フライドポテト論争
「こっち」
「いやいや、おれはこっちだと思うぞ!」
「むぅ」
ある日、いつものように魔王の店に来ていたライムとシモンが、なにやら意見を戦わせていました。険悪な雰囲気はないので喧嘩をしているわけではないようですが、どちらも主張を引っ込める様子はありません。
「ええと、二人ともどうしたんですか?」
そこに、他のテーブルの注文を運び終えたアリスがやってきました。すでにランチのピークは終わっていますが、他のお客がいる店内で論争が白熱してうるさくされても困ります。まあ、論争とはいっても、片方のライムは口数が極めて少なく端的にしか喋らないので、今のところは静かなものですが。
「おお、すまぬ。つい熱くなってしまったようだ」
「はんせい」
アリスに声をかけられたお子様二人は、ここがレストランの店内だということを思い出しました。これが本気の喧嘩にまで発展していたら、頭に血が上ってちょっとやそっとでは矛を収めてはくれなかったかもしれません。アリスが早い段階で声をかけたのは正解だったようです。
「それで、いったい何を話していたんですか?」
「うむ、それは……これだ」
「ん」
シモンが「これ」と言いつつ摘んで口に運んだのは、
「……フライドポテト?」
……でした。
◆◆◆
フライドポテトは、皮付きと皮なしのどちらが美味しいか?
それがライムとシモンの議論の種でした。
ライムは皮付き派。
「やしゅ? ……がいい」
「ええと、皮付きの野趣を感じられる風味が好き……みたいな意味ですかね?」
「そう」
シモンは皮なし派。
「皮があっても美味いは美味いが、ないほうが芋の味がすっきりしている……ような気がする」
「ははぁ、それはたしかに」
まあ、言ってみればそんなのは個人の好みの問題で、どちらかが絶対的に優れているというものではありません。でも、それはそれとして、この手の好みに真剣に向き合うのは案外楽しいものです。熱くなりすぎて喧嘩腰にならない範囲内であれば、議論のテーマとするのも面白いでしょう。
生クリームとカスタードクリーム。
粒あんとこしあん。
キノコとタケノコ。
世の中には似ている食べ物が多々あります。
その差異が個人の好みの範疇で語れるくらいに小さくとも……いえ、差が小さいからこそ、より強く優劣を比べたくなるのが人情というものなのかもしれません。
時にそれは教義の是非を問う宗教戦争の如き苛烈な議論すら招きますが、冷静に、どちらの良さも正しく理解した上で議論を楽しむ分には特に問題もないでしょう。今回の子供達の論戦も、遊びの一環みたいなものだったようです。
敵意や怒気を感じなかった時点でほぼほぼ確信はありましたが、深刻なトラブルでなかったと判明し、アリスは胸を撫で下ろしました。薄い胸を撫で下ろしました。
「どっち?」
「はい? どっち、と言いますと?」
ですが、ここでライムがアリスに問うてきました。
最初はその意味を判じかねましたが、
「ああ、アリスはどちらを支持するのかということだな?」
「ん」
好みの問題である以上、いくら言葉を尽くそうと、一対一では明確な決着には至らないでしょう。ならば、ここで第三者、アリスの好みを聞いて一票とすれば、勢力争いは二対一になって、少なくともこの場では決着をつけることができます。
「そうですねぇ……私は」
ですが、アリスとしては少々困った展開です。
遊びの延長のような議論なのだから気軽に答えてしまっても構わないとはいえ、大人である彼女がどちらか一方に肩入れするような形になれば、子供達の間に遺恨が生まれてしまうかもしれません。まあ、それは杞憂にしても、改めて考えてみると皮が有るのもないのもそれぞれに違った良さがあり、真剣に考えようと思えば思うほど優劣など付けられなくなってしまいます。だからアリスは……、
「おっと、いけません。まだお仕事が残っているんでした。では、これにて失礼」
「む、アリスよ、どこへ行ったのだ?」
「にげた」
ライムとシモンが引き止めるまもなく、文字通りに目にも留まらぬスピードで店の奥へと逃走しました。いわゆる『縮地法』という、武術の奥義っぽい感じの高等技術の無駄遣い。そんな技まで使わせ、元魔王の彼女を退けるという、世が世なら偉業と称えられそうな事を成した小さな論客達は、
「む、困ったな。これでは決着がつかんぞ?」
「もういちど」
「うむ、仕方ないから、もう一度最初から話し合うか」
「ん」
それを困ったものだと思いつつも深く気にすることなく、二種類のポテトを摘みながら、議論の続きを楽しむのでありました。
最近の揚げ芋界隈は、フレーバーポテトとかカーネリングポテトとか色々ありますし、ファミレスやコンビ二のやつも意識して食べ比べてみると結構面白いものです。





