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迷宮レストラン  作者: 悠戯
開店編
3/382

漢の中の漢に相応しい料理

「相応しい料理……ですか?」


「ああ」


 多くの魔物がひしめく迷宮の最深部。

 そこに何故かポツンと建っている奇妙なレストランで、そんなやりとりがなされていました。


 注文をしているのは五十歳は超えているだろう壮年の男。二メートル近い巨体は鍛え抜かれた筋肉と無数の傷跡で覆われており、気の弱い者なら眼があっただけで腰を抜かすような強面です。


 そんな男から注文を受けているのは給仕の少女。

 華奢で小柄な体躯は男の巨体と比べると巨象とウサギほどにも違います。

 とはいえ、特に男のことを恐れている様子はありません。


 が、恐れてはいないものの男の奇妙な注文には少々困惑していました。

 それというのも来店してからしばらくメニューを眺めていた男が出した注文が、



「俺に相応しい料理」



 という奇妙極まるものだったから。

 それに、そんな注文を出した男は妙にオドオドしています。

 傍からは何かを恐れているかのようにも見えました。


 その奇妙な注文をした奇妙な客。

 ベテラン冒険者のガルド氏が、迷宮の奥にあるこの店を訪れ奇妙な注文をした理由。


 発端は二日前にまでさかのぼります。






 ◆◆◆






「だから本当なんですって、ガルドさん!」


 ガルドはいきつけの酒場でエールの杯を傾けながら、後輩の冒険者であるアランの語る冒険譚を静かに聞いていました。けれど、その話の内容というのが真面目に聞くのがバカらしくなるようなものだったのです。


 なにしろ、



 「迷宮の奥にレストランがあったんですよ」



 なんて言うのだから。


 ガルドはこの道三十年を超えるベテランです。

 今までに攻略してきた迷宮の数は三十を超え、その実力と経験は冒険者の世界でもトップクラス。


 若い時分に翼竜ワイバーンと一対一で一昼夜戦い抜き、最終的に素手の拳で殴り殺した逸話は吟遊詩人の語る物語でも定番の一つ。”竜殺し”ガルドといえば、近隣諸国の冒険者の間では知らぬ者のない英雄的存在なのです。


 それでいて偉ぶらず面倒見が良いので、駆け出しの冒険者の中には冒険のイロハをガルドに叩き込まれて一人前に育っていった者も数知れず。

 今目の前にいるアランとその仲間達もガルドの弟子といえる連中です。

 まだまだ若さゆえの甘さが抜け切りませんが、このまま数年も努力すればガルドに並ぶような一流になるのも夢ではない。それほどの才能があり、ガルドも一際目をかけていました。



「(まあ、若いうちはしょうがねえやな)」



 アランの語る話をガルドは適当に聞き流していました。

 なにしろ、若いうちは何かと格好をつけて見栄を張りたいもの。

 大トカゲを倒してはドラゴンを討伐したとうそぶき、浅い階層の宝箱から銅貨を見つけたら最深部に眠る金銀財宝を手にしたかのように言って回る。


 真面目に聞くような話ではないけれど、別に悪意があるわけでもなし。酒の席での余興と思えば、そう捨てたものでもないでしょう。ガルド自身もまだ若い時には、当時つるんでいた連中と同じようなバカ話をしていた覚えもありました。


 若い頃の未熟な己を眺めているようで、なんだかこそばゆくも微笑ましい。

 そんな心持ちで普段はさして気に留めず聞き流していたのですけれど……。



「(しかし、冗談にしては今日のはやけに具体的だな?)」



 今日はたまたま行きつけの酒場で新人の頃から面倒を見てる連中を見かけたので、相席になって話を聞いていたのですけれど、その話というのがなんとも奇妙なモノだったのです。なにせ、「迷宮の最深部に、この世のものとは思えないほど美味い料理を出すレストランがあった」なんて言うのですから。


 その料理の話も、やたらと具体的で美味そうに話すのです。

 最初は適当に聞き流していたガルドも、だんだんと興味を惹かれ始めました。

 アラン達曰く、「牛の乳と鶏肉を使ったシチュー」や「生姜の風味が効いた豚肉の料理」や「穀物を赤く調味したものが入ったオムレツに似た料理」なんかが出てきて、貪るように食べたのだそうで。


 それらがどれほど美味かったかを臨場感たっぷりに話すので、いつの間にかガルドもすっかり話に引き込まれてヨダレを垂らしそうになったほど。これが全部作り話だというのならば、アラン達には冒険者から吟遊詩人にでも転職するように勧めた方がいいかもしれません。


