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迷宮レストラン  作者: 悠戯
勇者と魔王と元魔王編

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閑話・言ってはいけないこと


《アリスの場合》


「そういえばアリスちゃんって何歳なんですか?」


 勇者が迷宮に滞在し始めて数日後。

 雑談の最中に何気なくそんなことを尋ねました。


 昔に先代の魔王をやっていたとはリサも聞いていましたが、アリスの見た目は中学生くらいにしか見えません。魔族は全体的に長寿とあって、見た目通りの年齢ではないとは察せられましたけれど。


 聞かれたアリスは指折り数え、たっぷり一分ほどかけて自分が何歳だったかを計算してから質問に答えました。



「えーと……だいたい五百歳ちょっとくらいだったかと思います」



 アリスは自分の正確な誕生日などとうに忘れてしまったので、大雑把に計算して大体そのくらいだろうという年齢を言いました。

 まだ十代のナウなヤングであるリサには想像しにくい感覚ですが、魔族は全体的に寿命が長すぎるせいか年齢というモノへのこだわりが希薄です。誕生日を祝うという風習もあまり一般的ではなく、生年月日を覚えていないのも特に珍しいことではありません。


 そんなアリスに勇者は何気なく、一切の悪意なしに言いました。



「へー、五百歳ですか。アリスちゃんって実はお婆ちゃんだったんですね」



 お婆ちゃん。

 その台詞を聞いたアリスは自身でも理解不能のダメージを精神に負い、その場でガクリと膝から崩れ落ちるように倒れ伏しました。全身の力が抜けて倒れる様は、まるでイイ感じの左フックをアゴに喰らったボクサーの如し。


 たしかに魔族は人間と比べたらはるかに寿命が長く、年寄り扱いもやむなしとアリスの理性は判断しているのに、彼女の本能的(しょうじょ)な部分がその判断に全力で(ノー)を唱えています。生まれて初めて受ける年寄り扱いは、彼女の精神に未知の混乱と多大なる衝撃を与えたようです。


 ところでアリスが今着ている服は、所々にフリルとリボンをあしらった可愛らしい水色のワンピース。彼女はそういう少女趣味で可愛らしいデザインの服を好んでよく着ています。


 魔王(ヤンチャ)していた時代には、そもそも服飾に気を使う余裕がほとんどありませんでした。それに加えて幼く見られがちな容姿を内心気にして、少しでも威厳を出すために趣味から外れた黒系のゴテゴテした服を頻繁に着ていたものです。


 が、魔王を引退してからは本来の好みである可愛い服をよく着るようになりました。しばしば自分で裁縫針を操り、衣服や小物を自作するほどの凝り様です。

 実際にその手の衣装は客観的に見てもやや幼い容姿の彼女によく似合っているのですが、一度年齢の事を意識すると、いい年をして子供向けの服を着て喜んでいる”痛い”人に見えているのでは?


 ……なんて疑念がアリスの脳裏をよぎります。


 魔王や周りの魔族たちはそういう格好を似合ってると言ってくれるけれども、もしかして気を遣わせてしまっていたのでは?


 実際のところそんな事実はまるでなく、彼女の周囲の者たちは本心から似合っていると思って褒めているに過ぎません。しかし、未体験の混乱の為か普段より自虐的な方向に意識が向いているアリスはついそんな風に考えてしまい、羞恥のあまり床に伏したまま熱病にかかったように顔を赤くして身悶えしています。


 重ねて言いますが勇者に悪気は一切ありませんでした。

 ただ「長生きをしている女性」イコール「お婆ちゃん」と深く考えずに発言しただけです。しかし悪意無き言葉は、時に明確な悪意以上の切れ味で心を抉ることもあるのです。


 なんでアリスが突然そんな風に苦しみだしたのか分からない勇者は、自身の繰り出した攻撃(クリティカルヒット)が原因とは夢にも思わず、ただオロオロと心配するのでした。




 ◆◆◆




《勇者の場合》


 今日のオヤツはシュークリームです。

 生クリームとカスタードがはちきれんばかりにつまったシュー皮には粉砂糖がかかっていて、見た目も美しく仕上がっています。


 勇者(わたし)は大きく口を開けてシュークリームにかぶりつきます。中のクリームがこぼれないよう慎重に、しかし少しでも多くのクリームを味わうため大胆に。

 個人的な意見ですがシュークリームやエクレアなどのシュー生地を使った洋菓子は、フォークでチマチマ食べるよりも、こうやって下品に大きく口を開けて食べたほうがずっと美味しいと思うのです。クリームの濃厚な甘みが後を引き、夕食前だというのに結局一人で三つも食べてしまいました。






