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迷宮レストラン  作者: 悠戯
いつか何処かの物語
303/382

ss『フグ』

300回記念ssの二回目。

今回のお題は20DAI様から頂いた『フグ』です。

20DAI様、ありがどうございました。


 果たして、これを食べても本当に大丈夫だろうか?


 魔王の店の厨房を借りて初めて触れる食材に挑んでみたはいいけれど、予習した通りの手順で捌いて盛り付け、あとは食べるだけという段になってから、リサは大いに悩んでいました。



「見た目は美味しそうだけど……」



 薄切りの刺身にした肉は美しく透き通っており、美味しそうに思えます。

 ポン酢やもみじおろしや小ネギのみじん切りも用意し、あとは食べるだけの状態になってはいるのですが中々思い切りがつきません。


 まあ、フグが相手となれば腰が引けるのも無理はないでしょう。

 洋食屋で使うような技術ではありませんが、料理人の嗜みとして勉強しておこうと思い立ち、手に入る資料を熟読してから実践に臨んだわけですが、根本的な問題としてリサはフグの調理師免許を持っていません。


 フグを取り扱う資格の取得に関しては各都道府県ごとに条件が微妙に異なるのですが、多くの自治体では『有資格者の監督下での一定期間以上の業務経験』が受験資格に含まれています。

 リサの実家兼職場である『洋食の一ツ橋』ではフグを扱う機会などあるはずもなく、そもそも資格取得の為の受験ができないのです。流石に、その為だけにフグ料理店に年単位で勤める気もありません。


 とはいえ、フグの取り扱い資格というのは、厳密に言えば店舗でフグを調理してお客に提供するための許可であり、商売を抜きに自分で捌いて食べるだけなら実は無免許でも問題ありません。

 事実、釣りが趣味のリサの祖父などは、時折どこぞの海で釣ってきたフグを調理して家族に出していましたが、これまで何一つ問題はありませんでした。


 自分で捌くのが怖いというならば、魚屋で毒の部位を取り除いた生のフグを買ってくれば、一般家庭で楽しむこともできます。釣り上げたフグを持ち込めば、有資格者が解体作業を代行してくれるような魚屋や料理店もあります。


 だから、こうして自分で捌く練習をするのは単なる趣味の一環でしかありません。

 好奇心で無用のリスクを抱え込んでいるようなものですし、いくら勉強したとはいえ素人調理のフグを口にするという不安はどうしても付きまといます……が、リサは気付いてしまったのです。


 聖剣・変幻剣。

 これまでにも包丁、まな板、バーベキューの串や各種食器類へと姿を変えて縦横無尽の活躍を見せてきたこの伝説の武器には、不浄なモノに対する強力な浄化の力があります。


 存在そのものが不浄であるゾンビや悪霊といったアンデッドの類なら、低級な存在であれば顕現した聖剣に近寄っただけで消滅。かなり高位の死霊王リッチーなどであっても、剣先が掠っただけで存在を保てなくなってしまうことでしょう。

 勿論、浄化の力が効果を発揮するのはそうした魔物のみならず、形のない怨念や呪詛、憎悪や恐怖といった負の感情、そして各種毒物なども『不浄』と見做されます。


 今回のフグを例に出すならば強力な毒物であるテトロドトキシン、青酸カリの850倍もの毒性を有する物質が、聖剣の刃に触れた時点で強制的に無毒化されるという寸法です。


 化学的にどのような反応が起こってそうなるのかは説明を聞いたリサ自身にも理解できていませんが、当の聖剣本人がそう言っているのだから間違いはないのでしょう。

 日本の石川県には『フグの卵巣の糠漬け』なる「どうして糠に漬けると毒が消えるのかは全然分かっていないけれど何故か食べても大丈夫」という驚くべき郷土料理が実在しますが、もしかしたらその糠漬けと同じような未知の現象が起こっているのかもしれません。

 

 ともあれ、今回の調理においては普段愛用している包丁ではなく聖剣を使ったので、人体に悪影響を及ぼすような成分は浄化されているはずです。

 付け加えるなら、魔力で肉体を強化した状態ならリサ自身の毒物への耐性も大幅に上昇しています。その耐性の強さときたら、これも聖剣の説明によると、わざと毒の部位を食べても恐らくは効かないであろうというほど。流石に試す気にはなりませんが。



 だから食べても問題はない、はず。

 リサも頭ではそう分かっているのですが。



「うーん……」



 しかし、理屈と感情は別物ということなのでしょうか。

 丸々のフグを刺身にして綺麗に盛り付け、調味料や薬味まで用意して、あとは食べるだけという段階になっても後一歩のところで踏ん切りがつきません。







 その停滞を破ったのはアリスと魔王でした。



「あら、美味しそうにできましたね。ちょっと貰ってもいいですか?」


「それなら僕も少し味見を」


「あっ」



 元々、店の厨房を借りていたのだから、二人がいることは何もおかしくありません。

 新しい料理に挑戦をするという事情は前もって説明していましたし、出来上がったフグ刺しの量はリサ一人で食べるには多すぎると一見で分かるほど。

 二人が味見しようとするのも当然と言えば当然の流れでしょう。

 いつの間にやら自分達用のポン酢まで用意してあり、薄切りのフグ刺しをつけて躊躇いなく口に運びました。リサが止める間もありません。



「だ、大丈夫……?」



 リサは恐る恐る尋ねてみましたが、果たしてアリス達の反応は、



「ええ、たまにはフグもいいですね」


「まだ残ってるよね? 鍋とか、あと唐揚げもいいなぁ」



 ……という、なんとも呑気なものでした。

 テトロドトキシンが効果を発揮するのは、食べてから二十分から数時間はかかります。

 それ以前に、この二人の毒物耐性もリサと同等以上と思われるので、この姿だけを見て安全と判断するのは根拠薄弱かもしれません。


 ……が、それはそれとして。

 リサはフグ刺しの皿を前にしたまま真剣に悩んでいた自分が、なんだか馬鹿らしく思えてしまいました。これまでの葛藤が嘘のように勢いよく箸を伸ばすと、いっぺんに三枚もまとめてフグ刺しを掴み、ポン酢につけて口に運ぶと――――。


「あ、美味しい」




(今回のフグは、実は通常の調理過程のみで毒の除去に成功していたので、リサの悩みは全くの杞憂でしたが)聖剣の浄化の力は毒抜き以外にもスープの灰汁取りであったり、洗濯物の染み抜きなどにも応用可能。「汚れ」や「濁り」と解釈できるものであればコレ一つで大体なんとかなります。便利。

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