 しかし、呑気にそんな事を考えていられたのもそこまで。

 アランの仲間の小柄な少女が「この世の物とは思えない程甘く綺麗で美味い菓子」を食べた話をすると、ガルドの余裕は一息で吹き飛んでしまいました。



「(なん……だと……っ? そんな菓子が……!?)」



 ガルドの思考は一瞬にして未知なる至高の菓子に支配されました。





 ガルド氏にはほとんど誰にも言っていない秘密がありました。

 その秘密とは、彼が”甘い物が大好き”だということ。


 そう、彼は”スイーツ男子”だったのです!


 大の甘党である彼は蜂蜜や砂糖を使った菓子や様々な果物をこよなく愛しているのだけれど、それを知る者はごく少数。なぜなら身長二メートル近い筋骨隆々の大男が、女子供みたいに甘い菓子を喜んで食べる姿は滑稽であり人に見られればいい笑いものだ……と、彼本人が思っているから。


 大酒を飲んで豪快に肉を喰らう姿こそが自分のような者に相応しい食事であり、甘い菓子を好んでいるなどと知られれば自分の面子は丸潰れだ、とあくまで彼本人はそう強く思い込んでいました。


 要は、単なる思い込み。

 とはいえ、全くの無根拠とも言い切れません。

 まだ彼が多感な少年だった頃。酒の席で一人甘いお菓子を食べていたのを、当時の酒飲み仲間にからかわれたのがトラウマになっているのです。


 ゆえに普段は極限まで甘い物をガマンし、どうしても耐えられない時にだけ信頼できる知人の経営する商店の裏口にこっそり菓子を買いに行って、一人きりの場所でコソコソ食べる。そんな奇行を長年に渡って繰り返してきました。


 ガルドがそんな涙ぐましい努力をしていることなどまるで知らず(隠しているのだから当然ですが)、堂々と甘い物を食べる女子供や若い連中を見るたびに、悔しさと羨ましさでどうにかなってしまいそうな気持ちを何度味わってきたことか。

 そんな風に甘い物に対して人並み外れた思い入れのあるガルドにとって、「この世の物とは思えないほど甘くて綺麗で美味い菓子」の話は大きな衝撃をもたらしたのです。


 それにアラン達の話す「迷宮の奥にあるレストラン」がウソではないと、少なくとも話の元になる「何か」がそこにあるのだとは、すでに半ば以上確信していました。


 しいて言うなら根拠は勘。

 ですが、そんじょそこらの勘とはワケが違います。

 長年に渡って数え切れない修羅場を乗り越えてきたベテラン冒険者としての勘であり、そしてそれ以上に甘味に餓える甘党としての本能がそう叫んでいたのです。


 もはや甘味の事しか頭にないガルド氏は翌日、まだ日が昇る前の時間に町を出発して、アランの言っていた迷宮を一直線に目指しました。アランたちが四人がかりで攻略して最深部まで三日かかった迷宮も、ベテランであるガルドの実力ならば一人ソロでもまったく苦戦はしません。


 甘い物への欲求に支配された彼は魔物を見つけたら素手で殴り飛ばし、罠を見つけたら力任せに叩き壊し、鬼気迫るオーラを纏いながら驚異的なスピードで最深部まで到達して、件のレストランを発見したのでありました。


 その光景に驚きつつも、話がウソではなかったことに一安心。

 そうして意気揚々と扉を開けたまでは良かったものの……。



「いらっしゃいませ!」



 そんな給仕の少女の声を聞いて、大いに苦悩することになりました。



「(そりゃそうだ、店なら店員がいるよな……)」



 ガルドの目論見としては、迷宮の奥ならば誰の目も気にせず、思う存分甘い物を堪能できるつもりでいたのです。


 が、実際には給仕の少女がいたわけで。


 これでは自分が甘い物を好んで食べることを、この金髪少女に知られてしまう。

 それは、とても恥ずかしい。

 ハッキリいって自意識過剰なだけなのですが、長年こじらせ続けた彼の中の漢心おとめごころがそう叫んでいるのです。こればかりは、もう理屈ではありません。


 席に案内され、メニュー表を渡されました。

 そこには美味そうな肉や魚の料理も載っていましたが、彼の眼中にはありません。

 彼が食い入るように見つめているのは甘味、デザートのページです。


 メニューに描かれた料理の絵は、どれもこれも実に美しい。

 コレはどんな味がするんだろう?

