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迷宮レストラン  作者: 悠戯
いつか何処かの物語
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想定外のデート(前)


 この日、とてもとても珍しいことに、アリスとリサが揃って不機嫌そうにしていました。擬音で表現するならば「ぷんすか」という感じの雰囲気です。

 ですが、別に彼女達が喧嘩をしたわけではありません。

 いつも通り、相変わらずの仲良し二人組。「強敵」と書いて「とも」とルビが振られるような親友同士なのです。恋愛的な意味で。



「まったく魔王さまにも困ったものですね、リサ」


「ね、アリス」



 本日の不機嫌は、彼女達の恋愛対象である魔王に全ての原因がありました。

 現在彼女たちがいるのは日本国は都内某所。そして、二人とも見るからに気合の入ったオシャレをしています。服装やアクセサリ、髪型も普段と変えていますし、料理店勤務ということでいつもは控えている化粧も、薄くではありますがしています。女子にとってのオシャレとは、ある意味で戦士が戦場に赴く際に身に付ける武具のようなもの。ちなみに、この場合の戦場とはデートにあたります。

 三人で、というのはあまり一般的ではないかもしれませんが、この日、彼女達二人は魔王を加えた三人でデートをする約束をしていました。

 散歩やら買い物やらで普段からちょくちょく一緒に出かけてはいるのですが、それとこれとは別物です。少なくとも彼女達にとっては。仮に実際の行動内容がいつもの散歩コースと同じだったとしても、「デート」と称するか否かで気合の乗りは大幅に違ってきます。


 しかし、アリスとリサが大いに気合を入れて臨んだデートを、魔王の野郎が当日になってドタキャンしやがりました。


 いえ、彼も今朝までは約束通りに出かけるつもりではあったのです。

 しかし、急な用事が舞い込んできました。魔王城、現在では魔界の行政機関として機能しているお役所から、今日中に天地が引っくり返ろうとも絶対に提出しなければならない重要書類がまだ出されていないという連絡があったのです。

 魔王の、本来の王様としての仕事はその大半を優秀な部下達に丸投げしており、それでもほとんどの部分においては問題なく回るような仕組みができています。


 元来、その場の勢いと成り行きで魔王になった魔王は、権力とか支配みたいなものにこれっぽっちも興味がなく、実務に必要な権限の多くは信頼できる部下達に投げています。普通の国家であれば、臣下の権力が大きくなりすぎて独立や反乱を心配しなければならないほどに。

 まあ、そんな風だからこそ最高権力者である彼がいつも行政府を留守にして、趣味の料理店経営に没頭していられるのです。その仕組みを構築して上手く回るまではきちんと王様をやっていましたし、そもそも魔界にとっては救世主とも言える彼に文句を言う者は誰もいません。


 ……が、魔界の社会のほとんどが魔王不在でも回るようになっているからとはいえ、「ほとんど」とはつまり「全部ではない」という意味です。公共事業などでも多額の予算を要する大規模なものや、重要な法案の新設や変更などの重要案件に関しては魔王の裁可がどうしても必要になります。彼自身が、そういった案件も自分に構わず勝手に決めてくれてもいいと言おうとも、部下達や民衆としてはかえって困ってしまいます。

 最高権力者とはイコール最高責任者。いざという時に責任を負う立場であり、責任を果たす意思や能力が不足しているなら、たとえ代行したくとも出来るものではありません。


 で、そんな最高責任者サマは、隅から隅まで目を通してサインしなければならない重要書類の存在を、今朝方まで執務室に置きっぱなしにしたまま綺麗さっぱり忘れていました。最近はずっと迷宮都市の店にいて、魔王城の執務室には出入りすらしていなかったせいでしょう。

 しかも、その書類が一枚や二枚だけならまだしも、ちょっとした百科事典並みの量がありました。彼の手元に来た時点で逐一処理をしていれば、片手間にパッと終わらせられた程度の仕事だったはずなのですが、「ほとんど」に含まれない程度の簡単な仕事とはいえ、チリも積もれば山となるもの。

 これでは目を通すだけでも一苦労。

 実務能力に優れるコスモスや文官達が手伝おうにも、最終的に魔王がどうするかを考えて決める必要があるので補助をするにも限界があります。今朝方、問い合わせが来た時に一緒にいたアリスも手伝えることはありませんでした。今以上に誰かに権限を委譲しようにも、この急場をしのぐためだけにそんな真似をしたら、かえって取り返しのつかない混乱を生みかねません。


 今件については完全に魔王の自業自得であり同情の余地はありません。

 なにしろ、アリスや事情を聞いたリサですら彼を擁護する気がまったく起きないほどですからよっぽどです。今頃、魔王は執務室に缶詰になって、大勢からせっつかれながら必死に義務を果たそうとしていることでしょう。







 ◆◆◆







 まあ、そんな経緯があって三人で行くはずだったデートから一人が抜けてしまいました。

 今日一杯、日付が変わる頃まで机に齧りついて終わるかどうかという量の書類があったので、途中で終わらせて合流してくるという見込みもまずないでしょう。


 だから、仕方がありません。



「しょうがないですね。じゃあ、デートは私達だけということで」


「うん、仕方ないもんね」



 魔王がどうしても来れなくなってしまったので、アリスとリサは仕方なく自分達二人だけでデートを決行することにしました。

 何かが間違っているというか、そもそも恋愛対象である人物不在という部分に彼女達としても疑問がないわけではなかったのですが、このまま集合即解散というのでは気合の入れ損。半ばヤケクソで女二人のデートが始まりました。



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