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迷宮レストラン  作者: 悠戯
いつか何処かの物語
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プリンセス・コスモス


 ある日の午後、コスモスが唐突に言いました。



「おや? よくよく考えると私ってお姫様なのでは?」



 別に狂ったわけではありません。いえ、普段から彼女はおかしいのですが、今回に関してはあながち間違ってもいません。

 コスモスとその弟妹達、現時点で何十人もいる上に時折増えるホムンクルス達は、魔王が自身の血液を材料に錬金術やその他諸々の怪しげな技術で作った、いわば彼の子供も同然の存在。実際、彼ら彼女らにはきちんと戸籍もあって、魔界の公的な書類には魔王の子供として登録されています。

 そして、魔王は魔界の王様。

 その王様の娘や息子ということは、つまり彼女達も王室の一員ということで、世間的にはお姫様や王子様と呼ばれてもおかしくはない立場。「殿下」という尊称が付いてもおかしくない身分なわけです。



「これは盲点でしたね」



 これまで気付かなかった原因は、恐らく魔王の王様らしさの欠如というか、威厳の無さが理由でしょう。一応、大きな行事などの際に人前で挨拶をすることくらいはあるのですが、逆に言えば為政者らしい姿を見せる機会など他にはほとんどありません。

 コスモスの認識としても、レストランで趣味の料理をしている姿のほうに馴染みがあります。店の常連や彼の友人知人達も恐らくは同意見でしょう。昔からの魔界の住人達からすると、多少なりとも見方が違ってくるかもしれませんが。

 今の魔王や、先代魔王だったアリスも見た目の威厳の欠如には密かに悩んでいたものですが、都合良く解釈すれば外見がどうであれ侮られるようなことにはなっていない。外側ではなく中身で勝負できていると言えなくもありません。


 まあ、魔王の威厳の無さについては一旦置いておきましょう。

 本題は、コスモスが実はお姫様だった件についてです。



「ところで、お姫様って何をどうすればいいのでしょう?」


「いや、おれに聞かれてもな……」



 自身がプリンセスだと今更ながらに認識したコスモスは、現役で王子様をやっているシモンに、なんというかとても答えに困る質問をしていました。



「さあさあ、どうか私に……いえ、わらわに何か気の利いたアドバイスをですね」


「いきなり一人称を変えるでない」


「ふむ、ちんとか余のほうが良かったでしょうか?」


「いや、それだとお前自身が女王ということにならぬか?」


「おっと間違えてしまいましたか。まあ、でも、ちょっと魔王さまに頼めば二つ返事で王位を譲ってもらえそうな気もしますね。プリンセスも悪くありませんが、クイーンというのも響きが良いですし」


「言葉の響きだけでそんなこと決めるな」



 コスモスが頼めば、魔王は本当に王位をポンッと譲ってしまいかねません。

 まあ、少なくとも今の発言は単なる冗談だったようですが。



「姫というものが何をするか、か。そうだな、おれの姉上たちと同じとなると……」



 お姫様という存在は何をすればいいのか?

 そんな曖昧な質問でしたが、付き合いのいいシモンは大勢いる自分の姉たちの姿を思い浮かべながら、真面目に考えています。この真面目さは彼の美点でもありますが、きっと将来はその性格のせいで散々苦労する羽目になることでしょう。



「ああ、そういえば姉上たちは、やたらと茶会をしていた気がするな」


「ほほう、お茶会ですか?」



 現在は迷宮都市への留学という名目で国元を離れているシモンですが、時折国に帰った時などは、よく姉達のお茶会に連れていかれています。

 主な参加者は親族の姫達や、彼女らと仲の良い貴族の令嬢。妙齢の貴婦人達にとって、幼く可愛らしい王子はとても好ましく映るのでしょう。

 場所はその時々で変わります。王城の庭園や見晴らしの良いテラス、招待を受けて誰かの邸宅に出向くこともありますが、どこであろうと基本的にすることは同じ。お茶を飲んでお茶菓子を食べて、あとはひたすら優雅にお喋りに興じるのみ。話題こそ毎回変われど、その流れから逸脱することはほとんどありません。

 まあ、優雅なお茶会の水面下では派閥間の勢力争いやコネクション作り、社交界での武器となる情報収集がしばしば行われており、必ずしも見た目通りの穏やかな場とは限らないのですが、そういった裏側の部分に関しては今回は置いておきましょう。



「うむ。おれは正直、あれの何がそんなに楽しいのかよく分からぬのだが……」



 シモンも決してお喋りが嫌いというわけではないのですが、ファッションやら化粧やらの話題は理解が追いつきませんし、毎日毎日お茶会続きではうんざりしてくるのも無理はないでしょう。迷宮都市での気楽な交友関係と違って礼儀作法にも気を遣います。


 

「ふむふむ、参考になりました。シモンさま、貴重なご意見ありがとうございます」


「そうか?」



 無理矢理にひねり出したような参考例でしたが、しかしコスモスとしてはそれで十分だったようです。お姫様とは優雅にお茶会をしてお喋りに興じるもの……という極めて表面的な、浅すぎる理解ですが。



「つまり、何をするでもなく私は既にお姫様ムーブをしていたということですな」


「うむ。言われてみれば、今のこれも茶会といえば茶会か」



 現在は午後のティータイム。

 そして、彼女たちは紅茶を飲みながらお茶菓子のクッキーをボリボリと摘んでおり、つまりはお茶会の真っ最中。それに表面的な性質だけを見たならば、異国の王子様とお姫様がお茶会に興じていた、と強弁することもできなくはありません。優雅さの部分にさえ目を瞑れば、ですが。



◆近日中にアカデミアのほうを再開しますので、レストランの更新間隔はまたしばらく伸びると思います。どうか気長にお待ちくださいませ。

◆新章からコスモスがあっち側に本格登場の予定です。

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