 ソッチの綺麗なモノはどれほど美味いんだろう?

 恥を忍び、意を決して注文しようと思うところまでは何度もいくのですが、いざ少女に声をかけようとすると勇気が萎んでしまいます。その情けない姿からは”竜殺し”の異名を持つ英雄の風格はとても感じられません。


 一時間近く散々悩み続け、彼が考えた苦肉の策。

 それが、それこそが……。



「俺に相応しい料理を持ってきてくれ」



 料理の選択を少女の側に委ねる、という策だったのです。


 これならば例え菓子の類が来てもガルドが自分で注文したことにはならない。

 自分はただ出された料理を食べただけである、という理屈が通っているのかいないのかも分からないような屁理屈で、なんとかギリギリ自分を納得させました。


 しかし彼もこの作戦の欠点というか、自身の風体をよく知っています。

 なにしろ生まれてこの方、かれこれ五十年以上も付き合ってきたわけで。

 こんなゴツい大男に相応しい料理というと、まず思い浮かぶのは酒と肉。別にそれらが嫌いなわけではないのだけれど、今現在、心の底から渇望しているのはそれじゃあないのです。


 少女のセンスが凄まじくズレていて、強面の巨漢を見て「きっと甘いお菓子が好きなのね」と思ってくれる僅かな可能性にすべてを賭けた形です。賭けておいてなんですが、大穴狙いにも程がありました。



「(これで甘い物が食えなかったら、この店の事はスッパリ忘れよう……)」



 甘い物以外にも美味そうな料理があるのには気付いていましたが、甘い物の代替品としてそれらを注文してもかえって辛いだけだろうと思い、そう覚悟を決めました。


 料理が来るまでの長い時間(実際には十分もかかっていなかったのだけれど)を、まるで死刑の執行を待つ重罪人のような心境で耐えるガルド。そんな彼の下へ料理の乗った盆を持つ少女が戻ってきました。



 そして、その盆の上にあったのは……、



「お待たせしました、プリン・ア・ラ・モードでございます」



 なんとも綺麗で可愛らしい、そしてそれ以上に美味しそうな菓子でした。



「(うおお……!? マジか!)」



 彼は賭けに勝ったのです。


 少女が店の奥へと戻っていき店内に他に人がいないことを確認すると、テーブルに置かれた小さな匙を太い指先でつまむように持ち上げました。そして「プリン・ア・ラ・モード」という菓子の中心に鎮座した、黄色っぽくてプルプルした何かを掬い上げます。


 はて、この黄色いプルプルは何だろう?

 しばし眺めたり匂いをかいだりしていたガルドですが、すぐにガマンできなくなり口へと運ぶと。



「おお……っ」



 口いっぱいに広がるやさしい甘さ。

 黄色い部分の上にかかっている濃い色のソースの微かな苦味。

 プルプルしたスライムのように柔らかい、それでいて不快ではない快感そのものの食感。


 ガルドは誇張ではなく思いました。

 こんな美味い物は生まれて初めて食べた、と。


 続いて中央の黄色いカタマリの横に添えられた白くてフワフワした何かや、色とりどりの果物に目を向けます。白いフワフワを黄色いカタマリと一緒に食べると、上品で濃厚な甘さが加わりたまらない。美しくカットされた果物と一緒に食べるとさっぱりとした後味になって、いくらでも食べられそうです。


 匙で掬う、食べる、掬う、食べる、掬う、食べる。


 何かに良からぬ霊にでも憑りつかれたように夢心地のままその動作を繰り返し、



「ああ、美味かった……!」



 ようやく正気に戻った時には、空の器と確かな満足感だけがありました。






 人目を気にせず満足するまで好きな甘味を食べるなど、少年の頃以来いったい何十年ぶりだっただろう?


 余計なことを気にせず、ただ夢中で好きな物を食べられるというのは、こんなにも幸福な事だったのか。ふと気が付くと、心の奥底に長年呪いのように染み付いていた、甘い物を好むことを知られる恐怖がすぅっと消えていくのが感じられました。



「ま、笑いたい奴には笑わせとけばいいか」



 勘定を済ませて店を出た彼は、自然とそんな言葉を口にすると軽い足取りで街への帰路を歩むのでした。




 後日、人目を気にせず甘い物を食べまくるようになったガルドが虫歯になり、再び甘味断ちをせざるを得なくなったのは余談である。



歯みがきは忘れずに

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