 パフェという食べ物はロマンだと思います。

 言ってみればフルーツやクリームや焼き菓子やアイスクリームを一つの器に盛っただけ。なのに、なんであんなにワクワクするんでしょう?


 それらを別々に食べるよりも明らかに美味しくなっている気がします。

 上の方から細長いスプーンで切り崩していき、だんだんと下の層まで攻め込んでいくのです。途中に挟まれたシリアルのサクサク感や、ゼリーのつるりとした食感も実に楽しく舌を飽きさせてくれません。

 今日のはチョコバナナでしたが、魔王さんのお店には抹茶やイチゴや柑橘系がメインのパフェもあるそうなので、次はどれにしようかと今から悩んでしまいます。迷ったら食べたいのを全部食べたっていいですし、ね。







 サツマイモは甘くて美味しいので偉大だと思います。

 そのまま焼いても、蒸かしても、もちろんお菓子にしても最高です。

 天ぷらやコロッケなんかにすればおかずにもなります。

 でも、やっぱりサツマイモは甘いお菓子にするのが一番だと思います。シンプルに大学芋にしてもいいですし、ケーキやパイの具にするのも捨てがたい。


 しかし、今日は芋ようかんの気分なのです。


 分厚く切った芋ようかんを一口。

 余韻が残る内に渋めの緑茶を一口。

 口内の甘みをお茶が洗い流し、すぐさま次の一口を食べたくなります。

 この組み合わせは凶悪すぎました。いくらでも無限に食べ続けられそうです。実際、それなりの量があったようかんを一人で一本食べきるまで、ひたすら食べては飲んでのループを繰り返してしまいました。







「もしかして太りました?」



 勇者(わたし)が迷宮にお世話になって数日後。

 アリスちゃんが突然そんな恐ろしいことを言い出しました。

 

 いえいえ、うふふ。

 まさか、そんなワケはありません。

 わたしはこの世界に来てからの長い旅暮らしのせいか、日本にいた頃よりも痩せ気味なくらいだったはず……。



「いえ、気のせいかもしれませんけど、ここ何日かで初めて会った日よりも顔の輪郭が……その、ふっくらしてきたような……」



 しかし、アリスちゃんは容赦なく追撃の言葉を重ねてきました。

 たしかに魔王さんのゴハンは美味しくてついおかわりをしちゃいますし、オヤツも午前と午後にそれぞれ食べて、更に毎食後のデザートやお夜食まで。いえ、だからといって、たったの数日でそんなにも目に見えて太るはずが……。


 しかし、アリスちゃんがどこからか取り出した悪魔の道具を見て、そんな虚勢は哀れにも吹き飛ばされました。


 そう体重計(ヤツ)です。

 世の乙女の夢を無慈悲に破壊するアイツです。


 というか今更ですけど、なんでファンタジーな世界観にこんなブツが存在するのでしょうか。しかも、ご丁寧に重さの単位はキログラム表記です。


 流石にあんな道具まで持ち出されては逃げられません。

 わたしは覚悟を決めて体重計の上に乗ると、針が示した数字を見てショックのあまり床に崩れ落ちました。


 日本にいた時よりプラス××キロ……!?


 ここ数日の暴飲暴食を思い返し、今更ながらに悔やみます。

 しかし幾ら悔やんでも身体についたお肉は無くなってくれません。後悔先に立たずとはよく言ったものです。

 これ以上自堕落な食っちゃ寝生活を続けていたら、本当に取り返しのつかないことになってしまいそうな予感をひしひしと感じます。


 わたしはかつて無いほどの覚悟と悲壮感を胸に、苦行(ダイエット)を行うことを決意するのでした。



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