだ腹具合には余裕があります。彼らは次なる麺を捕まえようと、箸を構えて狙いを定めるのでありました。
お題の募集はこれまでに頂いた分までで締め切らせて頂きます。
皆様、どうもありがとうございました。